49 夕闇が包んで
今回ヤクモちゃんはお休みです。
前半はルシア視点、後半はカラジャス視点になってます。
前回のあらすじ:孤児院の依頼終了。また明日。
夕焼けの向こうに白金色の輝きが消えていくのを見送った。
この辺りではあまり見ない色彩の彼女たちは、その存在感とは裏腹に、思いのほか静かにこの孤児院から去っていった。
「なんだか、現実感のない一日だったな」
既にして孤児院はいつも通り。
つい先程までの騒がしさはなく、わたしも子どもたちも夕飯の準備やら何やらと忙しそうに動き回っている。
あの二人がいたのが幻なんじゃないかと疑えるくらいには、今の状態は余りにも平穏で、彼女たちが残していったはずの記憶や衝撃が、どこか遠い昔のようにさえ思えた。
現実離れした美貌を持つ人たちだった。
わたしもさんざん可愛らしいとか美しいとか、容姿に関する誉め言葉は受けてきたけど、彼女たちを前にしてしまえば比べることすら恥ずかしいことだと思える。そんな美の女神に愛されたとしか思えない人物がいきなり二人も現れたものだから、初対面のときは同性だというのに思わず息をするのも忘れて魅入ってしまった。
それでいてその強さも並みではなく、カグヤについてはヤクモが自分より上って言ってたくらいしか分からないけど、ヤクモだってソロでBランクまで上りつめたカラジャスさんと接戦するし、その後わたし達と何連戦しても疲れた様子すら見せない。いくら身体能力に優れる獣人種だからって、わたしと2つしか違わない少女としては、少し失礼だけど、異常とさえ言える。
でも、だからこそ頼りになる。
昔は辛いと感じていた訓練も、最近は余裕を持ってこなせるようになってきた。もっと上を目指すなら、そろそろ訓練内容を変えてもいい頃だった。
なぜかカラジャスさんは何度訴えても「そう焦って強くなる必要もないだろ」って、新しい訓練を考えてくれることも、相談することさえしてくれなくなったけど、きっと彼女たちならカラジャスさんが考えてくれるのと同じくらい良い訓練をつけてくれるに違いない。
……自他ともに認める教え下手なヤクモのことが少し不安だけれど、きっとカグヤがうまくやってくれると信じよう。
「ルシア姉さん、院長先生が呼んでましたよ」
意気込むわたしの後ろから、フィン君が声をかけてくる。
それに了解の言葉を返してから、そういえばこの子もヤクモとの再会を楽しみにしていたなぁと思い出す。……顔真っ赤にして、ひとめぼれに近い状態だったね、あれは。ヤクモ本人は気づいてないみたいだったけれど、カグヤが過剰に反応してた。
「明日もヤクモ来てくれるって。嬉しいよね」
「ぼっ、僕は別に……」
「そう? わたしは嬉しいけれど」
からかうように声をかければ、顔を赤くしてぼそぼそと小さく呟きだす、予想通りの反応をしてくれた。
孤児院という環境だからか、年の割に落ち着いたというか、自分を殺すような言動が多かったフィン君が、こんな素直な反応を見せるなんて珍しいことだ。もう少し眺めていたい気もするけれど、からかわれてることに気づいたらきっと極寒の視線でにらんでくるだろうから、その前に退散することにしよう。
院長先生の部屋まで移動する途中、部屋の片づけをしながら歌を口ずさむ子を何人も見かけた。それはヤクモに教えられた歌で、中にはこの前まで歌になんてまるで興味を示していなかった子もいた。
みんな楽しそうに歌っている。
「たった一日もいなかったのに、ずいぶんみんな影響されてるね」
それはきっと良い変化だろう。
まぁ、彼女たちは何か目的があって旅をしてる風なことを言っていたから、フィン君の初恋は失恋に終わりそうなのがかわいそうといえばそうか。
……それもいい経験だ、ということで。
「わたしが来たとき……いや、今まででも、ここまで影響を及ぼせたことはないな」
思いついたように溢れたのは、そんな言葉。
それはきっと、彼女たちにあって、わたしにないもの。
伯爵家の後継として、あのお姉ちゃんの妹として、わたしに必要なもの。
わたしが欲しいもの。
「明日から、ヤクモ達がどれだけわたしに付き合ってくれるのか、分からないけれど――」
得られるもの、盗めるもの、与えてくれるもの、掴めるもの、その他たくさん、一つも無駄にしないように。
「――失望させないように、頑張らなきゃね」
考えに耽りながらも、きちんと足は進めていたのか、いつのまにか院長室の前にまで来ていた。
ふと、近くの窓から外を見れば、月の光が街を照らして、目立つ大きなお屋敷の姿を浮かび上がらせていた。
「……頑張ると決めたなら、これは一種の逃げかなぁ……」
夕飯を作って、食べて、片づけて、そう、そしたら時間が空く。
……いつまでも逃げてるわけにはいかないだろう。きっと、いくら居心地が良くても、ここをわたしの居場所にしてはいけないから。
とりあえず、まずは自分のするべきことをしよう。
自分のことだけ考えるのは、もう止めたのだし。
「院長先生ー? 入りますよ、何か用事ですか?」
● ● ●
夕日が沈んでいく。
四方を壁に囲まれたこの街は、夕日が見えなくなるのが少しばかり早い。
……今日はずいぶんといろいろあった。こんな一日は、確かにさっさと終わってもらったほうがありがたい。
「あー……報告明日に回してぇなぁ……。それか『本日何も異常なし』って言えりゃあいいんだがなぁ」
そんなわけにもいかないだろう。
爆弾抱えた今のこの街で、何が起爆剤かなんて俺にはさっぱり分からない。分からない以上は何もかも洗いざらい、素直に吐いたほうが利口というものだ。
……そのほうが、あいつにとってもいいのだろう。
「にしても、なんなんだあの双子は。普通じゃねぇ。異常だ異常。異常の極み」
別段あの双子に隔意があるわけではないが、貶めるような独り言は止まらない。
それほどまでに、想像の埒外だったのだ。
あの双子が、あそこまでの実力を有していようとは。
事前に受け取ったステータスは本当に信用できるのか? そんな疑問すら浮かぶほどだった。
今日見た双子の力は、あのステータスに表記されていたものだけでも確かに実現できるが、ところどころ、それだけじゃ説明がつかない違和感があった。ヤクモの異様な精度の空間把握能力やカグヤの魔法行使の精密さは、勘とか才能とか、それだけじゃ言い切れない部分があった。
考えすぎだというならそれでもいい。
はっきり言って、ギルドで保管してるステータスが正しくないことのほうが、よっぽどありえないのだから。
後々ギルマスに笑われるなりなんなりすればいいだけだ。
「だがもし……これがただの気のせいじゃなかったら」
あの双子が隠している『何か』が、ギルドでも把握できない代物だとしたら。
それは果たして、この街にどんな影響を及ぼす?
「……分からないことばっかりだよ、畜生」
とりあえず落ち着け。
双子は宿まで送った。あの宿にはギルマスが配置した監視役がいるって話だ。
だから俺の仕事はもう報告だけ。
それを済ましたら、さっさと帰って寝よう。
こんなに頭がこんがらがるのは、きっと疲れているからだ。
「晩飯に何かうまいもんたらふく食って、そんでそのままゆっくり眠る。今日はそれでいいじゃないか」
考えるのは俺の仕事じゃない。
半ば逃避のように思考を先送りにして、得体のしれない恐怖と罪悪感を飲み込んだ。
そんな風にしながら、先を急ぐ俺の視界に。
――それがふと入ってしまったのは、どんな運命の悪戯か。
曲がり角の先に、ずいぶんと寂れた伯爵邸が見えたのだ。
できれば近づきたくない不気味さがあるが、最近は何度も足を運ぶことがあった。そのせいで、その存在が意識の隅にずっとこびりついてたのかもしれない。
事実、俺は無意識に屋敷のほうへと振り仰いでしまい、それを目にした。
金色の輝き。
遠目だからあまりよくは見えなかったが、確かに伯爵邸の中に彼女はいた。
詳しく判別できたわけではないが、純金を溶かし込んだようなその髪色は、ここ最近見慣れたもので。その背格好や顔の造作も、あれは――
「…………ルシア、じゃないか?」




