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第十四話 広がる戦火

大西洋大海戦で大打撃を受けるワシントンとアメリカ合衆国大西洋艦隊。


その結果、戦局が大きく動き始めます。

『ワシントン大虐殺』のニュースは、大英帝国艦隊のワシントン襲撃から僅か1週間でヨーロッパ中に報道された。

記事を書いたのは、サミュエル・クレメンズ。

かつて、日本を訪問した『日本遊覧記』を書いてベストセラー作家となり、今やマーク・トゥエインを名乗る人気作家だ。

彼の文章は、日本の訪問を楽しんだのと同じ素直で、無垢な視線で、艦砲射撃で破壊されるワシントンの街並み、燃え上がる街、逃げ惑う人々の恐怖を生き生きと描き出していた。


この時代、戦闘は兵同士が戦うものと言う常識がある。

まだ、総力戦という概念が存在しないのだ。

無差別に都市を攻撃し、市民に砲撃を加えるなど、無法以外の何物でもない行為。

実のところ、最初に無差別攻撃を始めたのは、アメリカ合衆国側だ。

アメリカ連合国の通商破壊を目指し、海賊船の様に艦隊を小規模に分け、無差別の通商破壊、港湾破壊を行ったのはアメリカ合衆国の方だ。

先にルールを破ったのは合衆国側なのだから、やり返されたからと言って文句を言うなと言うのが、大英帝国艦隊ミルン司令の正直な気持ちであろう。

だが、マーク・トゥエインを始めとする合衆国一般国民はそんな事実は知らない。

マーク・トゥエインの記事を読んだ人々も、そんな事実は知らない。

だから、ヨーロッパでは、大英帝国に対する非難の声が爆発したのである。


それこそが、アメリカ合衆国大統領リンカーンの狙いであった。

ワシントンが燃え、アメリカ連合国軍が北上して来ているという報告を聞いて、リンカーンが考えていたのは、アメリカ南北戦争に対するこれ以上の大英帝国の介入を防ぐことであった。

リンカーンは、大英帝国の戦略目的を知らない。


大英帝国の戦略目的は、反差別、反人種差別を謳い、植民地独立の希望の星となりつつあったアメリカ合衆国の海軍力を打ち砕き、高揚した植民地の反乱運動の士気を挫くことだけであった。

だから、アメリカ合衆国大西洋艦隊が、ほぼ消滅した現在、これ以上、アメリカ連合国に肩入れする理由もなかったのだ。


だが、そんな意図をリンカーンも合衆国国民も知るはずがない。

リンカーンを始めとする多くのアメリカ人は、大英帝国が、名目上、アメリカ連合国の財産を守る為の正義の戦争だの、植民地独立運動を扇動する合衆国に抗議する為の参戦だののお題目を唱えても信じてはいない。

綿花輸入の為の介入、あるいは、このアメリカ内戦を利用して、大英帝国のアメリカにおける権益を拡大しようとしているのではないかと警戒したのだ。

それは、実際には、合衆国側の被害妄想に近いものだった。

だが、アヘン戦争など、大英帝国は疑われても仕方のないことを散々して来た国なのだ。


それ故、リンカーン大統領は、驚くべき決断を下す。

アメリカ合衆国大西洋艦隊は、大英帝国大西洋艦隊と戦い、ほぼ壊滅していた。

多くの艦が傷ついた上、ワシントン造船所が破壊されているから、修理も出来ない様な状況だった。

だが、それでも、何艘か無事な蒸気船も存在していたのだ。

運良く大英艦隊の砲撃を免れた艦、集結に間に合わず、大英帝国と戦わないで済んだ艦。

だが、生き残った艦の数は少なくて、もはや艦隊と呼ぶには値しないほどの数であった。

リンカーン大統領は、その僅かな艦を戦場に残しても役に立たないと判断したのだ。

そして、その艦の全てにマーク・トゥエインの記事を持たせ、ヨーロッパへと向かわせたのである。

僅かに残る戦力を伝令に使う。

それは常識的に考えればあり得ない行為ではあった。

しかし、奴隷解放宣言や奴隷人権宣言で戦局が大きく動いたのを目の当たりにしたリンカーンから見れば、当然の行為であったのかもしれない。


実際に、アメリカ合衆国大西洋艦隊には、もはや、まともな戦力は残っていなかった。

これから、合衆国の海を守る為には、仏露連合艦隊に頼るしかない状況であった。

だから、僅かに残った蒸気船をアメリカ近海に残しても意味がない。

それならば、国際的な支援を得る為に使うべきだというリンカーンの主張だった。

これに対し、合衆国軍部は強い反対をしたのだが、結果としてこれが正解であったのだ。


『ワシントンの大虐殺』は、ヨーロッパに大きな衝撃を与えた。

大英帝国は無法にも、無抵抗な市民を無差別に砲撃し、虐殺した。

その恐怖は、瞬く間にヨーロッパ中に広がり、疑心暗鬼を生み出したのだ。

特に、フランスの恐怖は非常に大きいものであった。

何しろ、イギリス本土はドーバー海峡を隔てた、すぐ隣にあり、大英帝国艦隊は、まだ数は少ないとは言えイギリス本土にも残っているのだから。

いつ、大英帝国がアメリカ合衆国にした様な無差別通商破壊をするか解らない。

そんな恐怖が高じる中、ロシアのバルト海からフランスの援護という名目でバルチック艦隊が南下してくる。


ロシア艦隊を歓喜の声で迎えるフランス国民。

だが、目の前のフランス、ロシアの戦力の増強は、大英帝国の恐怖を増大させることとなるのだ。

イギリス本土近海は、一触即発の危険な情勢へと陥ることとなる。


そんな中、ロシアが密かに動き出す。

ロシアの目的は、大英帝国から覇権を奪う為、大英帝国の戦力を削ぐことなのだ。

こんなチャンスを逃す手はなかった。

ロシアは、蒸気船でヨーロッパに渡ってきた合衆国艦隊士官や独自のルートで情報収集していたシーボルトから、合衆国艦隊の本当の戦術を聞いていた。

艦隊決戦を避け、艦隊を小規模に分け、通商破壊に専念する戦法。

その戦術が、大英帝国に対して行われたのだ。

名目は、大英帝国艦隊による通商破壊に対する報復として。

もっとも、本当に、大英帝国によるフランスに対する通商破壊が行われていたかは定かではない。

それでも、人間は信じたい事実を信じるものなのだ。

当時のフランス人の多くは、大英帝国を悪の帝国と呼び、大英帝国の通商破壊に協力するようになったのである。


これは、島国である大英帝国にとっては、強烈な痛手であった。

輸入すべき物品が略奪され、破壊され、港湾都市が無差別な砲撃を受ける毎日。

この様な攻撃に対し、大英帝国の海軍が全力をあげれば、対応することは可能であったろう。

素人同然の仏露艦隊と違って、海の上では大英帝国艦隊は十分な経験がある。

まともに戦えば負けるはずがないのだ。

だが、現在は植民地独立運動に対抗する為に、大英帝国海軍のほとんどは世界各地の植民地に派遣されている。

大英帝国は、植民地の支配を一旦放棄し、イギリス本土を守るか、引き続き植民地の独立運動を抑え込むかを選ばなければいけない状況に追い込まれたのである。

絶望的な二者択一を迫られる中、時間だけが過ぎていく。

それならば、せめて、大英帝国の被害を減らそうと海軍は判断。

海賊狩りをするように、フランス沿岸部に隠れる仏露艦を破壊する為に、フランス沿岸部に対する攻撃を開始するのである。


こうして、英仏の港湾都市が戦火に包まれることとなる。

この様に戦火は更に広がっていく。

もっとも、戦いの大元であるアメリカ大陸での勝敗が確定すれば、この戦いは、すぐに終わるはずであった。

ミルン司令の計算通りならば、カナダの英国軍とアメリカ連合国が挟撃すれば、アメリカ合衆国の命運は尽きるはずであった。

だが、アメリカ大陸での戦いは、簡単には決着しないのである。


ミルン司令の一つ目の誤算は、カナダの動向であった。


カナダも、奴隷解放宣言の影響を強く受けていたのだ。

もともと、平八の見た世界線においても、カナダは、南北戦争を利用し、大英帝国からの自治を拡大していった地域である。

その自治活動拡大の動きが、今回の奴隷解放宣言で加速していたのである。

その動きは、フランス出身のカナダ人の間では、更に強かった。

何しろ、彼らの母国フランスではアメリカ合衆国を支持しているのだから。

その上で、イギリス系のカナダ人の多くも、大英帝国からの自治と独立を目指して動き出していたのである。


そんな中、大英帝国がアメリカ合衆国への参戦を求めてきたところで、応じるはずもなかったのだ。


この当時、カナダ連合植民地総督を務めていたチャールズ・モンク子爵は大英帝国からの自治権拡大を目指して暗躍していた。

そして、ミルン司令も合衆国艦隊壊滅という戦略目的を達成していることから、強い出兵要請を行わなかった。

その結果、カナダは合衆国に対して侵攻しなかったのだ。


こうして、カナダから合衆国への出兵はなく、アメリカ合衆国は九死に一生を得たのである。


そして、ミルン司令の二つ目の誤算は、アメリカ連合国の分権的な性質であった。


もし、アメリカ連合国が合衆国の様に中央集権的で、全戦力をワシントン攻略に注いでいれば、この時、ワシントンは陥落していたであろう。

これは、歴史のもしもを考える人々が、よく提示する歴史の仮説である。

だが、実際には、アメリカ連合国は全戦力をワシントン攻略に注いではいなかった。


大英帝国の助力のみで勝利することに反発した西部の一派、シブレー准将率いるアメリカ連合国軍がワシントンとは別の方向に軍を動かしたのである。

所謂、ニューメキシコ作戦の発動である。

このニューメキシコ作戦の目的は、コロラド州の金鉱とカリフォルニア州の港湾を含むアメリカ南西部の支配圏を拡大すること。

もし、この侵攻が成功すれば、その効果は絶大なものが期待出来た。

アメリカ西部に侵攻したアメリカ連合国軍にアメリカ合衆国が何も対応しなければ、連合国の侵攻を恐れた西部の諸州が一気に連合国に寝返ってしまう危険があった。

だが、ロッキー山脈を横断して援軍を出すのは、アメリカ合衆国にとっても非常に負担は大きい状況だ。

そして、合衆国が西部に援軍を出せば、逆にワシントンの防御が甘くなる恐れもある。


そんな危機を孕んだ、連合国の兵1万が、ニューメキシコ北部へ向けて進軍していく。


アメリカ南北戦争は、新たな局面を迎えようとしていた。

ちょっと短めですが、長くなりそうなので、今日はここまで。


次回は「第十五話 ニューメキシコ作戦」の予定です。


本来の歴史とは違う大規模な西部侵攻作戦が戦局にどんな影響を及ぼすか。

次回をお楽しみに。


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― 新着の感想 ―
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[一言]  この時代随一の宣伝戦の達人が、事実に基づくプロパガンダを巧妙に行うことで一気に窮地を脱しました。自分たちの行為を棚に上げて敵の非道を訴えるなんてよくあることですが、騙される欧州側の方もまだ…
[良い点] 南軍のニューメキシコ侵攻作戦(太平洋への進撃!)は興味深いです。 北軍海軍が壊滅したところで絶妙のタイミングではないでしょうか?
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