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48話 グラネルにて

真也は故売商の問いかけに対して白を切り、何故真也のことを探っていたのかを聞き出そうと試みたが、結局知ることは出来なかった。

だが、真也のことを嗅ぎ回っている者の存在が分かっただけでも収穫であったと考えるべきだろう。


そう納得し、故売商の酒場から泊まっていた宿に帰ると、宿のエントランスで瑠璃羽が待っていた。


「あっ! おかえりなさい!」


大人しくしていた瑠璃羽だが、真也達の姿を見つけるとパッと明るい笑顔になって嬉しそうに出迎えてくれる。


「お仕事の方はどうでした?」

「まあ、そこそこ上手くいったよ。秀介はどこかに行った?」

「情報を集めたいそうで、街の人にお話を聞きに行っちゃいました」

「まあそうだろうな……。でも、ルリハちゃんが一人になるのに置いて行くなんて、いつも気が利くアイツらしくないな」

「あっ、いえ、秀介さんは誘ってくれたんですけど……えっと、その、わたしが待っていたかっただけなんです」


ニコニコと話していた瑠璃羽だが、急に頬を赤らめて俯くと、たどたどしい喋り方で言葉を紡ぐ。


「あの、えっと……もし、お時間があるなら、あっ! ご、ご迷惑じゃなければなんですけど……その、この後いっしょに街を見に行きませんか?」


上目遣いで真也の様子を窺いながら、恐る恐るといった雰囲気でそう言った瑠璃羽。


「装備の更新とかしたいから行き先は武具屋とかになるけど、一緒に行く?」

「はいっ!! ぜひっ!!」


極力気軽な調子で返し、瑠璃羽の誘いが異性に対する好意によるものだと気付いていない雰囲気を作る真也。

それでも瑠璃羽は飛び上がりそうなほど嬉しそうに返事をした。


「ああ、私は街に情報収集しに行くんで、お気になさらず」


真也と一緒に帰って来ていた乗鞍が、わざとらしく気を使った様子を見せる。


「一緒に来てもいいんだぞ」

「まさか。わたくしは馬に蹴られたくなどないので」

「蹴られてくれた方が助かるんだが?」

「ハハ、貴方の代わりにですか? 嫌に決まってるじゃあないですか。せいぜい角の生えたお馬さん達に蹴り殺されないようお気をつけ下さいね」


乗鞍がからかうようなことを言って去っていくと、そわそわとし始めた瑠璃羽はチラチラと真也の顔を窺い始める。


「えと、ふ、2人きりになっちゃいましたね」

「まあ、取り敢えず行こうか」


瑠璃羽の緊張した様子に、真也は気付かない振りをして宿を出た。


「そういえば真――」

「ああ、俺の名前は呼ばないようにしてくれ」


武具屋へと向かう道中、瑠璃羽の発言を真也が遮った。


「何やら俺のことを調べている人物がいるみたいなんだが、まだ顔は広まっていない可能性があるんだ。無駄かも知れないけど、一応言わないで欲しい」

「えっ!? だ、大丈夫なんですか……?」


周囲の通行人を確認した後、真也が小声で事情を話すと瑠璃羽は驚きの声を上げて心配そうな表情になってしまった。

さっきまでの浮ついた様子が収まったことには安心もしたが、不安げに見つめてくる瑠璃羽を見ると、何やら申し訳ない気持ちになってしまう。


「ああ、そんなに気にしなくても大丈夫」

「……ホントですか?」

「何の心配もないよ。今は変に警戒するより自然に振る舞ってくれた方が助かるかな。話の腰を折ってごめんね。何の話だっけ?」

「そうなんですか……えっと……あっ! 恵子先生のお話をしようとしてたんでした!」


素直に真也の言うことを聞き、無理やり話を戻した瑠璃羽だったが、話そうとしていたことを思い出した様子を見せると、再び楽しそうに喋りだす。


「恵子先生がですね、分かってくれたんですよ!」

「うん? 何を?」

「真……あっ、いえ、お兄さんのことです!」


名前を言いそうになって慌てて取り繕った瑠璃羽に、真也の表情は怪訝なものになってしまう。


「えっと、恵子先生には余り良く思われてないと思うんだけど?」

「そうだったんですが、きっと誤解していただけなんです。わたしがお兄さんのいいところを時間をかけてしっかりと教えて上げたら納得してくれたんですよ!」

「……先生はなんて言ってたの?」

「もっといろんなことを経験させてあげなくちゃいけなかったのね……なんて、とっても疲れたように言ってたんですよね。どういう意味だったんでしょう? お医者さんのお仕事が大変で疲れが溜まってるんじゃないか、わたしちょっと心配なんです」

「……そ、そう」


それは納得したんじゃあなくて諦めたんだ、とツッコミを入れたかったが苦笑いで誤魔化した。

そして、先生が疲れているのは確実に、瑠璃羽のことが心配過ぎるせいだろう。

恵子先生のことを不憫に思いながらも、その原因が自分であったことは棚に上げておく真也だった。









〈穀倉都市グラネル〉には武具屋の数が多い。

街の外の麦を刈るにはモンスターの相手もしなくてはならないので、この街には武器を扱う人間が多い為だ。

そのため、一番高グレードな装備を売っている場所を街の人間に聞いた上で、最も外観のしっかりとした武具屋に入った。


「代金は俺が出すから好きな物を選んでいいよ」

「えっ!? そんな高い物を買って貰うなんてとても!」

「お金は十分過ぎる程あるし、少し無理に連れて来ちゃったお詫びも兼ねてるから大丈夫」

「いえいえ! 私はついて来たかったから来ただけで、そんなお詫びをしてもらうようなことは――」


そんな問答を続け、瑠璃羽に何とか納得して貰うと、真也は装備選びを始めた。

この店ではランク7までの武具を売っているようで、防具を一新し、〈防御力〉重視と〈精神力〉重視の2パターンを揃えておく。

手早く買い物を済ませ瑠璃羽の方を確認すると、特に何かを選ぶ訳でもなくぼんやりと商品眺めているだけだった。


「そんな遠慮しなくていいよ」

「あっ、いえ、ただ、どういうものを選べばいいのか……」

「女の子は服とか選ぶのが好きだと思ってたけど、ルリハちゃんは苦手かい?」

「はい……お恥ずかしながら……。わたしが自分で選ぶと、つい子供っぽいものばかりを選んじゃうんです。やっぱり、アニメばっかり見てるからですかね……」

「ははは、まあ、趣味なんて人それぞれだから。直感的にいいなって思った物を選んでみなよ」

「そ、そうですよね……じゃあ……」


瑠璃羽が遠慮がちに服を選び試着室へ入ると、衣擦れの音が僅かに聞こえてくる時間が続く。

しばらくして、照れくさそうにした瑠璃羽がフリルの多い女の子女の子している可愛らしい服を着て出て来る。


「えっと、ど、どうですか?」

「可愛い可愛い、フリルがよく似合ってるね」

「ありがとうございます! わたし、こういうお姫様みたいなお洋服が好きなんですけど、みんなには子供っぽいって言われちゃうんですよね……」

「じゃあ、せっかくだからこっちのやつも試してみない?」

「あっ、そうですね、ありがとうございます!」


真也が視聴者の喜びそうなデザインの装備を渡すと、瑠璃羽は嬉しそうに装備を抱えて試着室へと駆けて行き、すぐに着替えて披露してくれた。

真也はその姿を褒めて煽て、どんどん次の服を渡してゆき、さながらファションショーのような状態にしてしまった。

そんなことをしばらく続けていると、瑠璃羽が試着室のカーテンから顔だけ出して困った様な声を上げる。


「あの、サイズが大きいんですけど……」

「店の人に詰めて貰えるから大丈夫だろう。どんな感じ?」

「わ、笑わないで下さいね」


瑠璃羽はそう言うと、恥ずかしげに頬を染めながら試着室から姿を表した。

その着ている服は、白地に水色の刺繍が施された上品で楚々とした雰囲気のローブだ。

瑠璃羽の純真な可愛らしさを引き立て、とてもよく似合っていた。

だが、いかんせんブカブカで裾が余ってしまっており、彼女の幼さを強調してしまっている。


「に、似合いますか?」

「うん、ルリハちゃんの雰囲気に凄く似合ってるよ」

「その、真也さんは、こういう服、好きですか?」

「うん? まあ、ファンタジーゲームらしさもあるし、何よりルリハちゃんが着ると可愛いから、俺は好きかな」


恐る恐るといった様子で聞いてくる瑠璃羽には、流石に子供っぽいなどとは言えず、褒め言葉のみを言う真也。


「ホントですか!? やった!」


瑠璃羽は全身で喜びを表すように、クルリと回ってはローブの裾を舞い上がらせた。


「わたし、これにします!」

「他にも選ばなくてもいいの?」

「これがいいんです!」


真也が好きだと言ったからか、瑠璃羽はそのローブをとても気に入ってしまったようだ。

彼女のファンへのサービスで出来るだけ多くの服装を披露させていたが、そろそろ十分だろうと判断した真也はここらで切り上げることにした。

嬉しそうにローブを確認している瑠璃羽を、真也はどこか微笑ましい気持ちになりながら見守るのだった。









「ふふふ、その、ありがとうございました!」

「はいはい、どういたしまして」


ニコニコと満面の笑みで礼を言う瑠璃羽は、スキップして鼻歌を歌いだしてしまいそうな程の喜びようだ。

武具屋から帰る途中、このやり取りはもう何回目だろうか、と思うほど繰り返された会話だが、うんざりすることはなく、微笑ましい気持ちで返事を返す真也。

瑠璃羽の装備は全てランク7のもので統一されており、そこそこの金額を払うことになったが、真也の所持金を考えればどうということはない額であった。

瑠璃羽の反応を見れば安い買い物だと言えるだろう。


今回は嘘などを交えず交流出来たので、真也も楽しい時間を過ごしていた。

だが、そんな時間に水をさす存在を察知した。

微笑を浮かべていた真也が真顔になり、後ろを振り返る。


「ちょっと、寄り道でもしようか」


通りを歩く通行人達の顔を確認した真也が、唐突に切り出した。


「え? あ、はい、いいですね!」


少し戸惑いつつも喜んで付いて来る瑠璃羽を連れ、変更した目的地へと向かう真也。

それは尾行の存在を確信した為であった。

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