58話 終幕
シャロットと別れ天馬騎士が集まる区画を抜け出した真也は、〈縄術〉で廊下の窓から上へ向かいロープを投げて固定すると、それを伝って屋敷の屋根に上っていた。
見渡せる夜景には人工の光源などほとんど無く、グラネルの街並みは暗闇に覆われていた。
頭上には闇が際立たせる満天の星空。
その中央に浮かぶ大きな月が発する仄かな光が、街の輪郭だけを僅かに浮き上がらせている。
そんな暗闇の街に、チラチラと光を発し蠢く集団が突如としてなだれ込む。
月の光を金色の毛並みに反射させている〈ゴールドフォックス〉の群れだ。
穀物倉庫から出て来た数よりも明らかに多いそのモンスター達は、街の外から押し寄せて来た増援である。
街の中にいたモンスターが、閉じられていた城壁の門を内側から破ったせいだ。
モンスター達は街に一切の危害を加えず、一直線に領主の屋敷へと乗り込んで行き、屋敷の戦乱を広げていった。
戦闘の情勢はまず間違いなく、数に劣るが練度は段違いの天馬騎士団が優勢だろう。
だが、大量のモンスター達は天馬騎士しか狙わないため、彼女らの攻勢をギリギリのところで抑え、戦況を拮抗させている。
そんな中、真也は屋根の上を移動し、目的の部屋の真上までやって来ていた。
目的地の位置や屋敷の構造は、既に真也とカティによって調べ尽くされているため迷うことはない。
そこからロープを垂らして降りた先は、天馬騎士達によってリーサが軟禁されている部屋である。
屋敷の三階にある角部屋、広く豪華な調度品で溢れた客間に、リーサは軟禁されていた。
入り口の扉は一つしか無く、その外側では複数人の天馬騎士が守衛をしているようだ。
室内にもリーサの他に、一人の天馬騎士が護衛と監視のため控えているが、彼女は扉の方向を見つめ、難しげな表情を浮かべていた。
部屋の外から聞こえてくる戦闘音が突如激しくなったため、扉付近まで戦線が押し込まれていることが分かり、焦りを感じているのだろう。
街の外から大量に流入したモンスターの一部がこの部屋を目指して押しかけて来たせいである。
彼女らの予想を大きく上回る数であろう増援に、現状の防衛戦力で対応しきることは厳しい筈だ。
「……私は扉の外の防衛に回りますが、馬鹿な考えは起こさないで下さいね。今、この屋敷は戦場です。この部屋以外の安全は保証しかねますので」
「……」
ジリジリと近付いてくる戦闘音にしびれを切らしたのか、護衛の天馬騎士が部屋を出て行く。
「……はぁ」
その姿を無言で見送ったリーサは、疲れたように小さくため息をついた。
「ため息なんてついて、どうかしたのか?」
「……え? なっ!?」
突然声を掛けられ呆然と振り返ったリーサが、そこに真也が立っていたことに気付き、驚愕の声を上げた。
「ど、どこから……いえ、どうして?」
開け放たれた窓と垂らされたロープに気付き、質問を変えるリーサ。
「カティの依頼だ。気付かれる前にさっさと逃げるぞ」
「え? え?」
問答無用で戸惑うリーサの手を引き、開いた窓の方へと連れて行く真也。
「ちょ、ちょっと待って! あの子にそんな危険な依頼の報酬を用意出来る筈がないじゃない!」
「じゃあ、他にも君のことを助けたいと考えた奴が何処かに居るのかもなあ。ちなみに、この依頼の報酬は特に要求していない」
「……」
そう得意げに言った真也に、リーサは俯いて黙り込む。
「……なに、考えてるのよ……こんな厄介事に、自分から巻き込まれに来るなんて……」
そして、ポツリポツリと語りだす。
「……あの天馬騎士達に追われることになるわ……こんな騒ぎまで起こして……逃げ切れる訳ないじゃない……」
「心配するな、ここの領主が泥を被ってくれるよう手を打った。その混乱を利用すれば逃げ切れるさ」
相手を安心させる自信に満ちた口調で断言した真也だったが、リーサの表情は尚も暗いままだ。
「……ほっといて。私を連れて行くということは、王国を敵に回すことと同じなのよ。ふふっ、疫病神みたいね、私」
「……」
そう言って自嘲気味に笑うリーサ。
それに対して、真也は何かを考え込むように黙り込むが、すぐにわざとらしいキメ顔を作り、取ってつけたような台詞を茶化すかのように語りかける。
「フッ、その程度のことはなんの問題にもならないな、君を助ける為ならね」
「……」
ドヤ顔の真也に、リーサから向けられるのは白けた視線。
「何だ? そのトゲトゲしい目は? 前に、ロマンチックな夢ぐらい見させろ、とか言ってたじゃあないか。乙女チックなリーサちゃんのご希望通りの展開だろう?」
「……それ、バカにしてるでしょ、私のこと」
「完全な言いがかりだな」
「どこがよ!?」
小馬鹿にするような口調の真也に、リーサは噛み付くように声を上げた。
だが、真也は怒るリーサを鼻で笑うと、真面目な表情で言葉を放つ。
「怒れるくらいの元気は出たか? こんな土壇場で悲劇のヒロインを気取ってウジウジしている奴には、やっすい台詞で十分だっただろう?」
「……っ!?」
「じゃあ、さっさと行くぞ」
ハッとした顔のリーサの腕を強引に引き片手で抱え込むと、窓からロープを伝ってゆっくりと外へ下りて行く。
「俺を巻き込んだことに負い目を感じて、あんなことを言ったんだろう? だが、その認識は間違っている」
その途中、真也がリーサに語りかける。
「俺は君を助けに来たんじゃあない」
「……え?」
「俺は依頼を、自分の意思で受けてここに来た。そして俺は盗賊だ。当然、受ける依頼は対象を奪取する仕事。つまりここには盗みを働きに来たんだ。盗まれる対象が、盗んでいく盗賊に負い目を感じるのは筋違いなんじゃあないか?」
余裕の笑みを浮かべながらそんなことを言う真也。
「……そう」
それに対してリーサはそっけなく返し、表情を真也に見せまいとするように、そっぽを向いてしまった。
そして、地面に足をつく直前、
「……ありがと」
微かに聞き取れる程度の声でリーサが呟く。
「はは、礼を言うのも筋違いだな」
真也は軽く笑って返す。
リーサの声が僅かに涙声だったことに気付いていたが、そんなことには触れないでおくのであった。
屋敷を脱出した真也とリーサは、馬車が置かれている馬小屋まで来ていた。
小屋の前には一人の衛兵。
だが、真也は迷いなく近づいて行く。
「おお、上手くいったか」
「当然だな」
真也達に気付いた衛兵は、すぐに二人を小屋の中に迎え入れる。
その衛兵から発された声は、間違いなく秀介のものであった。
「お前、もっと容赦しろよ。まさか喉元を刺されるとは。恐怖感がヤバかったんだけど」
「別に痛みはないんだから平気だろ?」
「いや、そりゃそうだけどさあ、気持ち的になあ……まあいいか」
衛兵がフルフェイスの兜を取ると、秀介のなんとも言えなさそうな表情が現れる。
この偽衛兵が、メレディアを斬り付けた犯人であり、メレディアはプレイヤーによる人間キャラクターへの攻撃規制により〈昏倒〉していたのであった。
シャロットに、この騒動の主犯がマディソン男爵であると誤認させるため、一芝居打ったのだった。
「ああ! よかったぁ! 真也さんもリーサさんも無事だったんですね!」
小屋の奥から出て来た瑠璃羽が、二人の姿を見て歓喜の声を上げる。
瑠璃羽の役割は、真也によって〈昏倒〉させられた秀介を状態回復魔法によってゲームに復帰させることであった。
「乗鞍はもう来ているか?」
「いますよ。男爵の方も、上手く誘導出来ているようです」
瑠璃羽の後からやって来た乗鞍が、作戦の成功を報告した。
乗鞍には男爵に仕える人間達に、シャロットが男爵家を潰す為に何か事件をでっち上げ、男爵にその罪を着せようとたくらんでいるのではないか、と出処が彼だとバレないように噂を流して貰っていた。
当然その噂は男爵の耳にも入るであろうし、その後、男爵の下に続々と駆け込んで来るのは、シャロットと一緒に行動していた真也が、襲い掛かった上でわざと逃した衛兵達だ。
彼らの報告を聞いて、男爵が出処不明の噂を真実であると思い込んでしまっても、それは仕方がないことだったのかも知れない。
最後に、小屋の中の賑わいに気付いたのか大慌てでカティが駆け込んで来る。
カティは真也と協力し、屋敷の構造やリーサが囚われている部屋を調べたり、衛兵の鎧を盗み出したり、裏方として大いに活躍していた。
「リーサ!!」
リーサの姿を見つけたカティが、その目に涙を浮かべながら飛び込むように抱き付く。
「リーサ、ごめんよぉ……アタシ、アタシ、リーサが捕まったとき、何も出来なくて……」
涙を流しながら懺悔をするように縋り付くカティ。
そんな彼女を、リーサは力強く抱きしめる。
「……いいの……いいのよ、アナタが無事ならそれで……それに、アナタのお陰で私は……ありがとう、本当にありがとう……ありがとう……ございました……」
震えながら声を詰まらせ、涙声で言葉を紡ぐリーサ。
その感謝の言葉は恐らく、ここにいる救出作戦の協力者全員に向けられたものだったのだろう。
彼女らの様子を、静かに見守る秀介と乗鞍に、涙ぐみながらも見守る瑠璃羽。
皆、救出作戦の成果を噛み締めているのだろう。
真也もまた、優しげな眼差しを二人へと向けるのだった。
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