第462話 姫将軍セイの逆襲
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「伝令を飛ばせ、狼煙をあげろ。逆襲開始だ。ヴォルノー島にも、改めて鐘の通信を送れ!」
「「お待ちしていました!!」」
セイはクロード達がこじ開けたチャンスを生かすべく、『ねじれた塔を破壊し、ニーズヘッグを討伐せよ』と命じた。
マラヤディヴァ国中の兵士が、意気揚々と動き出す。ロビンもまたその一人だ。
「セイ司令。僕も行きます。国主様を連れて、〝例の作戦〟を実行するのですね」
「ああ、満足に魔法が使えない今、アレが逆転の切り札になるだろう。すでに〝姫将軍〟の名前で呼びかけている。ロビン、――国主様を頼むぞ!」
「はいっ。我が祖国のため、辺境伯様と貴女に勝利をっ」
ロビンは、出撃でごった返す司令部をまっすぐに飛び出していった。
そして彼と入れ替わるように、作業用のツナギを着込んだ整備士の女の子が一人、涙をボロボロとこぼしながら駆け込んできた。
「ドリス。どうした、何かあったのか?」
「せ、セイさまぁ。ミ、ミーナさんが、死んだはずのチョーカーさんと、ゴルト・トイフェルを連れてきましたあ」
泣きじゃくるドリスの報告は、いっそ荒唐無稽だった。
しかし、クロードから推理を聞かされていたセイは頬を緩めた。
彼女の愛する男が見抜いたとおり、〝マラヤディヴァで一番非常識な男〟と〝万人敵〟は生きていたのだ。
「そうか、チョーカーがゴルトを連れて訪ねて来たんだね?」
ドリス・ヴェンナシュは、レジスタンス時代にロビンと共にチョーカーの部下だった。その縁から接触を図ったのだろう。
「は、はい。街じゃ死んだ人を真似た雪人形が暴れているそうです。やっぱり偽物ですよね。つ、捕まえるか、こ、殺さないと……」
ドリスもまた、チョーカーの死に大きな衝撃を受けた者の一人だ。たとえ偽物であっても、冷静ではいられないのだろう。
「スヴェンに調べてもらうといい。だが、ミーナが連れてきたのなら本物だろう」
「え、チョーカーさん、生きてたんですか。あの恐ろしいゴルトを連れてくるなんて、いったい何がどうなって……」
「ドリス、今は一刻を争う。チョーカーがスヴェンの元から戻ったら、九号倉庫を開けて中の物は自由にしろと伝えてくれ」
セイがぐしゃぐしゃになった顔をハンカチで拭うと、ドリスはこくこくと頷いた。
「棟梁殿に代わって謝辞も頼むよ。よく生きてくれた――特別な祝いの席を設けよう――ってね。ああ、それと例の場所には近づかないよう釘を刺してくれよ」
かくしてドリスは、しぶとく生きていたチョーカー&ゴルトと愉快な仲間達を九号倉庫に案内したのだが。
「なにいい。小生の予定と違うぞ。涙を流して大感激し、小生に愛を囁くのが筋ではないか。……って、しまったああっ」
「アンドルーっ!」
「こ、この素直に喜べない最低ぶり。貴方は本当に本物のチョーカーさんですね!」
チョーカーはうっかり下心を口にだしたため、ミーナとドリスにポカポカと殴られ――。
「レ式魔銃に留まらず、マスケット銃に、理性の鎧、大斧、クマの餌まであるではないか。こりゃあ辺境伯には完全にバレとったな」
ゴルトは倉庫を確認して、彼と部下のネオジェネシス兵の為に準備されただろう、装備の数々に冷や汗をかいていた――。
「チョーカーさん。セイ司令は〝特別な祝いの席〟を用意してくれるそうですよ」
「おお、パーティーか。さすがは姫将軍、小生の価値をわかっているではないか!」
ドリスの伝言を聞いて、チョーカーは無邪気に喜んでいたが、ジュリエッタをはじめ、ネオジェネシス兵達は青い顔で首を傾げた。
「ゴルト司令。以前、大同盟の砦で発見した鍋のことは伝えるべきでしょうか?」
「言わんでいい。あれは禁断の兵器じゃ、おいどもだって全滅するかも知れん」
ゴルトもまた、かつて接収した恐るべき味の魔女鍋を思い出し、恐怖に身を震わせた。
「それと、チョーカーさん。この地図の場所には絶対に近づかないでくださいね」
「ドリス、北山道では遺跡から這い出た怪物どもが暴れていたぞ。さては、小生に行けという前振りか?」
チョーカーが調子に乗ってとんでもないことを言い始めたので、ゴルトはやむなく拳骨で黙らせた。
「あいたっ」
「塔を壊せ、竜を討て――というのがセイの指示じゃろう。言い換えれば、それ以外の戦場には近づくな、ということだ」
「つまり、どういうことだ?」
ゴルトは平静時のチョーカーなら気付くだろうにと呆れたが、他の部下達もいる手前、横着せずに一から説明することにした。
「チョーカーよ。辺境伯はおいどもを破ってマラヤディヴァ国を再統一した後、ファヴニルとの決戦に向けて準備を整えていた。それはわかるな?」
「おう、何やら碑石を立てていたな。ジュリエッタが大規模攻撃魔法を制限し、邪竜を封印するものとか言っていたぞ」
チョーカーというよりは、副官の見事な働きぶりにゴルトは満足げに頷いた。
「そうだ。あの碑石もたいしたものじゃが、辺境伯は無力化されることすら予期していたようじゃ。姫将軍の案かも知れんがな」
ゴルトの推測は正しかった。
『――破られることを想定しておくべきだ』
クロードはセイの助言に従い、結界の出力を向上させる仕組みを講じた。
また魔法通信が失われる状況を恐れて、伝令や、狼煙、鐘の音を使った連絡網を準備した。
「で、やっこさんがこの半年間、特に力を注いだのが、治水工事だ。新しい堤防や貯水池を築き、小運河を整えたのも未来を見越してのことじゃろう。なにせ今は雨季じゃぞ?」
クロード達が精魂を込めた事前準備。
その中でも最大のものが、〝姫将軍〟という暗号で実行される、秘策だったのだ。
「わかったぞ、ゴルト。水攻めだなっ」
チョーカーが正解を当てた頃……。
ロビンら自転車部隊はモンスターを目標地点へと誘導し、国主グスタフ・ユングヴィの率いる近衛部隊が水門を開けた。
「レベッカ・エングホルム。お前がいくら未来を読もうとも、怪物ども全てを統制できるはずがない。魔軍よ、水に沈め!」
姫将軍セイの切り札は、ユングヴィ領で思うままに暴れていた徘徊怪物の大半を濁流で討ち果たした。





