第547話 悪徳貴族、世界樹に至る
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三白眼の細身青年クロードは桜貝の髪飾りとなった青髪の侍女レア、赤髪の女執事ソフィ、金色の虎耳少女アリス、薄墨色髪の和装少女セイと共に、夜明け前の水平線を見つめていた。
「ファヴニル……」
「お兄さま……」
クロード達が乗ったクジラ型飛行ゴーレムの前方で、彼と彼女たちが三年間戦い続けた試練、追い求めた運命の象徴が消える。
全長三〇mの巨大竜ファヴニルと、巫女レベッカが乗る一辺五〇〇mの逆三角錐型飛行要塞がボロボロと崩れて、轟々と渦を巻きながら水底へ沈んでゆく。
「「……」」
クロードも四人の少女達も、まるで勝利した実感がなかった。
夢の中にいるかのように、足元がおぼつかず、思考もまとまらない。
「よっ、クロード。お互いハデな格好だが、生命があって何よりだ」
「部長、良かった。生きていたんですね」
そんなクロードに真っ先に声をかけたのは、ドゥーエが操縦するもう一機の飛行要塞で空から降りてきた冒険者ニーダル・ゲレーゲンハイトだった。
「あ」
ソフィは以前、かの冒険者にセクハラを受けた経験から胸を隠してクロードの手を握り。
「たぬぬう♪」
アリスは、親友イスカの養父なのでニコニコと微笑みながら、金色のぬいぐるみめいた狸猫姿に変身してじゃれつき。
「彼がニーダル・ゲレーゲンハイトだって。なぜムラマサを持っているんだ?」
セイは慎重に操舵輪を握りしめたまま、本来の持ち主ではないニーダルが、ドゥーエのムラマサを背負っていることに首を傾げた。
「クロード、それにお嬢さん達。ハッピーエンドで、カーテンコールといきたいが、まだ演目は終わっちゃいない」
ニーダルは、三人の反応を知ってか知らずか、黎明の空を指差した。
ファヴニルが召喚した世界樹は、かの竜が滅びてなお、空を覆うように緑の枝を広げている。
「第一位級契約神器さえあれば、世界樹に接触して願いを叶えられるからな。すぐに他国がちょっかいかけてくる」
ニーダルはあごに浮いた無精髭をさすりながら、短い間の相方であった隻眼隻腕の剣客ドゥーエを見た。
左手の義腕を失ったドレッドロックスヘアの元傭兵は、右手に通信貝を掴んでなにやら吠え叫んでいた。
「ドゥーエや、シャターレン閥のジシイによると、アメリアやらルーシアやら西部連邦人民共和国やらが、すでに艦隊を派遣したらしい。早くケリをつけなきゃ、世界大戦にもつれ込んじまう」
「世界樹は、部長が破壊してくれるんじゃなかったんですか?」
契約神器と盟約者が世界樹に接触すれば、願いを叶えてしまう恐れがある。
レアと契約を交わしたクロードよりも、神器を持たないニーダルの方が適任だったのだ。
「すまんな。壊したかったんだが、ガス欠だ。もう空を飛ぶ力もないんだ」
ニーダルは炭化した外套から、青白い炎をあげるムラマサを引き離し、クロードに手渡した。
「クロード、レーヴァテインとヘルヘイムが混ざり合った今なら、ムラマサに呪われることもない。世界樹を頼む」
「部長、レアはファヴニルから七つの鍵たる資格、第一位級契約神器を継承しました。僕が行けば願いを叶えてしまう」
クロードは唇を一文字に結んで辞退しようとしたが、ニーダルは肩をすくめて背中をばんばんと叩いた。
「好きにしろよ、後輩。MVPはお前だ。ギャルのパンティを願おうと、新世界の創造を願おうと、俺達が元の世界に帰ることを願おうと、思うままにやればいい」
「よーし、僕、部長のナンパ癖をなおせって願おうかなあ」
「ははは、それは、やめて欲しいかなあ」
クロードはニーダルと肩を叩き合うと……。
ソフィを抱きしめ、アリスの頭を撫で、セイと頷きあった。
「皆、行ってくる」
そうして、クロードはムラマサを手に世界樹へ飛び立った。
「レア、どうする? もしも君が望むなら、一〇〇〇年前からやり直すことだって出来るかもしれない」
「いいえ、いいんです。私とお兄さまは、一〇〇〇年かけて答えを得たんです。御主人さまとの三年は、私達にとって無くしてはならない、この世のあらゆる宝に勝る時間でした」
レアは思う。
ファヴニルがあれほどにクロードに焦がれ執着したのは、恋人の生き方と在り方が、兄の理想だったからではないか、と。
「御主人さまはどうしますか? 元の世界に戻られますか? それとも兄さまのようにカミサマを目指されますか?」
「レア。僕は……」
クロードは、これまで出会った人々の顔を思い浮かべた。
敵味方を問わず多くの夢があり、多くの願いがあった。
それでも、そうであればこそ、彼らに誇れるよう自分を貫きたかった。
「僕は人間だ、カミサマにも、ドラゴンにもならない。人間のまま、君と生きてゆきたい」
「はい」
クロードは、破壊された虹の橋と、世界樹の根元が見える距離まで辿り着いた時、オッドアイの少女が雪原で微笑むのを見た気がした。
(ボス子ちゃん)
主従は妖刀を手に、大樹の枝で踊る。
ムラマサの炎が、木を薪に燃え盛る。
『共に唄おう。炎と氷の神話、天と地を結ぶ大樹の歌を。我らはより良き明日を望み、祝福を伝える。
伝承機構 世界樹之歌 ――接続――』
火と氷が混じり合い、水が生まれ、焼けた木の残骸から新たな生命が芽吹く。
世界樹は、その誕生を見届けて、幻のように消え去った。
最後の瞬間、大きく優しい何かに呼びかけられた気がした。
『望みは何か?』――と。
クロードには、レアには、ひとつだけ叶えたい願いがあった。
【僕は……】
クロードは思い出す。
北欧神話において、主神オーディンは世界樹で首を吊り、ルーン文字と魔術の秘奥を体得することを願ったという。
【私は……】
レアは思い出す。
原初神話において、ブリュンヒルデは地上を去ってなお、愛する男と共にあることを願ったという。
【世界を渡るすべを知りたい】
【人間になりたい】
あとがき
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