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14話 攻略開始

休憩時間が終わり、再びゲームの世界へログインする。


そこは先程と変わらない食堂の風景。

夕食時の混雑が終わったのか、客の姿は疎らになっている。

目の前のテーブルの上にある大皿は空で、僅かなパンくずしか残っていない。

向かいではカティが満足そうな表情で大人しくしている。

給仕をしていた瑠璃羽はさっきまで仕事を探すように周囲を見回していたが、今はキョロキョロと状況を確かめるような様子だ。


「どうかしたのか? キョロキョロして?」

「いや、何でもない」


キョロキョロとしていたのは真也も同じだったようで、カティに指摘されてしまった。


どうしても状況確認をせずにはいられない。

突然中断されて突然再開するという感覚に少し慣れなくてはいけないな。


そんなことを考えながらも席を立つ。

すると、それに気付いた瑠璃羽がパタパタと駆け寄って来くる。


「あのっ! わたしがお部屋まで案内します!」

「食堂の仕事はもういいの?」

「はい! お客さんが少なくなっって来ちゃったからヘイキです!」

「そう、じゃあお願いするよ」

「はいっ! こちらになりまーす!」


誰かの役に立てることが楽しくてしょうがない、といった様子の瑠璃羽に案内され、宿の二階にある部屋の前までやって来た真也は、一つ確認したかったことを聞いておく。


「ここの宿には風呂と洗濯のサービスはあるか?」


このゲームの中では、現実程ではないが汚れが付く。

それはNPC達に人間とほとんど同じ条件で生活させ、限りなく本物に近い人間性を持たせるという理念に基づいている為だ。


「はい、ありますよ。おふろは蒸し風呂ですね。洗濯も任せてください!」

「じゃあコイツ、カティの服を後で洗っといて貰える?」

「はい! 分かりました!」


にっこりと満面の笑みで了承する瑠璃羽。


「他に何かあったら、すぐに言ってくださいねっ! 真也さんの為に出来ることなら、わたし、何でもしますからっ!」

「……何でもって……。俺はキミの将来が少し心配だよ……」

「え? 何でですか?」

「いやいい、何でもないよ」


キョトンとしてしまった瑠璃羽を適当にあしらう真也。

瑠璃羽は、「そうですか、じゃあまた!」と明るく手を振って、給仕服のスカートを揺らして去っていった。


「おい、カティ。風呂があるらしいから後で入っとけよ」

「……えっ。……あ、ああ」


返事を言い淀んで不自然に目線を逸らすカティに、真也の目が細まる。


「……お前、まさか風呂嫌いだなんて抜かさないだろうな?」

「ち、ちげーよ。そ、そんなんじゃねーよ!」


焦り出すカティに呆れてしまう真也。


「いいか、お前が汚い格好をしていると俺の外聞が悪くなるんだからな。風呂ぐらいしっかり入れよ」

「……わ、分かったよ! 入りゃいーんだろ!」


そんな捨て台詞を言って隣の部屋に逃げ込んで行くカティを、疑わしげに見つめる真也だった。









真也は宿の蒸し風呂に入った後、部屋のベットに寝転がってログアウトを行った。


このゲームでは、自分の意思でログアウトした場合、ゲームの中のアバターは睡眠状態となる。

ログアウト中はモンスターに極めて狙われにくい状態になる措置があるが、それでも敵から攻撃を受けたときは、プレイヤーの持つ携帯端末に連絡が行く。

そしてその端末でアバターを操作することも出来るが、VRでの操作には及ばない動きしか出来ないので、出来るだけ安全を確保した上でログアウトするべきだろう。


ログアウトする時刻は指定されてないが、強制ログアウトの時間を除いて8時間以上は自分の意思でログアウトしていなければならない。

その時間を使い、睡眠や食事、情報収集、動画の編集、といったことをすることになる。

もちろん、睡眠時間や食事を削った場合はドクターストップがかかることは言うまでもない。


ポットを出た真也は会場のすぐ隣にあるビジネスホテルの自室へと行き、パソコンを起動する。

確認するのはクロスストーリーズオンラインの公式サイトだ。


投稿されたプレイ動画の一覧を見ると、そこそこの数が既に投稿されていた。

投稿時間や動画の長さを確認すると、現段階では編集せずにそのまま垂れ流している動画がほとんどで、中には昼の休憩時間に投稿されていたものもあった。


公式サイトにあるリンクから動画サイトへと飛ぶ。

動画サイトは2つから選べ、世界的な大規模動画サイトと日本で人気の動画サイトがある。

真也はとりあえず、視聴者の反応が見やすい日本で人気の動画サイトを選ぶ。

サイトの名前は『にぱにぱ動画』。名前の通り、動画を見てると、にぱ~、となれるサイトである。


投稿された動画を飛ばし飛ばし流し見て、プレイヤー達の動向を探ると、初期装備が無いことを嘆きつつもハードモードなゲームを楽しむ気持ちでプレイする様子がほとんどだ。

食堂の給仕や皿洗い、土木工事や船の荷下ろしのバイトなどをして金策に励んでいる姿は、見ていて案外面白かった。

中には素手でアングリーチキンに挑み、返り討ちにあっている動画などもあり、笑いを誘う。


そして、一つ、問題のある動画を発見する。

〈ピックポケット〉を露店商に使ってしょっぴかれた盗賊の動画だ。

日村に初期資産を盗まれたため、船の上でのチャンスタイムには気付けなかったようで、この動画が直接の原因になっての盗賊狩りは起きないだろう。

だが、この動画のせいで〈ピックポケット〉というスキルの存在が露見してしまった。


それは結構な問題だ。

特に動画視聴者全員に知れ渡ってしまったのが不味い。

プレイしている本人達には中々気付けないが、端から見てると気付けるものもある。そういうものだろう。


すぐに他の動画の最序盤、船の上でのシーンを見ると、映っていた。

盗賊がふらふらと歩き、極めて分かりづらいが財布をスッているように見えなくもない映像がだ。


〈ピックポケット〉の情報とこの映像、更には投稿されない盗賊達の動画。


これは思ったより早く盗賊狩りが始まってしまうかもしれない。

ある程度の強硬策を取ってでも、現状のイベントを片付けて次の街へと行くべきだ。


真也はそう判断した。









翌日、ホテルで目を覚まし、食堂で朝食を取ると、すぐにゲームへとログインする。


宿屋のベッドから起き上がり、部屋を出ると、瑠璃羽が廊下をモップ掛けしている姿を確認した。


「おはよう、早いね」

「あ! 真也さん! おはようございます!」


朝から一点の曇りもない明るい笑顔で挨拶されると、やはり気分がいい。


「洗濯物は昼前には乾きそうなので、後で取りに来てくださいね」

「ああ、ありがとね」


そんな会話をしながら、真也が隣の部屋の前に行き扉をノックすると、中からカティが出て来る。


「おはよう」

「……ああ」


真也の挨拶に、ふて腐れたように返事をするカティ。


「……はあ。やっぱりか」


カティの姿は、相も変わらず薄汚れたものだった。


「風呂、入ってないのかよ」

「……悪いかよ」

「悪いだろ」

「……」


黙り込んでしまったカティに呆れ顔の真也が言う。


「あのなあ、俺が迷惑するって言ったよな?」

「いいだろそれくらいっ! 勝手にさせろっ!」

「ほーう、成る程。じゃあこっちも勝手にさせて貰う」


逆ギレしたカティには強行策を取ることにした。


「おーい! ルリハちゃん! チップを払うからコイツを丸洗いして貰えないか? 風呂が嫌いなんだってよ」

「丸洗いっ!?」


瑠璃羽に声を掛けるとカティが驚愕の声を上げるが真也は気にしない。

すぐに瑠璃羽がトテトテと近付いて来てカティに笑いかける。


「カティちゃんお風呂が苦手なの? せっかくかわいいんだから、キレイにしなきゃダメだよ?」

「い、いーよアタシはそのままで!」

「だいじょうぶ、わたしが優しく洗ってあげるよ? ね? だからいっしょにおふろ入ろっ?」

「いい、いいよ! なんか恥ずかしいだろ!」

「だいじょうぶ、わたし、毎日誰かに洗って貰ってて慣れてるから、気持ち良くなる洗い方は分かるよ。少し恥ずかしいかもしれないけど……こわがらなくてもだいじょうぶだよ。上手に洗ってあげられるから安心してね」

「……なんか、別の意味でイヤだっ!」

「わたしも最初は恥ずかしかったけど、誰かと一緒におふろに入ると楽しいし、誰かの手で洗って貰うとすごく気持ちいいんだよ。恥ずかしいのはハジメテのときだけで、すぐに気持ち良くなるから、ね? 痛くはしないから、いっしょに入ろっ?」

「痛くなる要素あるのっ!?」


カティはダッシュで逃走を試みたが、しかし回り込まれてしまった。

手を捕まえられて風呂の方向へと連行される。


「スミズミまでキレイにしてあげるからね」

「ひっ……」


ウキウキと誰かのお世話が出来るのが嬉しくて仕方がないといった様子の瑠璃羽に、売られていく子牛のような表情で潤んだ瞳のカティ。

何か真也に助けを求めるような視線を送るが、


「さっさと行け。天井の染みの数でも数えてれば直ぐに終わる」


無情な言葉で切り捨て、その姿を見送った。






「うっ……うう……」


しばらく待っていると、涙目でグズるカティを連れた瑠璃羽が戻って来た。


カティの姿は先程とは全く違うものとなっていた。

ポニーテールはほどかれ、緩いウェーブの付いたセミロングヘアとなり、くすんでいた灰色の髪は、つやつやで銀髪と言える輝きを取り戻している。

薄汚れた肌もつるつるのたまご肌となり、宿屋備え付けのゆったりとした部屋着を羽織る姿は、どこぞの御嬢様のような外見になっていた。


「ぷっ。誰だお前」

「わ、笑うなー」


カティは上気しピンク色に染まった肌を羞恥で震わせ、涙目で睨み付けてくる。


「カティちゃんの肌はすべすべぷにぷにでした」


満足げなつやつやとした表情で、そんなことを言う瑠璃羽は、カティの髪をポニーテールに纏め始めた。

彼女も肌が上気していたので、カティを洗うだけでなく、仲良く一緒に風呂に入ったようだ。


何故か二人とも普通に風呂に入った以上に肌を染め上げている気がするが、きっとここの風呂が蒸し風呂だからであろう。そうに違いない。

真也はそんな風に納得しておいた。


「……まあ、よし、いいだろう。さっさと行くぞ準備しろ」

「えうぅ……」


うつ向き頬を真っ赤に染めたカティを急かし、真也達は宿を出た。








宿を出た真也とカティは、リーサの工房まで来ていた。

物が散らばった狭い工房で、カティがリーサに駆け寄り抱きつく。


「ううっ、リーサ~リーサ~、アイツがアタシのこといじめるんだよ~」

「えっ!? 何されたの?」

「アタシのことを宿屋の娘に洗わせたんだよ~」

「……いいことじゃない」

「そんなことないよ。丸洗いだったんだ、アタシ汚されちまったんだ~」

「キレイになってるじゃない」


そんなリーサとカティのやり取りを聞き流し、終わるのを待つ真也。


「それで、依頼は終わったの?」


カティの頭をよしよし、と撫でて慰めながら、リーサが真也に切り出した。


「ああ、いや。まだ集まってない」

「……じゃあ依頼を断りに来たの?」

「それも違う」


じゃあ何なのよ、と言いたげな視線を送るリーサに、真也はニヤリと笑い口を開く。


「今日は交渉に来たんだ」

「……交渉?」

「そうだ。依頼の条件を変えて欲しい」

「……どんな風に?」

「成功条件の変更と成功報酬の追加」

「……」


黙り込んでしまったリーサに、話を続けろ、という意味だと都合よく解釈して口を開く。


「成功条件はこの工房の経営状態の改善。儲けを2倍以上にしてやる」

「出来る訳ないじゃない」

「いいや、出来るさ」

「……言っとくけど、素材の高騰を解決したくらいじゃ、儲けは2倍にならないわよ」

「そんなことぐらい分かっている」

「……バカらしい」


話にならないといった様子のリーサに、更に続ける。


「成功報酬は情報だ。キミのお父さんの現在の情報を、知っている限り話して欲しい」

「っ!?」

「もちろん危害を加えようという訳じゃあない。ただ話がしたいだけなんだ」

「……」


悩み込んでしまったリーサを、辛抱強く待つ。

しばらくすると、リーサはこちらの様子を窺ってから、カティと何やら小声で話合っている。


「……いいわ。やってみなさいよ。出来る訳ないとおもうけど。そんな奇跡みたいなこと」

「はははっ! 奇跡なんて言うほど高尚なものじゃあないさ!」

「奇跡以外なんて言うのよ、それ」


全く信じていない様子のリーサに、真也は更に提案する。


「その計画の為に、必要な物がある。キミにそれを作る依頼を受けて欲しい」

「……別にいいけど、モノに依るわ」

「コイツを使って、とあるアイテムを練金して欲しい」


真也はストレージから大量のアイテムを出す。


「数種類のモンスターの肉?」

「そうだ」


真也がこれまで倒して来たモンスター達のドロップアイテムである。


「……分かったわ。その依頼、受けさせて貰います」


これで条件は全て揃った。


さあ、攻略を始めようか。

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