第544話 成層圏の戦い、決着
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三白眼の細身青年クロードが赤髪の女執事ソフィを奪還した影響は、すぐに現れた。
巫女たる少女が生まれ持った異能〝魔法道具干渉〟による強化が無くなったことで、全長三〇mの邪竜ファヴニルだけに留まらず、邪竜の巫女レベッカが操る空中要塞〝千蛇砦〟もまた大きく弱体化したのだ。
「ひゅー。さすがは俺の後輩だ」
「へ、オレのダチだっての」
赤い外套を着込んだ黒髪の冒険者ニーダルと隻眼隻腕の剣客ドゥーエは、砲撃の勢いが減少したと見るや――、互いを狙う一撃を衝突させて、レベッカが首元からさげた黄金の首飾りに向けて攻撃をねじ曲げる。
ドゥーエが投じた冥府の氷をまとう鋼糸が金鎖を千切って引き寄せ、ニーダルが振るう妖刀ムラマサの青白い焔が首飾りの右半分を消失させた。
「お、お前達、たった今まで殺し合っていたじゃないか? それをどうしてっ!?」
レベッカは燃える炎の如き赤髪を振り乱し、藤色のカクテルドレスから豊満に突き出た胸を揺らしながら、傷つけられた宝を両手で掴んで絶叫した。
「お嬢さんが持つ異能〝巫覡の力〟は、〝並行世界観測による未来予知〟だろう。三つ巴の方が観測対象が増えて、精度が落ちると踏んだが図星だったかな?」
「オレがニーダルを殺したいほど憎んでいるのは本当だし、そいつもドゥーエを殺す気満々だったのは事実だけどな」
「ハハハ。大事な後輩の傍に、狂犬みたいなちんぴらが居るんだ。仕留めておきたいのは当然だろう」
「カカカ。教育に悪いロリコンナンパ野郎がよく言うぜ」
ニーダルとドゥーエは歩み寄り、互いの肩をバシバシと叩いてゲラゲラ笑い――。
「「死ねよ」」
二人はすぐさま右ストレートを互いの顔面にぶつけて、鼻から血をだらだらと垂れ流した。
「こんなの、ワタシが見た未来と違う。あの男が未来を変えた? それだけじゃない。カロリナが、あの無能な巫女が関わってる? こんなの知らないっ」
レベッカは髪をかきむしり、喘ぐように声を震わせて、ドレスの裾から伸びた足で地団駄を踏んだ。
「お嬢さん。貴女の言うとおり、グリタヘイズの住民は過ちを悔いて、竜に力を供える様々な術式を作り上げたんだろう。同時に、万が一の為に鎮める術式を作り出して、巫女の一族が代々継承してきたんだ」
ちなみに伝えられてきた秘奥とは――。
儀式によって、荒ぶる魔力を沈静化させる泡状の触媒を作り出す、というものだ。
カロリナ曰く「飲み薬や水浴び代わりに使って、落ち着いてもらう」らしい。
契約神器は自らを取り巻く感情や糧とするが故に、自らに捧げられた、信仰そのものである奉納品を無視できない。
結果的に、龍神には浄化の薬程度だが、邪竜には特攻の猛毒として完成した。
あくまで奉納品であるがゆえに、至近距離まで持ち込まねば効果を発揮しないという運用上の問題こそあったものの、ニーダルはクロードであればどうにかすると確信していた。
「そんなの、ワタシは知らない。あってはならないっ」
ニーダルはハンカチで鼻血を拭き、治癒の魔術文字を綴りながら、決定的な一言を告げた。
「お嬢さん。貴女は見たい〝未来の可能性〟を実現するために、イマを生きる他の人間を道具として使い捨てただろう? 対等の視点じゃないからこそ、見落としたのさ」
「くっ、うううううっ」
レベッカは目を血走らせ、ドレスの裾を破らんばかりに、足下の岩盤を蹴りつけた。
ニーダルの妄言と否定したかったが、未来予知に失敗したのは事実だ。
アンドルー・チョーカーのように、カロリナを取るに足りない存在と侮った。
彼女はファヴニルと飲んだ酒の席で、ゴルト・トイフェルが忠告した台詞を思い出す。
「――人を道具として使い捨てるなら、報いを受ける? そんなの知ったことか。世界の真実から目を逸らすお前達と、見つめてきたワタシがどうして対等なものか!」
レベッカはすがるように半壊した黄金の首飾りをかざし、空中要塞に遺されたすべての戦力で反撃を試みた。
「そう、まだよっ。あのクソ野郎もレギンを半分失ってから足掻いた。ファヴニル様がいるんだ。ワタシは負けない」
「悪いな、インチキ占い師。知り合いにその手の粘着野郎が居るからな。ここからの粘りも想定済みだよ」
ドゥーエが周囲に張り巡らせた鋼糸を用いて、弱体化した空中要塞の機能を押しとどめる。
傭兵の一つだけ残った右目が青く輝き、冥府の氷雪をまとわせた左義腕で殴りつけた。
鋼の義手が耐えきれずに雪花と散るも、諸共に首飾りの左半分を砕き、完全な破壊に成功する。
ファヴニルは、ソフィという強化手段と、黄金の首飾りに変身させた〝分身体〟を喪失したのだ。
「厨二病、撤収するぞ」
ニーダルは目的達成を判断するや、ドゥーエの首筋を掴んで脱兎の如く駆け出し、〝清嵐砦〟へと退避した。
「馬鹿野郎! なにしやがる。もうあとちょっとでトドメを刺せたのに。レベッカは人類に仇なす存在だぞ」
「片腕だけで闘う気かよっ。クロードにムラマサを届ける方が優先だろう?」
ニーダルの指摘に、ドゥーエも渋々頷いた。
「それに、人ならざる力に頼り過ぎた反動だ。彼女には、あれが最高の罰だよ」
「いやだいやだいやだ、こんな未来は認めない。お姉さま、お姉さまあああっ」
空中要塞〝千蛇砦〟は、ファヴニルとソフィの力を失って崩壊を始めた。
レベッカには砦や砲台が潰れ、足下の岩盤が割れる現在の光景など目に入らない。
彼女は青く輝く瞳、未来を見る異能の瞳で、ずっと見ていた。
愛するソフィが憎むべき恋敵クロードとほぼ全裸で接吻をかわし、レアとアリスとセイが歓迎しつつも牽制を交わす――いつも通りの幸せな光景を。
「ワタシが、ワタシが先に好きだったのにいいいいっ」
愛する者だからこそ、不幸にしたい。
そんな妄執に囚われた少女は、最も憎む光景に目を焼かれながら、崩れおちる要塞の瓦礫に胸を貫かれ真紅に染まった。
あとがき
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