52話 懇願
「な、なんで……なんでだよ……」
目尻に涙を溜め、悲痛な表情で縋り付いてくるカティに、真也はわざと冷たい口調で問いかける。
「状況が分からなければ、返事の仕様がない。そもそもなんでリーサは連れて行かれたんだ?」
当然、真也はその理由を知っているのだが、敢えて白を切ってカティの口から説明するよう仕向ける。
「もしかして、捕まるようなことをしたのか?」
「そんな訳ねえ! リーサはアタシみたいに物を盗んだりしないし、誰にも迷惑をかけてなんかねえ!」
「だが、何かしらの理由があるんだろう?」
「リーサは何も悪くなんかねえんだよ! ただ、親父がお尋ね者ってだけで……でも……それだけのことなのに……リーサは、これまでだって……ずっと不便な生活をさせられて……」
真也の疑わしげな言葉をカティは強い口調で否定したが、その威勢は長く続かず、すぐに弱々しい様子に戻ってしまう。
「リーサほどの錬金術師があんな街の小さい工房に居続けるのも、そのせいなんだ……。そんな素振りは見せないようにしてるけど、ホントはもっと才能を活かせる街に移りたいし、錬金術の学校なんかにも行きたいと思ってる……。それなのに、目立っちゃいけねえからって、人付き合いまで最低限にして……ずっと日陰者の生活をしてきて……。その上、今度は最低限の自由すら許されなくなるってのか……?」
自分の言葉で再び感情を抑えられなくなったのか、カティは嗚咽を漏らしながらも必死に言葉を紡ぐ。
「う、グスッ……何も……何も悪いことなんてしてないのに……うぅ……なんでリーサばっかりこんな目に会わなくちゃなんねーんだよ……おかしいじゃねーか、そんなの……」
だが、カティの小刻みに震える痛々しい様子を見ても、真也は考え込むように黙ったままである。
「シンヤ……お願いだよ……アタシだって頑張るから……囮役でもなんでもする……どんな目にあってもいい……だから、リーサを助けてくれよぉ」
か細い声で頼み込んでくるカティにも、真也は簡単に頷きはしない。
「何故、そこまでする? 友達と言っても所詮は他人だろう?」
「……そうだけど……そうなんだけど……、でも! アタシにとって、リーサは家族みたいなもんなんだよぉ……」
そう言ってうつむいたカティは、更に続けてポツリポツリと語りだす。
「……孤児で盗賊のアタシに優しくしてくれるのなんて……あの街じゃリーサくらいしかいないんだ……。リーサは、ホントにいいヤツなんだよ。信じられるか? 自分の工房へ盗みに入って来た奴を見つけて、ちょうど話相手が欲しかったからゆっくりしていけ、なんてことを言って、メシまで出してくれるんだぜ。リーサは、アタシなんかに居場所をくれたんだ……」
恐らく、お互いの持っていた日陰者ゆえの人恋しさが上手く噛み合って築かれた関係なのだろう。
リーサのことを話し始めたカティは、少しずつどこか嬉しそうな様子になっていったが、すぐさま思い出したかのように気落ちしてしまう。
「……うう、でも、アタシはとんだ恩知らずだ。天馬騎士達が押し入って来たとき、アタシは……ただ隠れて震えてるだけしか出来なかったんだ……。もし、あのとき、飛び出して少しでも足止め出来れば、リーサは逃げられたかもしれなかったのに……」
後悔と自己嫌悪の色を滲ませたカティは、真也に涙を流しながら縋り付く。
「アタシにはシンヤしか……もうシンヤだけしか、頼れるヤツなんていねえんだよぉ……助けてくれよぉ……アタシじゃもう、リーサに何も、してやれねーんだ……」
「それは違うぞカティ」
カティは真也の服を握りしめ、声を詰まらせながらも懇願するが、真也はそれをはっきりと否定する。
「お前は何も出来なくなんてない。リーサの為に泣いてやれてるじゃあないか。その涙は必ず、何よりも役に立つさ」
そう言って微笑んだ真也は、カティの頭を優しく撫でる。
「……へ?」
「何も問題ない、俺が何とかしよう」
何が何だか分からない、といった様子で呆けるカティに、真也は安心させるような力強い声で断言した。
「助けて……くれるのか?」
「当たり前だ、仲間だろう?」
「……で、でも、国を敵に回すことになるんだぞ?」
「俺らは盗賊、そんなことは当たり前じゃあないか」
今更になって不安になったのか、恐る恐るといった様子で聞いてくるカティに、真也は余裕の表情で返す。
「……シンヤまで捕まったりしないよな……そうなったら……アタシ、ホントにひとりぼっちに……」
「ははは、俺は捕まらないさ。まあ、リーサも俺が責任を持って助け出してやるから安心してろ」
何でもないことかのように軽く笑い飛ばした真也だが、カティはまだ不安げに瞳を揺らしているので、更に続ける。
「いいかカティ、責任なんてものは取るものじゃあない、有耶無耶にするものだ。こんなことを平然と言う嫌な奴が、成功に責任を持つだなんて言ったんだ。当然、失敗なんてする筈がないな」
「ぐずっ……うう……ありがとう……ヒック……本当ににありがとう……」
真也が冗談めかしたことを堂々と言い放つと、その励ましの意図を汲み取って安心したのか、カティは真也の腕の中で泣きじゃくりながらも必死に感謝の言葉を言い続けるのだった。
その後、すすり泣く程度まで落ち着いたカティから、何とかリーサの状況を聞き出していった。
それによると、どうやら時間的余裕が少しあるようなので、真也は今後どう動くべきかを考えていく。
気付くと、カティは泣き疲れてしまったのか真也の腕の中で寝てしまっていたので、ゆっくりとベッドに寝かせた。
そして、真也自身は壁を背にして床に座り込みログアウトをするのだった。
翌朝、プレイヤー達がログインする前のイベント会場に、いつもとは違う光景が展開されていた。
その原因は、会場に設置されていた特設ステージの大型スクリーン、そこに映し出されている動画である。
それは、昨夜行われた真也とカティの会話が映されたものだった。
カティと話した後、ログアウトした真也は、その会話をすぐに動画として編集し、ネット上に公開していた。
わざとカティを突き放して悲壮感を際立たせ、同情心を煽った上、カティとリーサの関係を出来るだけ聞き出し、見る人が彼女らに思い入れをするよう仕向けたそのシーンは、視聴者に絶大なインパクトを与え、多大な反響を引き出した。
視聴者はその殆どが彼女らに同情し、肩入れをするような事態となっている。
彼女らの悲劇を創り出した原因として、動画へのコメントで三澄に非難が殺到したことは言うまでもないだろう。
そして動画の最後には真也の声明が収録されていた。
『まず、リーサを人質として脅していた件について、皆さんに謝罪させて頂きたい。そして、あれは保身の為の方便であり、本気ではなかったことをお伝えしておきます。私はリーサに不幸になって欲しいなどとは欠片も考えておらず、むしろ幸せになって欲しいとさえ思っています。だから、私は、これよりリーサの救出作戦を敢行します!』
動画で真也がそう言い放ち、更に続ける。
『もちろん、これは私が原因で起きた事態ではない上、救出には大きなリスクが伴います。ですが、それが少しでも彼女への罪滅ぼしになれば、と考えているので、今回、損得勘定は無視しましょう。そこでプレイヤーの皆さんにお願いがあります。この救出作戦の邪魔及び、救出後のリーサの居場所を漏らすことをしないで頂きたい。当然、ただでとは言いません。報酬を出しましょう。グラネルの街に売られている最高ランクの武器を、一人一つ、皆さん全員にも譲りましょう。その可否は今日の昼までに頂きたい』
真也の提案には哀れな少女を救う為という大義があり、報酬という実利まである。
断るには悪者にされるリスクが付き纏い、受ければ正当性が有る上に利益まで得られる。
断ることは難しいし、その必要性もないだろう。
さらに、動画中で敢えて、全員にも、という言葉を言って、三澄にも似たような交渉を持ちかけていたことを仄めかすことも忘れない。
会場でその動画を見ているプレイヤーは皆、思案顔だ。
その中に気不味そうにしている三澄の姿を見つけた真也は、早足でそのすぐ隣を通り過ぎる。
「いいか、お前は悪役になったんだよ」
すれ違いざまにそう囁いた真也に、三澄は憤怒の表情を浮かべるのだった。




