47話 作り話と故売商
翌朝、ホテルの食堂には随分とピリピリとした空気が漂っていた。
原因はもちろん三澄のグループである。
三澄達は通常、30人近くで寄り合い食堂の一角を占拠して食事を取っていた。
だが、今は皆バラバラとなって小さなグループを複数作っているだけだ。
三澄も5人組のグループを作り席に着いているが、その顔ぶれは以前に組んでいたパーティメンバーと少し変わっていたりする。
彼らは三澄を信用することにしたプレイヤー達か、あるいは、まだ三澄は利用出来ると考える者達なのだろう。
しかし、離れて座る他のグループのプレイヤー達は違うようだ。
他のグループは三澄を遠巻きにしており、向ける視線は一様に冷たい。
そんなギスギスとした雰囲気の真っ只中へ真也が堂々と入って行くと、それに気付いたプレイヤー達から一斉に注目を受けた。
それは、三澄との内通を疑う当事者の視線から、これから何か起きそうだという興味本位程度な部外者の視線まで様々な感情が読み取れるものである。
その中でも一際強い怒りの感情をぶつけてきたのは、当然の如く三澄であった。
三澄は真也を睨みつけると、仲間4人を引き連れて近付いて来る。
30人で圧力を掛けてきたときと比べると、どうしてもショボイと感じてしまう。
「どうかしましたか、三澄さん?」
「……やってくれたな」
三澄は真也の問いかけを無視し、憎々しげに言葉を絞り出した。
「何の話でしょう?」
「とぼけるな、お前が仕組んだことぐらい分かっている」
「言い掛かりはよして下さいよ」
「あの宝箱を用意したのはお前だろう」
「だとしたら何の問題が?」
「認めるんだな?」
「私は約束を守っただけです。ですが、あなたは守らないんですね。私だけを悪者にするつもりですか」
「作り話をするんじゃない!」
三澄がどんなに追求しようと、真也は密約があったと言い張る構えだ。
そうなることぐらい三澄も分かっていただろう。
だが、それでも追求しなければ、真也との密約を認めたように周囲から認識されかねない。
無駄だと分かっていても、三澄は真也を責めざるを得ないのだ。
「そんな密約があったと主張したいなら、それを証明出来る筈だ。一対一で話したときの会話も録音しているんだろう? それを公開しろ」
「はぁ、録音しない約束だったでしょう。分かりきったことを言わないで下さいよ」
「約束、約束と、ありもしないものを持ち出すな!!」
真也の困ったような態度に、業を煮やした様子で三澄が怒鳴りつける。
その行動は、仲間に向けた無実を訴える為のパフォーマンスなのだろうが、三澄の後ろについて来ていたプレイヤー4人以外に効果はないようだ。
三澄達の間にしっかりとした信頼関係が築けていたなら、三澄が真也に嵌められたという話にも皆が納得が出来たのかも知れない。
だが、今まで三澄が騎士剣を使うことで溜め込んできた不満が、ここに来て表出してしまったのだ。
不満を真也に転嫁して誤魔化していたことも裏目に出たと言える。
転嫁した先と三澄自身が繋がっている疑惑が出るということは、今までの不満が全て三澄に戻ってくるようなものである。
そして不満は不信となり、三澄の信用は失墜してしまったのだ。
もちろん、真也が嵌めたと確信していながら、それでも冷たい態度を取っているプレイヤーもいるだろう。
対真也の大義を掲げ、一人で突出した知名度とレベルを得た三澄を快く思っておらず、これを機に潰したいと考える人物達だ。
むしろその方が多い可能性すらある。
何しろ草原の騒動はもう終息し、レベルもある程度上げられた筈だ。
もう既に、プレイヤーの大連合を組む必要性などないのだ。
所詮は即席で作られた同盟。
用済みになれば目立つリーダーなど切り捨てたいと思う者達もいるだろう。
「あったものをなかったと言われても、どう返答していいものか……」
「……なんて不毛なやり取りだ」
言った言わないの水掛け論が大嫌いな真也だが、それをすることで自分が有利になるのなら、活用することに躊躇はしないのだ。
「もういい。だが、お前の思った通りになるとは思うなよ」
そんな捨て台詞を残して三澄達は去って行った。
その後、真也は重苦しい空気の食堂で、衆目を集めながらも平然とした様子で朝食を取るのだった。
ゲームにログインした真也は乗鞍に案内され、〈穀倉都市グラネル〉を歩いていた。
グラネルの街は、麦を貯蔵する巨大な倉庫が大量に並んでいることと、街の外にそびえる巨大な風車塔の群れが特徴だ。
建物は殆どがレンガ造りだが、イートゥスのように小洒落た雰囲気はなく、古ぼけた地味な街並みである。
地図を片手に歩く乗鞍について行くと、路地裏の奥まで来たところで立ち止まった。
「ここですね」
「いかにも後ろ暗いことをやってる連中が好きそうな場所だな」
二人の視線の先には古びた建物の半地下へと降りる狭い階段があり、その先の扉には極々小さな看板が掛けられている。
ジョッキに注がれた酒の絵が描かれた看板だ。
「酒場みたいだが、朝からやってるのか?」
「酒場なんて隠れ蓑らしいですから問題ない筈です」
乗鞍はそう答えると躊躇いなく階段を降り、扉をノックした。
「……こんな朝っぱらからなんの用だ?」
扉から不機嫌そうに顔を出したのは、小汚い服装の中年男だ。
「紹介で来たのですが」
乗鞍がそう言って手紙のような物を差し出す。
「……イートゥスから来たのか。いいだろう、入れ」
中年男はそれに目を通すと、二人を店の中へと招き入れた。
薄暗くジメジメとした空気が漂う店内は、カウンターが一つとテーブル席が3つだけというこじんまりとしたものだ。
真也達は店の男とテーブル席で向かい合い、商談を始める。
「で、モノは何だ?」
男の問いかけに、真也はストレージから装備を数個取り出す。
この店の本業は故買商。
盗品など後ろ暗い物を買い取る店だ。
真也達はここに、騎士団用の装備を売り払う為に来たのだ。
この店の情報は全て乗鞍が調べていたものである。
乗鞍は日村との計画の為に、ゲーム開始初日から盗品を売り捌くルートを探していた。
日村から多額の資金援助を受けていた乗鞍は、カネをバラ撒くことで早々と情報を掴み、故買商への紹介状まで得ていたのだった。
「これは……まさかイートゥスの騎士団の……いや、まあいい、買い取ろう」
イートゥスの貴族街区で盗みがあったことは知っていたようで、少し狼狽した様子を見せた故買商だったが、すぐに表情を取り繕った。
故売商として顧客の事情には深入りしないのが当たり前なのだろう。
店の奥の倉庫に移動して大量の装備を査定して貰うと、提示額は250万ゴールドだった。
前に乗鞍に言われた額の2倍以上である。
真也が呆れたような視線を送るが、乗鞍はどこ吹く風といった様子だ。
金額に問題はなさそうだったので売却し、約束通り乗鞍に分前を渡した。
「お前ら、イートゥスから来たんだろ? なんか周辺が大変だったみたいじゃないか」
「そうですね、ですがもう収まったそうですよ」
商談を終えると、故売商の男が世間話のように切り出した。
「なんでも、その解決に大活躍した冒険者達がいるそうじゃないか。そいつらについて何か知らないか? いい情報ならカネを出すぞ」
「さあ、私は騒動が終わる前に街を出たので、詳しくは知らないですね」
明らかにプレイヤー達の情報を探っている様子の男。
後ろ暗い連中を使って、お告げの英雄について調べている人物がいるのだろう。
情報を教えたとしても、真也には余り利がなさそうなので知らない振りをした。
「そうか、じゃあもう一つ聞きたいんだが」
「どうぞ」
特に情報を話すつもりはなかったが、質問されることでどんな情報を探っているのかが分かるので、聞くだけは聞いておく。
そんな軽い気持ちでいた真也だったが、
「イートゥスの街にいた、シンヤという名の男を知らないか?」
突如出てきた自分の名前に内心で驚くのだった。




