記憶
「失礼します」
翌日、俺達四人は約束通り放課後校長室を訪れた。
校長室には教頭先生もいて、既にテーブルに用意された麻雀牌が二人の臨戦態勢を物語っていた。
「校長先生、教頭先生。今日は約束通り私達がどれほど本気で麻雀に打ち込んでいるのかお見せします。準備をしても良いですか?」
理香は昨日麻雀を馬鹿にされた事が相当悔しかったのか、今日一日ずっと険しい顔をして機嫌が悪そうだった。それでも俺達に対しては普段と変らず接していたのだが、腹の中は煮えくり返っていたようで、いきなり本題に入り出した。
それを受けた校長と教頭も理香の気持ちを察したのか、それともただ単に昨日で懲りたのか、何も言わず手でどうぞと合図を送り理香の自由にさせた。
「じゃあ優樹、ちょっと手伝って」
「あ、あぁ」
理香はどのようにして自分たちが本気で麻雀に向き合っているのかを証明する気なのかは一切喋らなかった。というか聞いても私に任せろと答えるだけで、それ以上聞き出すのにはあまりに機嫌が悪そうで触れられなかった。
そんな事もあり、テーブルにマットを敷き、牌を全部ひっくり返して理香と一緒に洗牌(シーパイ 牌を混ぜる事)していても何も分からないままだった。ただ、手に吸いつくような異様な理香の手さばきが非常に荒々しいのを見て、理香が超機嫌悪いのだと分かると超気まずかった。
「じゃあ優樹。私は後ろ向いてるから、ここに配牌みたく十四枚裏返しで並べて」
「え?」
一通り混ぜ終わると、理香はそう言い牌から手を放した。
「ただし優樹も何の牌かは分からないように並べてよ」
「わ、分かった」
返事をすると理香は腕を組んで絵に描いたような怒っているポーズで背中を向けた。
ここからどうやって証明する気なのかは分からないが、とにかく理香の指示に従うしかなかった。そこで言われるがまま適当に十四枚を裏返しで手前に並べた。
「並べたぞ」
「ありがとう優樹」
口調は変わらないが、振り返った理香の眼つきは今までの理香からは想像できない鋭さがあった。それは威嚇するような物では無く戦士のような勇ましさがあり、理香が見せた凛々しい一面にもっと理香の事を知りたくなった。
「じゃあ校長先生、教頭先生。これから私が麻雀が如何に頭を使うスポーツかお見せします。よく見ていて下さい」
理香が見せる鋭い眼光は完全に場を支配しているようで、校長と教頭は黙って頷くだけだった。
校長と教頭が頷くと理香は並べられた牌を起こし、一秒もしないで伏せた。そしてすぐさま倒した牌を裏向きのまま並べ替えると、今さらながらある事を口にした。
「校長先生、教頭先生。一応確認しておきますけど、校長先生たちって麻雀のルールって知ってますよね?」
ここに来ての理香の質問にはかなりビビった。何故ならもしここで二人が麻雀を知らないとなればテストにならないからだ。というか、もしそうならさんざん麻雀は駄目だと馬鹿にしていた先生たちはただの馬鹿になる。
「もちろん知ってるよ。私も教頭先生も麻雀はたまにやるからね。ねぇ教頭先生?」
「えぇ。だから私達はきちんと麻雀を理解した上で判断するから、安心しなさい」
良かった~。俺この学校には馬鹿ばっかしかいないのかと思った……
「そうですか。じゃあもちろん牌の名前くらいは分かりますよね?」
「あぁ。ピンズ、マンズ、ソーズ、字牌。特殊な牌でなければ分かるよ」
「分かりました。では良く見ててください」
確認が終わると理香は納得したように頷いた。そして並べ替えた牌に手を伸ばし、一番左の牌に人差し指を置いた。
「一萬」
そう言って理香が牌を捲ると一萬が出て来た。
「六萬」
さらに次の牌を捲ると、また宣言通り六萬が出て来た。
「イーピン」
まさか理香はあの一瞬で牌を記憶し理牌(上下や順番がバラバラの牌を見やすいように並べ替える作業)したのか!?
「三ピン。四ピン。六ピン。九ピン……」
現代の麻雀は昔に比べ、東風戦(親が一回ずつ)や赤牌(ドラと同じ扱いになる牌。それが上りに組み込まれていると点数が高くなる)などのルールが加わり、スピーディーでより攻撃的な競技へと変わった。その為如何に早く手牌を整理するというのも今では重要な技術となっている。
それでも一秒ほどであのぐちゃぐちゃな配牌を全て理解し、裏向きのまま並び変えた理香の記憶力は、恐らくプロでも難しいと思うほどのレベルだった。
「発。中、中」
その後も牌を当て続けた理香は、全ての牌を言い当てた。これには麻雀を良く知らない天満と舞ちゃんでも驚きの声を零すほどだった。
「どうですか校長先生、教頭先生。麻雀だってこれくらいの記憶力は必要なんです」
理香のこのパフォーマンスは十分すぎるほどの説得力があり、今まで困ったような顔をしていた校長先生の表情が一気に明るくなった。
「お~佐藤さんは凄いね! これだけ記憶力があれば良い大学に入れるよ!」
さすが老獪。これだけの実力を見せつけられても校長はさらっと話の本筋を反らした。でも完全に主導権は貰った! このまま畳み込め理香!
「校長先生。じゃあ麻雀部の設立は認めてくれるんですか?」
「い、いや~……それはちょっと……」
校長の空かしを相手にせず畳み込む理香だったが、もう学校側としては認めるつもりは無いようで、なんだかんだ良い事を言っていても校長は良い返事をしない。そこで理香はさらなる説得を試みるようで力技に出る。
「じゃあ優樹。今度はここに十四枚ずつ全部並べて」
「えっ! 全部!?」
「そう。最後の余りは十四枚無くても良いからとにかく並べて」
「わ、分かった」
「あ、ただし分かってると思うけど、全部裏にして優樹も見ないようにしてね」
「分かった」
恐らく、と言うか間違いなく理香は伏せられた百三十六牌全てを記憶するつもりだ。それはもう麻雀好きとか関係無く物凄い記憶力が必要になる。もし、というか絶対理香は全てを記憶すると思うが、そんな事が出来るのならもう天才といっても過言ではない。
そんな天才の出現に恐れをなしたのか、ここで校長先生が止めに入る。
「いや分かった分かった。もう十分だよ佐藤さん」
宥めるように両手を出し慌てる校長の姿は、まるで降参しているかのようだった。
「じゃあ校長先生。麻雀部を認めてくれるんですか?」
校長の口振りなら認めてくれたのだと思ってもいいようなものだが、理香もこの二人の事は十分理解しているようで、口調からは全く喜びは感じられなかった。
「それなんだがね。やはりうちでは麻雀部は認められないんだよ」
ほらやっぱり! なんでそこまで麻雀を敵視するかね?
「なんでですか!」
「まぁ落ち着いて佐藤さん。だからね、同好会や愛好会という形にするのでは駄目かな?」
「え?」
まさかの展開。なんだかんだ言っても校長先生たちは俺達の事を認めてくれていたようで、部としては駄目だが別の形にすれば認めてくれるようだ。だが相手が相手だ。理香がそんなもので満足するはずが無い。
「正直に話すが、学校側としてはやっぱり麻雀はあまり良いイメージが無いんだよ。でもね、今見せて貰ったように、佐藤さん達が麻雀に本気で向き合っている姿勢は私としては認めたい。そこで教頭先生と考えたんだが、今は同好会や愛好会として少しずつ実績を上げていってもらって活動するというのはどうかと思って」
要は校長先生や教頭先生は賛成だが、教育委員会とか保護者の目があるから部として経費を出すわけにはいかないという事らしい。ただ、上手くは言ってはいるが最後の実績を上げていっての後が無かった事に物凄いうやむや感がした。
「本当ですか校長先生! じゃあそれでお願いします!」
意外な事に理香の答えは早かった。
あ、良いんだそれで……実績上げていったその後については一切説明無かったけどそれで良いんだ……
「うん。佐藤さん達がそれで良ければ認めるよ」
「本当ですか! ありがとう御座います!」
思ったよりも良い校長先生たちの計らいにより、こうして俺達は無事麻雀同好会? 愛好会? として認めてもらう事ができ、いよいよ麻雀……あれ? 俺達って夢を追う人を応援する夢縫部を作ろうとしてたんじゃなかったっけ? あれ?
「じゃあ活動は明日からという事で」
「はい! ありがとう御座います!」
「それで、顧問には教頭先生に付いてもらうから」
「はい! よろしくお願いします教頭先生!」
「はい、よろしく」
教頭かよ!
「一応私は副顧問を担当させてもらうから、よろしく」
「はい! よろしくお願いします校長先生!」
校長かよ!
「じゃあ詳しくは明日教頭先生から説明があるから、今日はこれで良いかい?」
「はい! 今日はありがとう御座いました!」
え~? 理香本当にそれで良いの? 天満も舞ちゃんも全然納得して無いよ?
「じゃあ失礼します!」
「あ、佐藤さん。この麻雀牌とマットはどうする? 明日も使うと思うから校長先生が預かっておくかい?」
「いえ、これは大切な物ですから持って帰ります」
「そうかい。では明日また持って来てね」
「分かりました! では失礼します!」
「はい。お疲れ様でした」
「はい!」
結局部としては認められず夢縫部も何処かへ行ってしまったが、なんとか学校に認めて貰えた俺達はやっと活動拠点を手に入れた。しかしやはりこんなもので満足するような集まりではない麻雀同好会は、ここから色々と迷走していく。
三章はここで終わりです。四章はまた日が空きます。




