第七話 時に西暦1868年
俺が世界線の変更に成功した結果、幕末日本が分裂し、その結果、21世紀まで白人の世界支配が継続してしまいます。
それを後悔し、再度の世界線変更を望む、俺。
その願いが叶い再び幕末に戻ることに成功しましたが、変更された世界線は強固で、日本分裂の未来へと収束してしまっているようです。
そこで、俺は憑依先が死ぬ直前に、勝海舟に世界線変更の助言を受けるのですが。
前の憑依先が死ぬと、再び新しい世界線で、最初に戻った俺は、早速、前の世界線の勝さんの助言に従い、新しい世界線の勝さんと象山先生を頼ることにした。
そして、勝さんに関しては、さすがは本人。
自分のことを良く解っている。
俺の事を面白がってくれて、話を聞き、象山先生に紹介してくれたよ。
だけど、問題だったのは象山先生。
象山先生の対応は、本当に大変だったんだよ。
声がでかいし、身体も大きくて威圧感があるからね。
その上で、メチャメチャ誇り高く、頭の悪い奴が大嫌い。
一番じゃないと気が済まないくせに、他人が自分を上回るのも大嫌い。
基本自分の間違いは認めず、失敗は他の人の責任にしたがる。
そのくせ、自分の言ったことの意図を他人が理解出来ないと不機嫌になるし。
もう、大きな天才児なのだよな。
なるべく、誉めて、気持ち良く話を聞いて貰おうとしても、少し対応を間違えただけで、すぐに怒り出し、臍を曲げちまう。
何故、この程度のことが解らないのだ、ってよく怒られたけど。
そりゃあ、象山先生が天才だから判るので、凡人の俺には何百年、この時代を繰り返しても判らないのですよと正直思う。
でも、それで納得してくれないからな。
自分が出来ることは、他の人も努力すれば出来るものだと本気で思っている。
理解出来ない人間がいるのが、理解出来ない。
ある意味、天才の苦悩かもしれないけれど。
巻き込まれ、従う方は、もっと大変だからね。
象山先生への対応方法を学ぶのに、何度、俺は失敗を繰り返したか。
憑依先が気の弱い奴だったりすると、怒鳴られるのが嫌で象山先生から距離を置いちまったこともある位なんだけどね。
その上で、象山先生は、1864年には死んじまうし。
もう、象山先生も、せめて死ぬなら日本を救ってからにして欲しいと言いたくなっちまうよ。
もちろん、象山先生も好きで死んでる訳じゃないのは解っているのだけどね。
でも、誰かの命を助ける為の世界線変更って、どうすれば良いか判らない位難しい。
龍馬の命も、俺の憑依先の命も、命を助ける為の世界線変更って、俺は成功したことがないからね。
だけど、象山先生以外に、知恵を借りる逸材に会える機会ってのが俺にはないのだよ。
何百年も繰り返し、この時代を何度も眺めて来た俺としては、象山先生に匹敵する様な知恵者ってのも何人かは思いつく。
その筆頭は勝さんだけど、勝さんだけの知恵なら前回の憑依で確認しているからな。
その上で、世界線を変えて勝さんに相談しても、勝さんは象山先生に相談しちまう。
結局、象山先生と付き合わざるを得ないのだよ。
それじゃ、象山先生との付き合いが辛いからと、勝さんに逃げても意味がないってことさ。
他の候補としては、村田蔵六こと大村益次郎だの、小栗忠正、島津斉彬、徳川慶喜なんかも、助言をしてくれるだけの賢さのある方々がいるのだがね。
でも、身分の問題がある。
小栗様、斉彬公、慶喜公に会って話を聞いて貰える見込みすらない。
俺の憑依先が何だろうと、お偉いさんに未来のことが見えるなんて、言って聞いて貰えるはずもなし。
ちなみに、象山先生が怖すぎたので象山先生の下を逃げた後、数年後に江戸に来た村田さんに相談したこともある。
だけど、まず、合理性の塊である村田さんは、簡単に俺の話を信じてくれない。
まあ、当たり前だよな。
おかげで信じて貰うのに、何周繰り返したことか。
その上で、村田さんには、人付き合いに全く興味がないという致命的な欠陥があった。
村田さんから、誰かに繋ぐというのは、もう、ほとんど不可能。
でも、世界線を変えようとするなら、大勢の人を巻き込み、動かすことが必須。
その結果、やっぱり象山先生に頼ろうと言う事に立ち戻ることになる。
だけど、何周かして、象山先生の対応に慣れて来ても、問題が片付いた訳ではなかった。
象山先生の基本方針は、日本を守る為に幕府を強化することだった。
幕府には悪い点も沢山あるが、わざわざ、ブチ壊して、新たな組織を立ち上げる方が手間が掛かるのだから、幕府を強化した方がマシって考え方だな。
だけど、そのやり方だけだと、どうしても長州が反幕で動き始めてしまう。
象山先生の弟子の吉田寅次郎(松陰)さんを説得しても、長州の幕府への恨みは消し難いもののようで。
長州が叛乱を起こし、それが結局、日本を二分する内乱の原因となってしまう。
もう、徳川幕府が政権維持の為に外様大名を甚振り続けていた所為だから、ある意味自業自得と言わざるを得ないのだけど。
それでも、この時期の叛乱、内乱はどうしたって防ぎたいもので。
更に、攘夷の夢から日本の目を醒まさせることがもう一つの方針。
外国の現状が判らない連中が起こす攘夷運動の所為で、国が混乱しちまうのが幕末という時代だ。
ちゃんと正確に外国の事情を理解すれば、出来もしない攘夷なんていう奴はいなくなるのだけど。
国が分裂したり、要人が暗殺されてからでは手遅れな訳で。
これに対して、何度かの失敗の後、象山先生が考え付いたのが、国防軍の創設と海外視察だった。
何度目かと言ったけど、当然のことながら、象山先生が俺みたいに生まれ変われる訳ではない。
失敗の後、1864年に死ぬ前の象山先生の助言を聞く。
その策が、国防軍の創設と海外視察。
で、その策を覚えている新たな相手に憑依しなおした俺が、象山先生を誘導したって訳だ。
俺が思いついたなんて言ったら、象山先生は臍を曲げて、協力してくれなくなるからね。
実際、この策を考えたのは未来の象山先生な訳だし。
本当のところ、俺の提案ではなく、未来の象山先生の策を現在の象山先生に伝えてるだけなのだけれど。
誘導ではなく、未来の象山先生の策だと言って解りやすく教えても、臍を曲げるのだもの。
だから、誘導するようにしたのだ。
象山先生は、考える切っ掛けを与えると、すぐに答えを見つけてくれる。
さすがは天才。
本当に、国防軍も海外視察もスラスラ思いついちゃうのだもの。
本当にたいしたものだよ。
国防軍の創設には二つの目的があった。
まずは、もともとあった幕府の軍の強化。
この時代の幕府旗本は、ほとんど官僚化してしまって、戦力としては最弱も良いところだった。
戦う為の訓練が嫌で子どもに家督を継がせる様な旗本が沢山いる位だからね。
その上で身分に縛られるから、効率性が悪いのなんのって。
かと言って、これを改革しようとすると、既得権益を握る連中が抵抗して仕方がない。
実際、最初の内の幕府軍強化策は、この既得権勢力の抵抗で、次々と潰されちまったっけ。
それで、象山先生が考えたのが国防軍の創設と言う訳。
元々、大名を弱体化させる為に行っていた参勤交代を廃止する代わりに、大名に参勤交代に掛かるだけの金品を要求し、これを国防軍の予算とする。
こうすることで、現在の幕府の既得権益に関係なく、幕府は戦力を強化出来る。
予算を従来の勢力から奪う訳ではないので、既得権勢力が抵抗することもない。
で、気が付かない内に、どんどん既得権勢力の力を削ぎ、戦わない旗本は官僚化、京のお公家さんの様に形骸化していく。
その上で、異国と戦うのは、幕府の専権事項として、他の藩に異国を攻撃する資格を与えないこととする。
今までの異国船打ち払い令を撤廃し、異国船が攻めてきた場合は、国防軍が対処するとしたのだ。
更に、国防軍には外様大名や浪人も含めた潜在的な敵対勢力も吸収し敵対勢力をなくすのが国防軍創設第二の目的。
攘夷の為、国を守る為に兵力を増強すると言えば、これに反対する勢力は、この時代の日本には存在しない。
攘夷の声は大きいからね。
そして、その目的を達成する為に、大名には金品の代わりに兵を出すこともありだと提案する。
代わりに参勤交代の撤廃を告げるから、これに反対することも、まあないのだよな。
金がない大名は進んで兵や武器を提供してくれるし。
この策により、外様大名の武装勢力の国防軍への取り込み、外様大名の武力の弱体化も成功させる。
ちなみに、身分に関係なく、浪人などの勢力を国防軍に取り込むとしたのは、何回かの失敗の後なんだけどね。
最初の内はさ、脱藩して国防軍に参加せず、天子様の力になると称して、国防軍に敵対する奴がいて、結構苦労させられたのだよ。
そんな連中に、象山先生を始め、有能な人々が天誅の名の下に暗殺されちまったりね。
事情も分からずに風説や思い込みで暗殺までするのじゃないっての。
だから、俺たちは、可能な限り多くの勢力を国防軍に吸収し、吸収を拒む勢力からは武器を奪うことにした。
日本を異国から守る志を持つものは国防軍に参加せよ。
身分は問わない。
異国と戦う意思のない者で主を持たぬ者は、武器を持つことを禁ずる。
刀とは、主を守り、国を守る為にあるものである。
その二つのどちらも持たぬ者には、武器を持つ資格などないと命令を出した。
まあ、形を変えた廃刀令だな。
これで日本内乱の危険性は、ほとんどなくなったのだが、世界線は揺り戻しを用意してくる。
ロシアなどの異国が、俺の知っている昔の世界線と違って、積極的に日本侵略に動いてくるのだ。
内乱ではなく、異国の侵略による日本分割。
これが、俺たちが戦わなければならない新たな戦いだった。
日本の海外視察により、日本の攘夷勢力は、ほぼ絶滅する。
その上で、日本の魅力を世界に発信することも成功するのだけれど。
その魅力に惹かれ、日本を支配し、植民地化しようとする勢力も現れちまう訳で。
その結果、西日本は大英帝国、東日本はロシア帝国に支配されるという未来が生まれちまう。
日本が分割される未来に、世界線が収束されているみたいなのだよな。
そこで、象山先生が考えた策が、アメリカ南北戦争を利用したアメリカ先進技術の日本への導入、植民地独立運動の扇動による大英帝国を始めとする帝国主義国家の弱体化だった。
アメリカには南北戦争を切っ掛けに生まれるはずの鉄鋼船や機関銃という先進兵器が存在していた。
それが作られる前に、技術者を日本に呼び、日本で開発させてしまうのだ。
実際、アメリカには、資金が足りない為に開発に成功しなかった先進技術が多数ある。
そういう人たちに資金を与え、日本に招き、開発を進めて貰うことは、開発者たちの為にもなる。
その上、鉄鋼船を開発するはずのブルック大尉は日本に来ているので、開発は依頼しやすい。
それで日本が白人帝国主義国家と戦っても、簡単に負けない戦力を揃える為に。
多くの白人は黄色人種である日本が独自に武器の開発など出来ると信じていない。
白人の国以外に産業革命に成功している国がないということを根拠に、本気で有色人種は白人に劣ると考えている。
だから、日本なんて小国に負けるはずはなく、武器も15年前と同じ貧弱なものだと信じている。
そういう状況だから、日本が本当の戦力を隠しておけば、国力差はあろうとも、少なくとも何戦かは白人勢力を撃退出来るだろうと考えた訳だ。
その上で、開発した武器をアジア各地の植民地にばら撒き、植民地の反乱を煽る。
まあ、これも、日本が武器開発など出来ないという白人の偏見を付いた策ではあるのだけどね。
でも、いくら武器を渡しても、現地の連中が白人に勝てると思っていない部分もあって。
叛乱が起きなかったり、武器を配っていることがバレて日本侵略の口実にされてしまったりと、なかなかうまくいかなかった。
そこで考えたのがクリミア戦争とインド大反乱の連動だった。
大英帝国の植民地叛乱の扇動はロシア帝国にやらせ、日本は表に出ないように隠れる。
その上で、インド大反乱が成功すれば、他の植民地でも独立の機運が生まれる。
更に、何度かの繰り返しの中で象山先生は奴隷解放宣言を植民地解放宣言へと書き換え、植民地独立運動を扇動することに成功する。
後一歩のはずだった。
だが、前の世界線では、アメリカ合衆国グラント将軍の指揮は凄まじかったのだ。
戦略的な不利を乗り越えて、グラント将軍はアメリカ連合国を撃破。
それは、もしかすると、世界線の収束による勝利だったのかもしれない。
いずれにせよ、アメリカは再統一を果たし、南軍アメリカ連合国を陰で支援していた日本をアメリカ合衆国は非難。
結果、前の世界線で、俺は、日本がロシア帝国とアメリカ合衆国の二国に攻められるのを見ながら、死ぬことになっちまった。
もう少し、もう少しで、世界線を変えることが出来るはずなのだ。
今より、マシな世界線に。
日本だけの幸せではない。
もっと、多くの人が笑える世界に行けるはずなのだ。
頼む。
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また、この夢か。
目を醒ますと平八は、辺りを見渡し、自分が長い夢を見ていたことを認識する。
夢の通りなら、今は慶応四年(1868年)。
決戦の年、そろそろ、お迎えの来る年だ。
ここ数か月は心の臓が痛み、平八は寝ていることが多くなっている。
夢の通りなら、他の方々同様に、平八の寿命は間もなく尽き、後に残される者たちに託すしかなくなるはず。
今回は前回の失敗を踏まえ、グラント将軍をアメリカ合衆国から奪い取り、アメリカを完全に分裂させることには成功している。
その上で、アメリカ原住民部族連合も事実上の独立を果たし、アメリカ合衆国が太平洋に直接出る方法も存在しない。
これでアメリカ合衆国からの侵略は防げるはずだ。
これも象山先生の読み通り。
果たして、現在は、夢の中で言う世界線の改変に成功しているのか、それとも、世界線はまだ日本分裂の未来に収束しているのか。
最後の決戦の時。
そんな時、ロシア帝国の宣言が平八の下に届く。
『日本は植民地の反乱を扇動し、武器を配り、世界に混乱を齎す勢力である。
それ故、ロシア帝国は日本に宣戦布告をし、世界に安定と秩序を取り戻す』
と。
日本とロシア帝国の決戦の時が近づいていた。
ここまででエピソード0は終了です。
本当は、最終章の第一話でここまで書くつもりでした。
あくまでイメージですが。
その為、最終章の書き始めが遅れたんですよね。
まあ、不可能に挑戦というレベルでした。
いよいよ、物語は最後のクライマックスに向かいます。
年内の更新はこれでおしまい。
2-3月は忙しくなるので、1月中に何度か更新するつもり。
最後まで応援よろしくお願いします。




