54話 奸計
古くから周辺地域の食料庫として重要視されていたグラネルは歴史が長く、領主の館も古城といった風格がある屋敷だ。
その屋敷へと続く道を大きな荷馬車の一行が進んでいた。
「止まれ! 何用だ?」
一行が正面門に近づくと門番の兵士に誰何を受け、馬車の御者席にいた商人が答える。
「バカラ子爵閣下よりご紹介を賜り、グラネルの領主、マディソン男爵閣下にお仕えさせて頂きたくやって参りました、モルドと申す商人でございます」
そう名乗った商人であったが、本当の名前は乗鞍だ。
真也によってステータス上の名前も偽装されているため、偽名がバレる可能性は低い。
そして、彼の馬車を護衛するように囲む4人は、当然のごとく真也達である。
真也達は、朝に宿で行った作戦会議の後、色々と準備をして商人の一行になりすまし、午後に領主の居城を訪れていたのだ。
「ああ、またか。お前のような者達が最近多いな」
「おや、お呼びではございませんでしたか?」
「いいや、男爵様は歓迎するだろう。付いてこい」
乗鞍が門番に紹介状を渡し、御用商人として働きたい旨を説明すると、横柄な態度の門番に屋敷内へと招き入れられた。
馬車を預け、屋敷内に案内された真也達は、豪華だが少し古臭い謁見の間へと通された。
そこで長い時間待たされ、グラネルの領主はようやくと言っていい頃合いに現れる。
肥え太った体の傲慢そうな男、マディソン男爵に真也達は頭を垂れる。
「紹介状が本物であると確認出来ました」
領主の椅子の隣に控えていた秘書官らしき人物が、男爵へと報告した。
「今度は本物だったか。ならいい、話せ」
「わたくしはモルドと申すしがない商人でございます。この度はわたくしめの為に男爵閣下の貴重な時間を――」
乗鞍が形式的な挨拶を述べ、御用商人に、出来れば徴税官にして欲しいと願った。
「バカラ子爵からの紹介なら無下にはせん。使ってやろう」
その頼みはあっさりと認められ、もうこれで話は終わりだといった様子の男爵に、乗鞍は疑問の声を投げかける。
「一つ気になったのですが、今度は本物、とはどういう意味でしょうか?」
「フン、愚かにも紹介状を偽造して、領主であるこの私を謀ろうとした不届き者がいたのだ。お前と同じバカラ子爵の紹介状でな」
その不届き者というのは、まず間違いなく真也が紹介状を盗んだ商人だ。
「それはなんとも愚かな……その者たちはどうなったのですか?」
「ハッ、牢にぶち込んでやったわ。バカラ子爵の信用を傷つけたのだ、子爵に引き渡してやる。そこで然るべき裁きを受けよう」
子爵に突き出して恩を売ろうという話だろう。
真也達が紹介状を持っていたら怪しむだろう邪魔な人間を追いやることに成功し、真也はほくそ笑む。
よく確認すれば偽物とバレるような細工をしていたにも関わらず、それに気付けなかったあの商人は、その程度の男だったということだろう。
「あと一つよろしいでしょうか? 手土産代わりに、領主様に是非ともお聞かせしたい情報があるのですが……」
「ほう、なんだ?」
その言葉に興味を持った様子の男爵に、乗鞍はもったいぶるように話す。
「実は……イートゥスで、とある重要人物が捕まったのです」
「うん? 重要人物が、捕まった? 誰だそれは?」
眉をひそめるた男爵に、乗鞍は囁くように答える。
「レイスコート・オースティン公爵の娘でございます」
「なっ!? マイヤー子爵が匿っていたのか!?」
「それは分かりません。ただ、彼女を見つけたのは近衛天馬騎士団団長だという話です」
「近衛天馬騎士団だと? 準男爵の娘の分際で陛下に取り入って成り上がった、あの生意気な小娘か。フン、また陛下に気に入られる為に何か小賢しいことをしているのか」
貴族の中では低い身分の出自ながらも、国王の信頼が厚く、近衛騎士団の団長にまで引き立てられた経緯から、やっかむ者も多いのだろう。
「マディソン男爵閣下、これは、チャンスではございませんか?」
「……なに?」
「団長達は公爵の娘を王都に連れ帰り、大きな手柄とするでしょう。ですが、もし、仮定の話ですが、男爵閣下が公爵の娘を王都に連れて行くことが出来れば、陛下の覚えもめでたくなるのではないかと」
「……」
乗鞍の言葉を聞いて、何かを考えるように黙り込んだ男爵。
王党派に属していながら、その性格ゆえ国王に疎まれ、僻地に追いやられて来たマディソン男爵には、なんとも魅力的な話に聞こえるだろう。
「団長は今回の遠征で大人数は率いて来ていないようです。ふふふ、万一の話ですが、モンスターや、もしくは革命軍の手先によって、全滅してしまう可能性もあるかも知れませんねえ。彼女らはイートゥスから王都に向かっています。でしたら、その街道の途中にあるグラネルに、必ず訪れるでしょうねえ」
その囁きは、まるで天馬騎士団を襲撃しろとそそのかしているかのようであった。
「……ば、馬鹿なことを抜かすな、近衛騎士団はどこも精鋭だ。そ、そのようなことが起きる筈がない」
だが、乗鞍の言葉に顔を青くさせた男爵は、先程までの威勢はどこへやらといった様子でそれを否定する。
「そ、その話はもういい」
及び腰になってしまった男爵が謁見の間から出て行く。
真也はその姿を眺めながら、使えない腰抜けめ、などとつい内心で毒づいてしまう。
だが、これはまだほんの小手調べ、そう気を取り直し、次の一手に頭を切り替えるのだった。




