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49話 追跡者

瑠璃羽を連れて街を歩く真也は、時折自然な態度で背後を窺っていた。

その結果、街の風景を楽しむように敢えて無意味な回り道などをしていたにも関わらず、しばらく前に見た通行人と同一人物が再び後ろを歩いていることに気付いたのだ。

常に一人の人物がつけて来る訳ではなく、数人の尾行者を入れ替えながら追跡するという対象者に気付かれにくい尾行の手口を使っているのだろう。

つまり、追跡者は尾行に慣れている組織的な連中ということだ。


既に無駄かも知れないが、そんな連中を泊まっている宿まで引き連れて行くのは避けるべきだろう。

そう判断した真也は、追跡者達を撒くために街の端の方へと向かって行った。

下手に走って逃げたりすると強硬な手段を取られる可能性があるので、尾行には気付いていない振りをする。


「えっと、どこに行くんですか?」

「それは着いてからのお楽しみかな?」


不思議そうな表情で小首をかしげた瑠璃羽に、真也は思わせぶりな返事を返す。

尾行のことを教えない理由は瑠璃羽が普段通りに振る舞えなくなる可能性が高いことと、余り不安な気持ちにさせたくないと考えた為だ。


「ふふふ、ナイショですか。じゃあ、楽しみにしておきます!」


純粋に真也との時間を楽しんでいる様子の瑠璃羽を連れて、やって来た場所は街の外縁、グラネルを守る高い城壁の近くだった。

城壁沿いをしばらく歩くと、その内部へと入る石組みの階段を見つけてそれを上る。


「え!? ここ、入っちゃって大丈夫な場所なんでしょうか?」


それに戸惑い階段手前で立ち止まってしまった瑠璃羽。

なので真也は、彼女の手を取り優しく引いた。


「あっ……」

「見つからなければ大丈夫」


手を握られ顔を赤くしている瑠璃羽の耳元に、そうささやいて促す真也。


「……は、はい、そ、そうです……よね……」


緊張しきった様子の瑠璃羽は消え入りそうなほどか細い声で同意し、手を引かれるままに付いて来る。


入り組んだ城壁の内部をには歩哨の兵士がいるようだが、真也はそれを〈気配〉で察知して避けながら進んでいく。

尾行者達は〈気配〉スキルで隠れながら内部へと付いて来たようだが、真也の高レベル〈気配〉によってそれを知ることが出来ていた。


「あ、そっちから兵士が来るから道を変えるよ」

「えへへ、なんかドキドキしますね……」


しばらくすると、瑠璃羽は緊張と興奮が混ざった様子になっていった。

恐らく、悪いことをしてそれがバレないかという緊張感と、意識している異性と手を繋いでいるという状況に浮かされているのだろう。

そして、熱を帯びている瑠璃羽の柔らかい手を引きながら上部へと進んでいくと、石組みの通路の先に突如青空が見えた。

城壁の屋上部分に出たのだ。


「うわぁ! いい眺めですね!」


瑠璃羽は風ではためくローブの裾を押さえながら、城壁の上から見る街の外の風景を楽しんでいる。


見渡す限りを埋め尽くす麦穂が、日中の強い日差しに照らされて輝きを放ちながら風になびく。

その中にそびえるのは、ファンタジーな雰囲気を醸し出している巨大な風車塔の群れ。

麦穂の海の中を走る細い街道には、豆粒のように小さく見える馬車がゆったりと進んでいる。

そののどかな風景には、いつまで眺めていても飽きない優美さがあった。


「すごい! まるで絵本の中に入っちゃったみたい……。この景色のためにここまで連れて来てくれたんですね!」

「気に入ってくれたようで良かったよ」


別にそういうつもりで来た訳ではなかったが、そうであった方が瑠璃羽は喜ぶだろうためそういうことにしておく。


「でも、残念ながら長居は出来ないんだ。歩哨に見つかっちゃうからね」


真也はそう言うと、ストレージから長いロープを取り出し城壁の矢よけ部分に縛り付ける。


「ここから降りよう」

「……へ? ……え? ええ!? こ、こんな高いところからですか!?」

「大丈夫大丈夫。ルリハちゃんはしがみついてるだけでいいから。ほら、しっかり掴まって」

「え? え? ひゃっ!」


慌てふためく瑠璃羽の腰に手を回して引き寄せると、ビクリとしたが抵抗はされなかった。


「片手だけどしっかり支えてるから安心して」

「……は、はい」


押しに流された瑠璃羽が首元にしがみついてきたため、真也は片手と両足を使いロープを伝って街の中へと降りて行く。

密着した瑠璃羽から体温の温もりや、ミルク石鹸の爽やかな香りとそれに紛れるような微かな甘い香りを感じて、真也はVR技術とゲームの細かい作り込みに感心してしまう。

ロープを使った降下には〈縄術〉スキルによるアシストが発生し、小柄で軽い瑠璃羽を抱えた程度では大した障害にならない。

無事に下までたどり着くと、そこは人けのない裏通りの小道であった。

〈気配〉で周囲を調べても近くに人は確認出来ず、尾行は完全に巻いたようである。


「ルリハちゃん、大丈夫?」

「え、えっと、すっごくドキドキしちゃいましたけど……その、とっても楽しかったです……」

「それはよかった。じゃあちょっと急いで帰ろうか」


瑠璃羽ののぼせ上がったかのような様子には触れず、ロープを回収した真也は再び尾行されないように宿へと急いだ。









泊まっている宿のエントランスまで戻って来た真也は、不審な人物につけられていないことを確認して一安心する。


「秀介は昼までには帰ってくるって言ってたんだよね?」

「はい! そう聞きました」


正午まではあと少しといった時間なので、真也が帰って来るまで時間を潰そうかと考えていると、唐突に声を掛けられる。


「どーも、そちらさんはシンヤって名前でいいのかな?」

「っ!?」


慌てて振り返ると、エントランスに設けられた休憩用のテーブル席に座る男が一人。


「……いつからそこに?」

「アンタが帰ってくる前からさ」

「……」


その問答に、真也は内心で強い焦りを感じていた。

〈気配〉で周囲を調べながら目視でも最大限の警戒をし、更に相手が視界に入るような場所にいたにも関わらず、その男には声を掛けられるまで全く気付けなかったのだ。

それが示すものはただ一つ、相手が〈気配〉などの隠密系スキルを持った圧倒的な格上であるということだ。


「ルリハちゃん、ちょっと部屋で待っててくれない?」

「え? あ、はい、分かりました」


瑠璃羽は真也の言葉に疑問符を浮かべながらも素直に従い、宿の奥へと向かって行った。

それを見届けた真也は、再び謎の男に再び質問を投げかける。


「……どういった御用向きでしょうか?」

「いやなに、ちょっとした挨拶でもしようかと」

「もしかすると、先程の方々は貴方のご挨拶の一部でしたか?」

「ああ、育ちの悪い連中で礼儀がなってなかったかもしれないが、機嫌を損ねないで貰えると嬉しいねえ。まあ、ほんの小手調べだ。アンタが気にするような程度じゃあなかっただろう?」

「そうですね、無礼など感じなかったので問題はないですよ」


どうやら尾行者達は、この男が真也の実力を見る為に放った連中だったようだ。


「そりゃあ安心だ。じゃあ、よかったらそこに掛けるといい」

「ではお言葉に甘えて」


軽い調子で話す男に促され、真也はその対面の席に座る。


その男の外見は特徴の薄い顔をした50代といったところで、余り印象に残らない風貌である。

前作の登場キャラクターにこのような人物はいなかった筈だ。


相手の身元も目的すらも不明な状況だが、今はこの男の言葉に従うしかない。

隠密能力と索敵能力が真也よりも優れた圧倒的な格上を敵に回すことなど自殺行為だろう。

今現在、真也は喉元に剣を突きつけられているに等しい状況と言える。


取り敢えずは名前を聞こうと真也が口を開いたタイミングで、出鼻をくじくかのように男が切り出した。


「どういうつもりでリーサに近付いた?」


その声には真也の肝が冷える程の冷徹な迫力がこもっていた。

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