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51話 発端

「……大丈夫なのか、これは?」


動画を見ていた秀介が、眉間に皺を寄せながら苦い口調で問う。


「……三澄は焦ってるな」


だが、思案顔の真也はそれに答えることなく、パソコンの画面を食い入るように見つめながらそう呟いた。


「そりゃあ、グループ内での求心力が一気になくなりかけてるんだ、焦りもするでしょ。ここでお前を追い詰める手を打つことで、ある程度の信用と、反一之瀬真也連合としての成果を手に入れたい、ってところだろうね」

「ああ、再びグループを纏めるにはそれしかないだろうからな」


話を合わせてきた秀介の考察に、真也も同意する。


「だが、焦りは判断力を鈍らせるものだ。さて、どうなるか……」


話す為に一時停止していた動画を再開し、三澄の行動の行く末を注視する。


『奴は複数の罪を犯しています。そしてその中には、貴族街区へ盗みに入った者達の黒幕としての活動が含まれています』

『何? それは真か?』

『はい、自分はその敵対者自身から直々に事情を聞いていますので、確かな話です。我々は奴が起こした重大な犯罪の情報を全て掴んでいます。ただ奴は、とある少女に騙す形で犯罪の片棒を担がせ、それをネタに脅していました。そしてその事実を知った我々にも、無実の罪で彼女が裁かれることを避けたければその犯行を告発するな、と脅していたのです』


子爵の問いかけに、三澄は大分ぼやかした説明をした。

リーサを罪に問わないという確約を引き出してから具体的な話をするつもりなのだろう。


『だが、何故それを知り得ることが出来たのだ?』

『奴は我々と同様、船でこの街へやって来た100人の中の一人であり、因縁の相手なのです。奴の動向は皆で極力調べ上げていました』

『そなた達の中にも対立があるのか……。私にそれを直接説明出来る機会が巡ってきた為に、少女の無実を訴え出れたと言うのだな?』

『その通りです』

『だが、気に掛かることがあるな』

『何でしょうか?』

『何故、そなたの敵対者はその少女を脅したのだ? そして、何故その少女は自分から無実を訴え出なかったのだ? さすれば無実も証明出来たのではないか?』


子爵の疑問に、三澄はそれを予想していた、というより待っていたといった表情になる。


『それは彼女が、利用価値のある特殊な事情を抱えた特別な存在だからです』

『……』


三澄の言葉に沈黙で返した子爵。

ただ、その言葉に反応するかのようにピクリと動いた子爵の眉を真也は見逃さなかった。

それ以上続けると地雷を踏み抜くと直感した真也だったが、功を焦る三澄は気付けなかったようだ。


『この国の為政者達は、王党派と諸侯派で対立しているそうですね。ただ、諸侯派筆頭格である筈のオースティン公爵家の当主は現在行方不明。そして、オースティン公爵は現国王とは大変仲が良かったと聞いています。ですから、諸侯派から暗殺されることを恐れて公爵の娘を貴方達王党派の方で匿っているのでは――』

『適当なことを抜かすな』


三澄の話を、子爵は低い声で遮った。


『そのような事実は存在しない。そもそも、レイスコートは王党派でも諸侯派でもない』

『っ!?』


子爵の言葉に、三澄の自信ありげな顔は一転し驚きの表情に変わった。

三澄の予想したリーサの事情は、残念ながら間違っていたようだ。


『待って下さい、この街に、レイスコートの娘がいるのですね?』

『……』


そしてそこに、険しい表情のシャロットが口を挟んだ。

彼女の様子を見て、三澄はようやく自分の失敗を悟ったようで、気まずい表情となって黙り込む。

シャロットはそれを肯定と受け取ったのか、今度は子爵に詰め寄った。


『マイヤー子爵、まさか貴殿まで陛下を裏切っていたのですか?』

『そのようなことは断じてない』


話はどんどん三澄の意図していなかっただろう方向へと進んでいく。


『貴殿は、革命軍首領、レイスコート・オースティンの娘を、そうであると知りながら匿っていましたね?』


革命軍、それがリーサの父親が率いている、王党派でも諸侯派でもない勢力のようだ。

この国の政治は末期状態なのではないかという疑念と、前作の仲間キャラ達が別の勢力に分かれて対立しているという事実に、真也は事態の深刻さを感じ取った。


『奴の娘がこの街にいるなどという話は今初めて聞いたことだ。とても事実であるとは思えん』


恐らく子爵は知っていたのだろう。

だが、シャロットの追求には白を切り通すつもりのようだ。


『でしたら、私がこれから取る行動に邪魔立てなどしませんね?』

『もちろんだ、むしろ協力しよう』

『いえ、それには及びません。私の騎士団だけで事足りるでしょう』


子爵に疑惑の視線を向けていたシャロットは、そう言うと一人で部屋を出て行った。

その後に残されたのは、広間を覆う気まずい静寂だけだ。


『そなたらにも出て行って貰おうか』


厳しい表情の子爵が、三澄らプレイヤー全員に言い放った。


『待って下さい子爵! 私の話はまだ終わっていません!』

『もうそれどころではない! 私はこれから政治的に難しい立場になるだろう。お前達のような騒動の種を身近に置くわけにはいかん。すぐにこの屋敷から出て行ってくれ』


食い下がる三澄だが、取り付く島もない態度の子爵に追い出されてしまうのだった。


「あーあ、三澄はしくじったな」

「やはり焦りすぎだ。確かにリーサの事情は王党派と諸侯派絡みの問題に思えたが、そうであると断定するにはまだ情報が少な過ぎただろう」


秀介の呆れたような言葉に、真也は自分の見解を返す。


「でも、これはこれで不味くないか? リーサちゃん、危ないんじゃないの?」

「……ああ、だが、とにかく何が起きているのか情報を集めないと動きようがないな」


しかし、二人してすぐに苦い表情となってしまった。


「ん?」


そんな時、真也のポケットからアラームが響く。

すぐさま音の発生源を取り出すと、それはゲームの緊急用端末であった。

大きめのスマホに近い外見のその端末は、ログアウト中、眠っているような状態になっているアバターに何かしらのトラブルが起きたとき、臨時で操作するものである。


すぐにそれを使ってアバターを動かすと、画面の向こうでは泣き顔のカティが真也を乱暴に揺り起こしていた。


『ひぐっ……えぐ……あっ! おいっ! おいっ! 頼むよ! お願いだ! 助けてくれよお! リーサが……リーサがっ!!』


そして、カティは真也が起きたことに気付くと涙ながらに懇願するのだった。









すぐさまホテルからイベント会場へ走った真也は、夜中にゲームへとログインしていた。

目の前には目を赤くし腫れさせたカティが座っている。


「もう大丈夫だ、そんなに泣くんじゃない。俺がなんとかしてやるから安心しろ。おいおい、お前らしくないぞ、いつもみたいに生意気なことを言ってみろよ」

「……うう、グスッ……う、うるせー、余計なお世話だ……」


先程からずっと真也がカティの背中をさすりながら言葉をかけ続けていたお陰か、まだベソをかいてはいるが、ある程度は落ち着いてきたようだ。


「いいか、まず何があったのか順を追って話せ。落ち着いてな」

「……あ、ああ……昼頃に、あの、天馬騎士団の連中が、リーサの工房に、押し入って来やがったんだ」

「なるほどな」


鼻声でたどたどしく語られるカティの言葉を、真也は根気強く聞いていく。


「リーサは地下通路に逃げようと、アイテムも使って色々抵抗したんだけど、あの団長がかなり強くて、結局捕まっちまった……」

「……そうか」

「あ、アタシは……リーサを助けたかったのに、結局何も出来なくて……でも、お前の、シンヤのことを思い出して、もしかすると助けてくれるんじゃないかって……」


再び涙目となり懇願するような表情となるカティ。


「シンヤは言ったよな、仲間なら、借りなんていくらでも借りればいいって。シンヤ、お願いだよ、リーサを助けてくれよぉ」


今にも泣き出してしまいそうなカティの様子を見て、真也は言葉を返す。


「ああ、確かに言ったな」

「っ!? それじゃあ――」

「ただし、それは相手が貸しを作る気がある場合のみだとも言ったな」


敢えて突き放すような言葉を放った真也に、カティは絶望したかのように呆然とした表情になってしまった。

その様子は真也の心を強烈に締め付けたが、これは必要なことだと自分に言い聞かせ、なんとか平静を装うのだった。

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