表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/91

44話 悪徳商人の勧誘

「どうもこんにちは、グラネルに向かうのですか?」


街道を進む真也達が前を行く馬車に追いつくと、御者席に座った小太りの商人に向けて乗鞍が笑顔で声を掛ける。

ここに来るまで同じように馬車を追い越す場面が何度かあり、その度に乗鞍は世間話をして情報を集めていた。


「なんだ、馬車すら買えん零細商人か」


しかし、今回の商人から返ってきたのは傲慢な言葉だった。


「フン、まだレベル16程度の分際で独り立ちして護衛が3人もいるのか。生意気な」


〈鑑定〉によって乗鞍のレベルを調べたのであろう商人が、更に見下した視線を向ける。

どうやら真也達のパーティを、商人である乗鞍とその護衛達と認識したようだ。

駆け出しの商人相手にまともな話をする気はない、とでも言いたげな態度を取る商人。


「……ん!? おい、どうして宿屋の娘がここにいる?」


だが、乗鞍には全く興味を持たなかった商人も、瑠璃羽の顔を確認すると態度が変わる。


「彼女は元々冒険者でして、事情があって宿で働いていたようです。ですので、ただ本業に戻っただけですよ」


乗鞍の説明を聞いた商人は礼も言わずに馬車から飛び降りた。

そして瑠璃羽に近付き、下心が透けて見える表情で声を掛ける。


「おお! キミ! 私のことを覚えているかね?」

「はい、宿のお客さんだった、トルトンさんでしたよね」

「あの時の話なんだが、まだ返事を聞いていなかったなあ。キミが冒険者なら、私の護衛として雇ってもいいのだが? そんな零細商人の護衛などしても儲からんだろう?」


懲りずに勧誘を始めたトルトンと呼ばれた商人。

そこに真也が割って入る。


「ううん? なんだね?」

「すいませんね、彼女は私の傭兵団の一員なんですよ。勧誘はご遠慮願います」


止めに入った真也を苛ついた目で見たトルトンだったが、少しすると様子が変わる。


「ほう、どうしてそれ程の実力を持つ剣士が、あのような商人の護衛をしているのですかな?」


トルトンのレベルは真也の〈偽装〉が見抜けない程度でしかないようだ。

そして真也のレベルは高い〈偽装〉スキルで隠してしまっている。

本来ならかなりのレベル差がないと〈鑑定〉でレベルすら分からないということはない。

そのためレベルを隠す〈偽装〉は、見破れないと〈鑑定〉で調べられない程の大きなレベル差があるという誤認を誘う。

トルトンは、真也のレベルが実際より大分高いと思い込んでいるのだろう。


因みに〈偽装〉されていることが余り警戒されない理由はある。

NPCは通常、レベルアップに繋がった行動によってスキルの取得が決まるので、〈偽装〉のスキルレベルを上げたければ、〈偽装〉を大幅に活用した行動で経験値を集めなくてはならない。

そのため、〈偽装〉のスキルレベルを上げる難易度は高く、高レベルの〈偽装〉スキルを持っている人物は限られている。


「いえなに、大した理由ではありませんよ。私は他の傭兵団から独立したばかりでして、今、集めた団員の育成を兼ねて軽い護衛依頼を受けたという訳です」

「おお、そうですかそうですか!」


真也の説明に嬉しそうな声を上げるトルトン。


「でしたら、そのような商人の護衛よりも私の護衛をするというのはどうです? 確実に、今よりいい待遇が保証出来るかと」


腕利きの傭兵が独立したタイミングは、護衛として雇うには最適なのだろう。


「ですが、貴方にはもう十分な護衛がいるのでは?」


トルトンの馬車は既に6名の護衛によって守られていて、これ以上戦力を増やす必要性が真也には感じられない。

瑠璃羽を自分の近くに置きたいが為の口実かと疑うべきだろう。


「いやいや、それがそうでもないのですよ。ここだけの話ですが……」


得意げにそう言ったトルトンは、真也に近付き小声で耳打ちをする。


「実は今、大きい仕事に関われるチャンスがありまして、実力のある護衛がいてくれると助かるという話です」

「ほう、大きい仕事というと?」

「この場では詳しく言えませんが、グラネルの新領主が新規に御用商人を集めているのです」

「なるほど。ですが、領主に取り入るアテはあるのですか?」

「そこは抜かりなく。領主と親交のある貴族にカネを払い、紹介状を一筆貰っています」

「それは素晴らしい」


ニヤリと笑い合う真也とトルトン。


「大変興味深い話です。前向きに検討したいのですが、護衛業は信用が第一。雇用主を途中で乗り換えるなど、とても出来ないことです」

「そう言って貰えた方がこちらとしても信用出来るというもの。返事はグラネルに着いた後でもいいでしょう」

「そうさせて貰いますよ」

「では、またすぐに会うことになるでしょうから詳細はその時にでも」


真也とトルトンは笑顔で握手を交わした。

そして、真也のパーティは徒歩より少しだけ遅い馬車を追越して行く。


「ああ、キミも私の誘いを前向きに考えておいてくれたまえ!」


追い越し際、瑠璃羽へ向けて未練がましい声を上げたトルトンに呆れながら、真也達は街道を進んで行く。


「何の話をしていたんだ? 握手してたけど、まさかあんな奴と手を組む訳じゃあないんだろ?」

「それは当然だな。あんな小物感丸出しの奴と組む価値はないだろう」


疑問の声を上げた秀介に真也が答え、トルトンと話したことを説明しながら旅路を急ぐのだった。









日が傾き、もうすぐ夕方といった時間帯。

黄金色の稲穂に囲まれた街道の途中、人の背丈の2、3倍はある塀が見えてきた。


そこは、この世界で旅人の多い街道によくある形態の施設だ。

モンスターの侵入を防ぐ分厚い塀で囲われた、数十人は泊まれる大型の宿である。

本日の目的地に、真也達は無事到着したのだった。


門扉からその中へと入り、部屋を取って今夜のログアウト場所を確保すると、その後は夕食時間まで宿周辺で狩りを行いパーティ全体のレベル上げに勤しんだ。


このゲームでは、格下のモンスターを倒しても余り経験値が入らない仕様となっているようで、真也が〈白夢の森〉のモンスターをあれだけ大量に倒してもそこまでレベルは上がらなかった。

それは、格下でレベルを十分に上げてから安全に攻略する、ということをやりづらくして、ゲームをスリリングにする目的があるのだろう。


このエリアのモンスターを倒しても、真也にはまだ経験値は入りづらいようだったが、イートゥス周辺よりは大分マシなようで多少はレベルアップすることが出来た。

逆に、低レベルの瑠璃羽は格上との戦闘に関わることで、すぐにレベルアップしていった。

現状、真也のレベルは33で、秀介が25、乗鞍が22、瑠璃羽が19となっていた。


そして、レベル上げを終えて夕食なども済ませ真也は、一人動き出す。

訪れたのは宿の一室。


「誰だ? ……おっと、貴方でしたか。話を聞きに来て貰えると思っていましたよ。どうぞこちらへ」


真也がノックした扉から出てきた男は、昼に会った商人のトルトンだ。

同じ日にグラネルへと行く街道を通るなら、まず同じ宿に泊まることになる。

なので真也は宿の従業員に聞き込みをして、トルトンの部屋を事前に見つけていたのだった。


「昼には領主が何をしようとしているのか話していなかったので、それを聞きに来たということで?」

「はい、そうですね」


部屋に招き入れられ、トルトンの話を聞く真也。


「グラネルの新領主はかなりカネにがめつい人物で、様々な悪い噂があります」

「噂程度の情報を頼りにしているのですか?」

「いえいえ、素行の悪い領主が行う常套手段があるでしょう? まず間違いなくやるだろうものが」

「この国には来たばかりで、あまり詳しくはないのですが」

「おっと、それは失礼。答えは過剰徴税です。領主の行う徴税は国王の定めた上限の割合に縛られるのですが、領主の影響力が強い人物を徴税官に採用することで簡単に誤魔化せる程度の決まりでしかない」

「トルトンさんは、その徴税官になりたいと?」

「ええ、徴税官ほどオイシイ役職はないですから。領主の要求する税より更に高い額を集め、上前を跳ねれば利益は莫大だ」


トルトンはそう言って黒い笑みを浮かべた。

コイツはどうしようもないクズだな、と判断する真也。


「ですが領主がそんなことをしていたら、領民が国王に訴え出るのでは?」

「ハハハ、この国の王侯貴族なんて権力闘争に夢中で、平民の声など聞こえやしませんよ」


国内情勢は中々と不安定な状態のようだ。


「徴税官となると、多くの恨みを買うでしょうね。そこで私のような護衛が欲しいと」

「その通り。バカな領民達が私に逆らってきたとき、それを叩きのめして欲しいのです」

「……なるほど」

「もちろん貴方の実力にふさわしい報酬を約束しましょう。どうですか?」


トルトンは真也が乗ってくるのが当たり前といった態度で聞いてくる。


「報酬によっては考えてもいいでしょう」

「おお! そうですか!」


真也が乗り気だと判断したのか喜ぶトルトン。

その後、真也は報酬の交渉を長々と行い、ある程度話が纏まったところで自室へと引き返した。









一度ログアウトをして仮眠を取った真也は、夜遅くに起きて再びログインをした。

宿の中は暗闇に包まれ静まり返っている。

闇に紛れて廊下を進み、真也が辿り着いたのはトルトンの部屋の前。

ピッキングで素早く鍵を開け、部屋の中に侵入する。


トルトンはぐっすりと眠っていて真也の侵入には全く気付けない。

それもその筈、状態異常〈睡眠〉を引き起こすアイテム、〈スリープボトル〉を真也が盛ったのだ。

〈スリープボトル〉はリーサに餞別で貰ったアイテムの中の一つであり、先程この部屋に来たとき、隙を見て備え付けの水瓶の中に流し込んでおいたのだった。

そして、真也は報酬の交渉をわざと長引かせ、トルトンが乾いた喉を潤す為に水を飲むよう仕向けていた。


ちょっとしたことでは起きない状態異常の〈睡眠〉で眠るトルトンに、〈ピックポケット〉を実行する。

目当ての品は、貴族の紹介状。

先ずはストレージの中を探す。

トルトンのストレージ内のアイテム一覧が目の前に浮かび、その中から欲しい物を瞬時に検索出来るのだが、残念ながら貴族の紹介状は見つからなかった。


仕方がないので部屋に置かれた荷物を漁ると、鞄の中から羊皮紙を丸めた書状のような物が見つかり、それが紹介状だと確認出来た。


紹介状を読むと、今度は自分のストレージから白紙の羊皮紙を取り出し、その後とあるスキルを発動させた。

スキル名は〈偽造〉。

〈偽装〉の派生スキルで、通貨や証券、書類などを模造するスキルだ。


白紙だった羊皮紙に文字を書き込み、文章からサインや家紋まで、紹介状の全てを再現する。

真也の前には、二枚目の紹介状が出来上がっていた。

だが、その偽物の紹介状は完璧に作った訳ではない。

サインと家紋を微妙に改変し、見る人が見れば偽物だと分かるようにしていた。


その偽物の方の紹介状をトルトンの荷物に仕込むと、真也は自室へと帰って行く。

その手に本物の紹介状を持ちながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ