50話 対話
「お前はどこの差し金だ?」
その双眸に剣呑な光を宿した男が、感情の感じられない平坦な口調で問い掛ける。
だが、そんな男の様子に真也が焦ることはない。
リーサの名前を出したということは、相手は彼女の父親であるレイスコートの関係者だと考えられる。
だとしたら、この場を穏便に済ませることは出来る筈だ。
「何の話ですか? 彼女に会ったのは偶然ですよ?」
「へえ、そうなのかい。それにしては何度も工房に出入りしていたようじゃあないか。何か目的があったんだろう?」
リーサの境遇や先程の問いかけから、レイスコートは敵の多い立場にいることが確実である。
なのでレイスコートは恐らく、リーサの周囲に仲間を置いて彼女の様子を把握していたのだろう。
その仲間の候補として真っ先にカティが思い浮かんだが、すぐにその可能性は低そうだと切り捨てる。
出入りしていたことにしか言及しなかったということは、真也がレイスコートの名前を使った出任せでリーサに近付いたことを知られていない可能性が高いからだ。
情報源の仲間は、リーサと付き合いのある近所の人間程度だろう。
「彼女やその友人と親しくなったから、では不足ですか?」
それならば都合がいいと、真也は完全に白を切ることにする。
「不足だなあ。それだけであそこまでやりはしないだろう」
「……あそこまで、とは?」
だが、どうやら真也が思ったよりももう少し詳しい情報を持っているようだ。
「〈FANGウルフ〉を倒しただろう? 色々と無茶した上でな。ああそうだ、コイツは回収させて貰おう」
そう言った男の手には、〈FANGコア〉が握られていた。
「……」
すぐにストレージの中身を確認した真也だったが、〈FANGコア〉は見つけられない。
真也の知る限り、〈ピックポケット〉で他人のストレージに入っているアイテムを盗むには対象に接触する必要がある筈だった。
触れられたことにさえ気付けなかったのか、触れる必要もない程高レベルの窃盗スキルを使われたのか分からないが、どちらにせよ、男が圧倒的に高レベルの盗賊だということは確かだ。
そして、その行動には格の違いを見せつける脅しの意図があるのだろう。
「何故、森でのことを知っているんでしょう?」
「なんでだろうなあ」
男は真也の質問に答える気は全くなさそうなので、切り口を変える。
「そのコアは元々、貴方の仲間が創り出したアイテムということで合っていますか?」
「……何故そう思う?」
「なにせ、偉大な錬金術師様なのですから、そんな高ランクアイテムを作れても不思議ではないと考えられますね」
「……なんだ、やはりリーサの出自を知っていて近付いたんじゃあないか」
好戦的な笑みを浮かべた男の様子を見て、真也がリーサに言った父親に恩がある云々の出任せのことは知らなかったと確信する。
それならば、リーサやカティから情報が流れた訳ではないのだろう。
この男に真也の行動を直接調べられていたという可能性も、今更になって接触してきたことを考えれば低いと言える。
なので、真也は少し気にかかっていたことを確かめる為に探りを入れる。
「リーサが調べた限り、〈FANGコア〉にはモンスターを強化し、何やら情報をやり取りする能力があるみたいですね。もしそれを貴方の仲間が作ったのだとしたら、情報収集の道具として使っていたんじゃあないでしょうか?」
そうであるなら、〈白夢の森〉での出来事を知られていてもおかしくはない。
真也は相手の反応を窺うが、男は眉一つ動かさなかった。
「お前のこと、いや、お前らのことは調べさせて貰った。だがなあ、どんなに調べても、船でこの国に来る前のことが一切掴めない。それこそ、まるで今まで存在すらしていなかったかのように。それもちょうど100人という大人数の話でだ」
真也の質問には一切触れるつもりはないらしく、男は自分の言いたいことだけを語った。
そして、今度は凄みの利いた視線で真也を射抜きながら問う。
「お前は何者だ? まさか、噂の英雄様だとか抜かさないだろうな?」
「……」
真也は敢えて無言で返す。
先程の質問を無視された意趣返しと、英雄であることを暗に肯定する為だ。
「だんまりか。ああ、そう言えば、さっきお前の仲間を二人ほど街で見かけたな。あと、ついさっき部屋に行かせた女の子一人も入れて4人パーティか。仲間は大切にしろよ?」
それは明らかな脅しだった。
舐めた態度を取るなら仲間に危害を加えるということだろう。
「勘違いしているようですが、リーサの父親のことは彼女から直接聞いただけで、それを何かに利用するつもりなどないですよ」
「あの子がお前に教えたとでも言うのか?」
「その通りです」
リーサから聞いたこともある情報なので、嘘ではない。
そして、真也はそれを証明する切り札を切る。
「全てはリーサから、いえ、リスティローサから聞いたこと」
「……」
真也がその名を出すと、男は押し黙る。
「彼女とはそれだけ信頼し合える関係を築いてきたつもりです」
「……そうか」
男はしばらく何も言わなかったが、再び口を開いた。
「まあ、いいだろう。だが、あの子に害を与えるなよ。恐い恐い親父さんを敵に回すことになるからな」
男はそう言い残すと席を立ち、宿から出て行く。
信用を得られた訳ではなさそうだが、恐らく現段階では敵対者と認識されなかったのだろう。
真也は男が去っていったことを確認すると一息つき、高レベル盗賊の正体について思考を巡らせるのだった。
夜になり、真也はいつも通り秀介と情報収集のため三澄達の動画を見ていた。
領主の屋敷、謁見の間に集められた三澄達は、再びマイヤー子爵と相対している。
『証言で出てきた場所を部下達に確認させましたが、確かに沈没船の残骸と空の宝箱あったそうです。また、多くの人間に行った聞き取り調査などで、事件前後の彼の行動を裏付けることができ、事件に関与する余地がなかったことが分かりました』
そう報告したのは、子爵の傍らに立つシャロットだ。
『三澄殿の疑いは晴れたのだな?』
『はい、不審な点も多々ありますが、概ねそうと言えるでしょう』
安堵の表情を浮かべる子爵と、事務的な口調のシャロット。
そのやり取りを見る三澄は、当然のことだとでも言いたげな表情だ。
『子爵、少々宜しいでしょうか?』
そして、三澄は堂々とした態度で声を上げた。
『不審な点を完全に晴らすためにも、一つ、お願いしたいことがございます』
『申してみよ』
『今回の件は私と敵対する者が仕掛けた罠であったと考えております。そして、その敵対者を告発したいのですが、その者に嵌められ、脅されている哀れな少女が人質となっているのです。彼女を助ける手助けをして頂けませんか?』
三澄は自信に満ちた表情でそう言い放ったのだった。




