34話 包囲網
タイトルを少し短縮しました
「おいおい、どうかしましたか? はちょっと無いんじゃないかなあ?」
声を掛けてきた人物ではなく、その隣にいた男が軽い調子で言ってきた。
「おっと、今朝、街を散歩していた方じゃあないですか。ウロウロと路地裏で誰かを探していたようですが、ご苦労様ですね。何か成果はありましたか?」
「……どうだろうねえ」
彼は朝に真也を尾行してきた魔法系グループのリーダー、〈ウィザード〉の瀧上柳次だった。
少し洒落た雰囲気で、気安い態度を取っている40代程度の中年男性だ。
真也の嫌味に少しだけ目を細めたが、すぐに元の余裕そうな笑みに戻る。
「すいません瀧上さん、挑発するような言葉は控えて下さい。自分達はただ話をしに来ただけなんですから」
「おっと、これは失敬」
すると初めに声を掛けてきた男が瀧上を諌めた。
それに対して肩をすくめてから半歩引く瀧上。
「話……ですか。脅しか何かの間違いでは?」
この状況でただ話をしに来たと言われても、真也には苦笑しか出来ない。
「大人数で来てしまってすまない、脅すつもりはないんだ。だが、こうなったことは一之瀬さんに原因があることも理解して欲しい。自分は三澄誠信、今回の話のまとめ役のようなものをやらせて貰っている」
なだめる様な口調でそう言った冷静な態度の男も、真也が名前を知っていた人物だ。
整った顔立ちをしていて、男性からも女性からも好かれそうな誠実な印象の30代。
いかにも真面目そうだが、誰が見てもイケメンと判断するだろう雰囲気がある。
ゲーム開始から3日目には、最低限の装備を整えたプレイヤー達を纏め上げて、大人数で草原に溢れたモンスターを狩っていた〈騎士〉。
いわゆるプレイヤー最大派閥を築いた人物だ。
真也の目の前に集まったプレイヤーは30人程。
三澄と瀧上のグループに、更にある程度他のプレイヤーも合わさったものだろう。
その数はかなりのものだ。
既に20人近くがリタイアしていて、テレビ番組枠のプレイヤー30人は序盤の現在、売名目的で一般プレイヤーが寄って来ることを避けるため、プレイヤーとは無闇に関わらないようにしているらしい。
徒党を組める残り50人のプレイヤーの内、30人が集まっているということは中々に大ごとだろう。
だが、真也は怯んだりはしない。
彼らに出来ることなど、たかが知れているからだ。
遠巻きに会場の警備員達が集まっていることが確認出来た上、そもそも短慮な暴力沙汰を起こすような馬鹿はプレイヤー選考で落とされているだろうため心配はない。
「では警告でもしに来ましたか?」
「それも違う。今回の話は忠告だ」
そう言い切った三澄が、更に続ける。
「こんな大人数で集まったのは他でもない、一之瀬さんに現状を知って貰う為だ。貴方の行いに不満を持つプレイヤーはこれ程多い」
「そうかも知れませんね」
「……その重大さは、貴方も分かっているだろう? このゲームイベントのクリア条件を考えれば、孤立は避けたい筈だ」
「クリア条件はこの世界の問題を解決すること、詳細は現状不明。世界の問題とまで言うのですから、少人数で解決出来るほどちゃちなものではないでしょう。そしてそのクリア報酬は20億円。プレイヤーの人数100で割ると、1人頭2千万円。まあ、ゲームイベントの報酬としては不満は出ない額ですかね」
「分かっているのなら、行動を改めて貰いたい。このゲームは恐らく、皆で協力すべきものである筈。我々はライバルでもあるが、同時に、共にゲームを攻略する仲間ということだろう」
「おっと、私に謝罪と賠償でも要求するのですか?」
「そんなことをしても見苦しいだけだろう。ただ、これからはもっとよく考えて行動をして欲しい、ということだ」
少しだけ呆れた雰囲気で言う三澄に、真也は不敵な態度で返す。
「私はこれまで正当な行動を取り、その上、皆さんのこともよく考えて行動して来たつもりなんですがねえ」
「……」
真也の意味深な発言に怪訝な表情になる三澄。
「先ず、皆さんの財布を拝借した件は、このゲームのシステムに従って出来得る限りの行動を取ったまでですから、批判される覚えはございませんね」
「それは理解している。だが、感情的な問題があるだろう」
「ですので、皆さんの資金難をフォローする手も打った筈です。そこも考慮して頂きたい」
「……何の話だ?」
「私が草原の騒動を起こしたことですよ。あの高額報酬依頼のお陰で装備を整える資金は集め易かったでしょう? 三澄さんのグループも、あの騒動を利用してより良い装備を買ったじゃあないですか」
「それは単なる結果論だろう。それに、資金を稼いだのは自分達だ。貴方のお陰じゃあない」
「ですが私の行動が一助となったのも事実です」
「……ふう、話にならないな」
真也の言い訳は呆れた屁理屈で、三澄は疲れたような表情になってしまった。
「それに、貴方が嫌われる一番の理由は我々を脅迫したことだ」
「そうでしょうかね?」
「疑う余地がないだろう。あれは少し卑怯が過ぎた。ゲームシステムを活用した悪行は、罰することが出来なかった我々に非があると納得も出来る。だが、あの脅迫はゲームシステムというより、我々プレイヤーの事情を悪用したものだろう。我々は視聴者を楽しませる義務がある。それを逆手に取る行為は控えて貰いたい」
「そんなにピリピリしないで下さい。これはゲームですよ。そして、私達は同じゲームを攻略する仲間ではないですか? 多少の無礼は許し合いましょうよ。それに、私も視聴者を楽しませる義務を果たす為に行動したんですよ?」
いけしゃあしゃあとそんなことを言う真也。
相手の言葉を引用しつつ、本質は違うことを言った。
自分の言葉を引用された分、相手は少し否定し辛さを感じるだろう。
「……それは否定しない」
「私の行動は多くの視聴者を楽しませ、そして新たな視聴者を集めるのにも一役買ったと自負しています」
「確かに、ネットニュースで取り上げられる程の行動をしたことは評価に値する。だが、過程が少し拙いだろう?」
「結果が良ければいいじゃあないですか」
「はぁ、貴方とは考え方が合わないみたいだ。運営はこのゲームがそんなギスギスとした空気になることは望んでいないだろうに」
「そうでしょうかね?」
「PKが規制されていることなどを考えたら当然だろう」
「どんな方法でも、多くの人に興味を持って貰えるなら運営は嬉しいと思いますけどね」
「……まあいい」
根本的に価値観が合わない、とでも言いたげな視線の三澄。
「盗賊は色々と特殊な事が出来る。ある程度盗賊の代用になる職業もあるにはあるが、それも限界がある。貴方は現状たった1人の盗賊だから、何かあれば頼らざるを得ないかも知れない。そこに胡座をかいているのだろう? だが、必ず新しい盗賊プレイヤーは追加される。その時になって他のプレイヤーに相手にされなくなることを考えてはいるのか?」
どうやら彼らは今回、行動を改めないと村八分にするぞ、という脅しに来たようだ。
「プレイヤーには鍛冶師や錬金術師といった生産職もいる。先に進むにつれて、そういったプレイヤー達の協力はどんどん重要なものになるだろう。その時、貴方は協力が得られないんじゃあないか?」
「そうならないよう善処しましょう」
「そうしてくれることを期待している」
善処すると言ったが、それは三澄の考えているような前向きな努力ではないかも知れない、などと不穏なことを考える真也だった。




