46話 発覚
〈港湾都市イートゥス〉の貴族街区、その中心に建つ一際大きな屋敷が領主の館である。
その内部、所謂謁見の間とでもいうような場に大人数で控えているのは三澄の率いるプレイヤーグループだ。
そして部屋の一番奥にある一段高く設置された上座には、イートゥスの領主、マイヤー子爵が堂々と座っている。
子爵は30代後半の貴族らしい風体をした男だが、偉ぶった傲慢な空気は感じ取れない。
『よく来てくれた。このような場を整えておいてなんだが、余り畏まる必要はない。冒険者に礼儀を求めるほど私は頭が固くはないし、何より、今日、君達を呼んだのは礼の言葉を言う為であるのだ』
『お礼ですか……それは何に対してのものでしょうか?』
子爵の発言に三澄が質問の言葉を返す。
『謙遜することはない。君達は、この街周辺の狩場に起きていた異変を収めたそうではないか』
三澄達は狩場のボスを倒した後、酒場などでそのこと話し、ボスについてやボスドロップの〈FANGコア〉について情報を集めていた。
その情報が領主の耳にも入ったのだろう。
『その件に関して私から褒美を出そう』
『それは何とお礼の言葉を申し上げればよいのか、感謝の言葉もございません』
『よいよい、礼を言いたいのはこちらだ。それと、よかったらこの街にいる間は私の屋敷に滞在して行くといい』
『……ありがとうございます。ですが、私達程度にそこまでして頂けるとは、何か理由がおありなのでしょうか?』
たかが冒険者を相手にするにしては過剰とも言える対応を取る子爵に、三澄が疑問の声を上げた。
『……どうせ後々耳にするであろうことだ、言っておこう。最近、夢の中で神のお告げを聞いた、という話が権力者の間でよく出回る。初めは教会のごうつくばり共が権威を高める為に流した噂かとも思ったが、どうも様子が違うようだ。教会とは余り関係が良くない者からも、そういったお告げを受けたという話が出るのだ』
そんなことを真剣な表情で語った子爵は、一息おくと大仰な口調で話し出す。
『南の海より100の英雄来たりて世に太平をもたらすであろう。お告げの内容の一つに、そういうものがある』
『……』
子爵の言葉を聞いて、黙り込むプレイヤー達。
「なあ、これって……」
「そういうことだろうな」
動画を見ていた秀介が声を上げ、真也はそれに同意の言葉を返した。
このゲームでNPCは、完全に独立した存在として作られている。
そんなNPC達に運営がどう影響を与えていくのか、ということは今まで開示されていなかったが、運営はお告げという形を取ることでゲームを面白い展開に操作するつもりのようだ。
『君達のことは少し調べさせて貰った。船でこの街に渡って来ると、驚異的な速さで実力を伸ばしていった。そして草原の騒動終息に大きく貢献し、その上狩場の異変まで解決してみせた。大陸の南端にあるこの港街に、そんな者達が現れたのだ。勘繰りもするだろう』
『子爵様は我々がその英雄だとお思いで?』
『それはまだ分からない。だからこそこの場に招いたのだ。ただ、私は英雄が現れた程度で世界が平和になるなどとは考えていない。むしろ争いの種になるのではないかと危惧している。この国には英雄というものを利用しようと考える連中も多いからな』
『例えば教会とかですか?』
『……そうだな、奴らもそんな連中の中の一つだろう。教会の口車に乗せられると、英雄として無理難題を押し付けられるだろうから注意した方がいい。せめてこの街にいる間だけでも、奴らに担ぎ上げられることは避けてくれると助かる』
教会と貴族の間にも確執があるようで、教会側が得をする事態が自領で起きれば責任問題になるのかも知れない。
教会から手を出させない為に、領主の屋敷に滞在させることにしたのだろう。
話はこれで終わりに見えたが、そこで空気が変わる出来事が起きた。
『申し訳ないですが、少しお話を宜しいでしょうか?』
部屋の中に響いた凛々しいがどこか優しげな女性の声。
カツカツと靴音を鳴らしながら部屋に入って来たシャロットが声を上げたのだ。
『シャロちゃんじゃないか、どうかした?』
『……はあ、いつまで私をそう呼ぶつもりなんですか。歳を考えて下さい歳を。それに、今は職務中ですので肩書でお呼び下さい、子爵閣下』
『これは失礼を。相変わらずお硬いことで、近衛天馬騎士団長様』
親しそうな態度を取ったマイヤー子爵に、呆れた様子で返すシャロット。
かつての戦友ゆえの気軽なやり取りなのだろう。
動画上に流れる視聴者コメントが『シャロちゃ〜ん!』といったもので溢れ返り、視聴の邪魔となったのでコメントを非表示にする真也。
「シャロットがこの街に来ることになった任務は、お告げの確認といったところか」
「かもね。やっぱりアベルの命令かな」
「運営は絶対アベルにお告げをしてるだろうしな」
そんな予想をしながら見ていると、事態は急展開となる。
『謁見中に申し訳ないのですが、一つ、確認しておきたいことがあります』
『確認?』
シャロットの発言にマイヤー子爵が怪訝な表情をした。
『ミスミという方の武器を調べさせて頂きたいのです』
『どういうことだ?』
『その騎士剣はもしかするとこの街の貴族街区で作られたものではないか、と工房長が確認したいと言っております』
『まさか、一般には出回らない筈のものだぞ……』
謁見の間の空気が変わった。
三澄の後ろにいた瀧上の口元が、ほんの僅かだがつり上がったように見えた。
「おいおいおい!? これ、お前の仕業か!?」
「ああ、三澄の騎士剣は俺がプレゼントした。もちろん善意で」
「純粋な悪意しか感じねーよ!」
「瀧上が告発したんだろうなあ。なんという絶妙なタイミング。全く酷い奴だ」
「いや、一番酷いのお前だから!」
騎士剣の出処は瀧上に伝えてあり、それを仲間内で疑惑として追求させ、三澄が真也と裏取引をしたと疑わせる計画であった。
それを、ここぞと言うタイミングで暴露したのは瀧上の機転だろう。
まるで工房長が気付いたかのような言い回しだったが、内部告発でなおかつ疑惑でしかないナイーブな問題だから、とでも言って告発者の存在を隠させた為だろう。
『ミスミさん、貴方の剣を確認させて頂けますか?』
『ええ、構いませんよ』
状況が分かっていない様子の三澄が騎士剣を差し出す。
『工房長、〈武具鑑定〉をお願いします』
シャロットの後ろに控えていた職人風の男がそれを受け取り、じっくりと確認をする。
〈偽装〉は、それと同レベル以上の鑑定系スキルを使って疑いをかけて調べれば、能力に応じた時間はかかるが見破ることが出来る。
工房長と言われた男でも、真也の〈偽装〉は見破る為に結構な時間を要するようだ。
『おお……これは、間違いなくウチの工房で作られた騎士剣でございます! 巧妙に偽装されておりますがウチから盗まれた盗品です!』
『はあっ!? そ、そんな馬鹿な!? これは〈岩垣の海岸〉で見つけた沈没船の漂流物から見つけたものです! それは私と同行していた人達も確認しています! 沈没船の荷物は拾得者が貰っても構わない筈ですから正当な物でしょう!』
まさに青天の霹靂といったといった様子で、三澄は焦りながらも必死に弁解をした。
『確かにそれが本当に沈没船の荷物だったのならそうでしょう。ですが、それはありえない話です』
『何故です!?』
『その剣が盗まれた直後には、盗品が輸送されないよう、港から船に積み込まれる品を厳重に調べる体制に変わっています。そもそもこの港から武器が積み込まれることは極稀なことですので、検査を通り抜けて船に積まれる可能性は殆どないでしょう。沈没船からその剣が発見されるとは思えません』
『……ですが、それが事実です』
苦虫を噛み潰したような表情になった三澄。
そろそろ嵌められたことに気付いたのだろう。
そして、周囲のプレイヤーからの視線は、余りにも厳しい。
何故なら、プレイヤーにはその騎士剣が船に積まれている筈がないと分かっているからだ。
盗まれた武具は真也が全て他の街へと持ち去ったことを知っている。
それならば、三澄が真也と秘密裏に通じていて、取引をして手に入れたと皆が考えてしまうことは自然であろう。
そう考えるように、真也は三澄と一対一で話した事実を作ったのだ。
『取り敢えず、詳しく調べてみることとしよう。他の者達も一応だが、少しの間だけ屋敷の外に出ないようにして欲しい。無駄な疑いを掛けられたくなければだが』
マイヤー子爵の言葉でこの場はお開きとなり、それぞれが客間へと案内される。
道中、三澄に向けられたプレイヤー達の目は、猜疑、不信、嫌悪といった負の感情を、口よりも雄弁に語っていた。
「うわー、これってお前の思惑通りなのか」
「いや、まさか領主とここまで近付けるとは思ってなかったな。これはどう転ぶか……」
そう言って真剣な顔で考え込む真也。
「まあ、なるようにしかならないか。取り敢えず明日の朝食時にトボける心構えでもしておこう」
今日の夕食は強制ログアウト時間に取らなかったので、三澄達とは鉢合わせていない。
なので明日の朝は確実に詰め寄られるだろう。
「おいおい、明日の朝、食堂に行く気か?」
「当然だろう。正々堂々は俺の信条だ」
「ははは、突っ込まねーぞ……あと、食堂に俺は行かないからな」
軽口を叩きつつも、予定外のことが起きる可能性を憂慮する真也だった。




