21話 天馬騎士団長
ゲーム開始から2日目の夜、盗賊達の会合が終り、ホテルの自室へと帰って来た真也は自前のノートパソコンでとある動画を見ていた。
『いいですねこの人、大して上手くもないくせに自分のこと上手いって思ってますよ、絶対。いわゆる名人さまだ』
動画から聞こえて来るのは、ついさっきの会合で聞いていたものと同じ、日村の声だ。
『ははははっ! やっぱりアイツ、モンスターの攻撃を喰らいました! ブザマに転がってる! マジウケる!』
真也の今見ている動画は、ゲーム実況者である日村拓未、ハンドルネーム、ヒムタクが過去にアップした実況動画。
寝る前に気が向いたので、少しでも日村の人間性を知るために覗いてみたのだ。
彼のアップした動画の一覧から真也の知っているゲームを探すと、協力プレイで大型モンスターを狩猟する、というコンセプトの有名大作シリーズの一つが見つかったため、それを視聴している。
日村のプレイは、いわゆる地雷プレイというやつだった。
『はい、ここで、攻撃喰らって寝転がってるアイツに素敵なプレゼントをしてあげましょう』
日村は倒れている味方プレイヤーに駆け寄ると、その場に大きな爆弾を設置し、倒れているプレイヤーの無敵時間が終わると同時に起爆した。
『ぷっ、ははははっ! あーあ、死んじゃったよ。あっ! チャットに凄い反応が来てます! はっ!? とか、お前何してんの!? とか、マジふざけんなよテメー!! とか、負け犬の遠吠えが押し寄せて来ます! マジウケるんですけど! オマエがモンスターの攻撃喰らうような地雷ちゃんだから死んだんだろ! と煽っておきます!』
色々と酷かった。
だが、結構面白いと思ったのは秘密だ。
傍から見ている分には面白いが、一緒にプレイするのは御免、といったところであった。
正直、この動画を見た後で、先程の日村の提案を信用出来る、と言うのは無理があるだろう。
日村は必ず何かを企んでいる。
そう確信を得たところで、明日の予定を立てる真也だった。
3日目朝、真也はカティを連れ、〈港湾都市イートゥス〉周辺の草原まで来ていた。
そこには相変わらず〈白夢の森〉のモンスターがうろついており、冒険者や騎士達が討伐に勤しんでいる。
少しだけ離れた場所では天馬騎士達が空を舞い、急降下と急上昇を繰り返すヒットアンドアウェイでモンスター駆除を行っているようだ。
その部隊の中心付近、上空から辺りを見回し指揮を取る団長らしき姿も確認出来た。
真也は天馬騎士達の姿を横目で確認しつつ、その近くで出来るだけ人のいない場所を探し、モンスターを狩り始める。
〈白夢の森〉のモンスター素材は昨日、森からモンスターが溢れ始めた時点で既に、耳の早い商人達によって価格暴落を起こしていた。
しかし、それではモンスター素材売却で生計を立てる冒険者が草原のモンスターに見向きもしない。
なので〈港湾都市イートゥス〉の為政者は、直ぐに草原のモンスターを討伐させる大規模な依頼を公布していた。
素材暴落の影響を補って余りある報酬額を用意し、冒険者を森林火災騒動終結の為に働かせているのだ。
真也達も他の冒険者達と同様、草原に来る前に酒場へと寄り、その依頼を受けていた。
だが、それは本来の目的ではなく、草原で狩りをしていることを自然なこととする為の建前である。
突進して来るブラッドシープやシープウルフを数匹切り捨てた真也は、天馬騎士達の位置を確認してからカティに声を掛ける。
「よし、じゃあ始めるぞ」
「ああ、いいぜ」
そう言うと、真也とカティはストレージから石を取り出し、両手に一つずつ構える。
そして、〈気配〉で敵の位置を探りつつ、見える範囲にいるブラッドシープに向けて〈投擲〉を使って連続で石を投げ付けた。
スキルと高い〈技術〉にアシストされた石礫は、少し離れた位置に居て、こちらには襲い掛かって来なかったモンスター達全員へと正確に直撃した。
すると投石に怒ったブラッドシープ4匹が、当然の如くこちらへと駆け出して来る。
真也達はそれを迎え撃つ――のではなく、一目散に逃げ出した。
逃走の最中、再びストレージから石を取り出し、走りながらもそれを投げた。
標的は追いかけて来るモンスター達ではなく、遠くに居て襲い掛かって来ない別のモンスターである。
そしてその投石が命中したモンスターも、もちろん真也達を追いかけ始める。
その後は、追いかけて来るモンスターの集団が起こす騒ぎに釣られて、雪だるま式に敵が増えていった。
いわゆるモンスタートレインと言われる、モンスターの集団に追われる状況を、真也達は意図的に作り出したのだ。
通常、開けた場所でモンスターと戦う場合は各個撃破が常套手段。
細心の注意払い、モンスターを集めないように戦うのがセオリーだ。
しかし真也達は、それを真っ向から否定する行動を取ったのである。
もちろん、それは目的があっての話だ。
多くのモンスターに追われながら走り続け、時折、前方や側面から襲い掛かって来るモンスターから、カティ庇う立ち回りをしつつ処理していく。
今回の計画にカティは必ずしも必要ではなかったが、本人が付いて来たいと言うので連れて来ていた。
恐らく、カティは居るだけで計画の成功率を少し上げることになるだろうと真也は予想している。
背後から追いかけて来る多くのモンスターを確認しながら、そろそろ釣れてもいい頃合だ、などと考えていると、
「無茶をしすぎです!」
上空から聞こえてきた声に、計画の成功を確認した。
真也が後ろを振り向くと、地面に大きな影が見えた。
その直後、白い旋風が大地に突き刺さる。
真っ白なペガサスに跨った天馬騎士が一人、急降下して細長いジャベリンをモンスター集団の先頭に突き立てたのだ。
槍で貫かれたシープウルフは即死。
その上、ペガサスが舞い降りた風圧で周囲のモンスターも吹き飛んでいった。
真也達も吹き飛ばされないよう必死で踏ん張る。
天馬騎士は更に、飛ばされたモンスター達にペガサスを突撃させ追撃する。
ペガサスの蹴りで雑魚が消し飛び、騎乗する女性が繰り出す華麗な槍捌きによって瞬く間に敵の数が減っていく。
圧倒的だった。
ここのモンスターなど敵の内にも入らないと言わんばかりの殲滅戦を見るに、真也などとは格が違うようだ。
彼女一人に全て片付けられてしまいそうな勢いだが、それでは真也の面目が立たない。
なので真也もシャムシール片手にモンスターの群れに突っ込んでいく。
真也のステータス的には、多対一の戦闘は苦手である。
なので敵の群れに飛び込むのは愚策でしかないが、今は状況が普通と違う。
天馬騎士の強さを見せつけられたモンスター達は、恐慌状態に陥っていた。
混乱しているならば、モンスターの群れでも真也にとっては脅威ではない。
散発的にしか襲って来ない敵集団の真っ只中に斬り込み、舞うように剣を振り殲滅戦に参加した。
モンスターの群れが全滅するまで、大した時間は掛からなかった。
「怪我はありませんか?」
最後の一匹を刺し貫いた騎士が、真也に声を掛けてくる。
亜麻色の長髪をサラサラと風になびかせペガサスから降りる毅然とした態度の女性。
一言で言うとかなりの美人である。
均整の取れた顔立ちにアメジストのように神秘的な紫の瞳。
厳しさの中にも優しさがあるという、ある種の抱擁力を感じさせる雰囲気を持っている。
青と白を基調とした極々軽装の服のような鎧は、他の騎士団員の物より少しだけ豪華で、彼女が高い地位にいることを教えてくれる。
このどう見ても20代前半くらいにしか見えない女性が、天馬騎士団長、シャロット・シルフィスである。
「はい、助かりました。自分達だけでは手に余る状況になってしまいまして……」
もちろん嘘だ。
真也は、戦い方を工夫すれば自分達だけでも十分に対処出来る数しか敵が集まらないよう、途中で間引いたりして調整を行っていた。
その目的は、注目を集めること。
モンスターの集団に追われていればかなり目立つだろう。
特に、上空から様子を覗っている人物からは。
真也はシャロットに助けて貰うよう、わざとこんな状況を作り出したのだ。
それはシャロットと接触を持つための策。
彼女の正義感と優しさを考えれば、救援が来るのは必然だった。
「近くに我々天馬騎士団がいたのですから、こちらに逃げ込んで来ればよかったのではないですか?」
「いえ、それでは騎士の皆様方に迷惑が掛かってしまうではないですか。自分達の起こした問題なんですから、自分達で解決すべきでしょう?」
「いい心掛けですね。ですが、自分の身の安全を第一に考えることも、時には大切なことです」
真也の心にも思っていない言葉を聞いて、シャロットは少し厳しめだった表情を綻ばせた。
彼女は責任感の強い人物を好む。
そのことも考慮した計画であった。
「我々騎士は人を守ることこそが使命です。特にそれが可弱い存在であるなら尚更のことでしょう。頼って頂いてもよかったんですよ?」
シャロットは真也の側にいるカティに目線を送った。
「でも、この様な危険な場に子供を連れて来るのはいかがなものかと思いますが?」
「それは言い訳の仕様がないです……。ですが、この子は私の弟子で、レベルはもう20に達しています。なのである程度は一人前の扱いをしてやりたいのです。今回は彼女のミスでこんな事態を引き起こしてしまいましたが、それをフォロー出来なかった私の実力不足が全て原因ですね……。ご迷惑をお掛けしました」
何アタシのせいにしてんだよ、アタシはオマエの弟子でもねーし。
とでも言いたげな恨みがましい視線を受けるが、いいから黙っていろ、と言うような視線で制しておく。
「いえ、こちらは当然のことをしたまでですから、謝罪は必要ないですよ」
「それでも迷惑を掛けたことは事実です。碌に差し上げられるものが無いのですが、どうか私の謝罪の気持ちだけでも受け入れて貰えないでしょうか?」
「ふふっ、頑固なんですね。ですが、そういう生き方は嫌いではありません。分かりました、謝罪を受け入れましょう」
極端に誠実な真也の謝罪を、シャロットは笑顔で受け入れる。
誰だオマエ、と言いたげなカティの視線は無視する真也だった。
「申し遅れました、私は旅の冒険者で、シンヤという者です。お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「近衛天馬騎士団、団長、シャロット・シルフィスです。よろしくお願いしますね」
近衛、という言葉に、彼女がかなりの重要人物であると確信した。
「それにしても、その子はもうレベルが20に届いているんですか……優秀なお弟子さんなんですね」
「いえいえ、まだまだ甘いところが多いんです」
「それでも将来は有望ですよ」
通常、カティぐらいの年齢で、冒険者として一人前程度のレベルになっていることは稀である。
NPCのレベルは、プレイヤーよりも圧倒的に上がりにくいからだ。
だが、プレイヤーとパーティーを組んだ場合は、プレイヤーと同等なレベル上昇をするようになる。
その為カティのレベルは普通の子供よりも圧倒的に高いのだ。
「ねえ、天馬騎士に興味はないですか? 貴方の様な優秀な女の子は、騎士団で歓迎されますよ?」
優しげに微笑んだシャロットがカティに勧誘の言葉を掛けるが、カティは真也の背後に隠れてしまい、その陰からシャロットに警戒の視線をぶつけた。
「……」
カティの怖がるような様子を見たシャロットは、ショックを受けたような悲しげな表情になってしまった。
子供や小動物が好きだが何故か嫌われてしまう、という設定が彼女にあったことを思い出す真也。
「すいません、彼女の勧誘はご容赦していただけると……」
「あ……そ、そうですね。お弟子さんを奪おうとするようなことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
真也の言葉に気を取り直したシャロットは、今度は真也についての話を始める。
「でも、貴方の方も中々の実力者ですよね。素晴らしい太刀筋でしたよ。何故この様な街の周囲にいるんですか? 商隊の護衛か何かで?」
〈技術〉と〈素早さ〉を極端に上げている真也の剣捌きは、中堅冒険者を優に上回る実力者と勘違いさせる効果があったようだ。
高レベルの冒険者が、駆け出しばかりの街に居ることを疑問思ったのだろう。
「いえ、実は新天地を求めて船でこの国に渡って来たばかりなんです」
「そうだったんですか。うちの国では腕のいい冒険者は歓迎してますから、是非、定住を検討してみて下さい」
「ありがとうございます」
歓迎されてしまった。盗賊なのに。
「そう言えば、近衛天馬騎士団の方々が何故この様な街に? 近衛と言う程ですから、王族の直属ですよね? それが大陸南端の港街に来る理由があったのですか?」
「はい、そうなりますね。任務の詳細はお教え出来ませんが」
「まさかここの草原のモンスター退治に駆り出された訳ではないのでしょう?」
「ふふ、それはないですよ。我々はたまたま通りかかった街で問題が起きているのを知り、助力をしているまでです」
そんなシャロットの言葉に、真也は心の中でガッツポーズを取るのであった。
とりあえず最悪の事態ではなかったことに安堵し、これから取るべき行動を考えるのだった。




