第459話 ひとつの友情
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白髪の英雄オズバルト・ダールマンは、不治の病に侵されながらも、領都レーフォンの中央病院で、部隊長を含む新式ニーズヘッグ部隊を半壊させた。
「クローディアス・レーベンヒェルムを名乗る青年は、私を倒したぞ」
オズバルトは頬傷に手を添えながら、怪物部隊を率いるリーダーであり、虐殺という罪を共有する共和国軍の元同僚、イーヴォ・ブルックリンにそう言ってのけた。
「オズバルトさん、僕は……」
クロードは雷と炎を発する二刀で、イーヴォの部下を追い詰めつつも言葉に詰まった。
彼がオズバルトと、魔術塔〝野ちしゃ〟で戦った時はレアを加えた二対一、初見殺しの自爆技で辛くも勝ちを拾ったからだ。
「いいや、辺境伯。貴方は個人戦でも部隊戦でも私を上回り、私がやりたかったことの全てを成し遂げた。間違いなく貴方の勝利だ」
オズバルトの穏やかな宣言に、下半身を断たれて上半身だけとなったイーヴォは、床に落ちた三角帽を拾ってゲラゲラと茶化した。
「ヒヒッ。英雄なんて呼ばれても、その実体は内部闘争専門の処刑人だ。見合った報酬も名誉もないものな」
「なに、私は満足だよ。背を預ける仲間と敬愛する好敵手に恵まれた。後を託すことも叶った。これ以上の幸せがどこにある?」
クロードはオズバルトの好意に、どのように応えればいいのかわからなかった。
「おう、竜殺しのニィちゃん。この偽善者の話は眉に唾つけて聞いておけよ。大口を叩いちゃいるが、ニーダルにゃあ一度負けて、その後も逃げられてばかりだからな」
「……耳が痛いね」
クロードの先輩である高城悠生こと、ニーダル・ゲレーゲンハイトは今も生きている。つまりは、そういうことなのだろう。
(部長には、オズバルトさんと殺し合う理由がないし)
彼は、西部連邦人民共和国でも屈指の善人だ。
もしも因縁さえなければ、ニーダルとオズバルトにも別の未来があったかも知れない。
クロードが悩みながら、相対するサボテンに似た半人半竜の触手を切り払っていると、ぐしゃりと何かが崩れる異音が響いた。
「あーあ、昔馴染みが入院したと聞いて、馬鹿にするつもりで志願したんだがな。まっさか真っ二つにされるたあ、想定外だった」
オズバルトに抱き起こされたイーヴォは、目鼻の欠けた髑髏顔を、三角帽で隠した。
彼の下半身は溶けて消え、上半身もまた八割以上が白い雪と霜に変わりつつあった。
「……イーヴォ、もう逝くのか?」
「オズバルト、野暮なことを聞くなよ。イーヴォ・ブルックリンはとっくに死んでいる。ここにいる俺はただの亡霊で、自分自身ですら本物か偽物かわからん始末だ」
邪竜ファヴニルは、システム・ニーズヘッグとネオジェネシスという、平行世界から流入した技術を使って死者を蘇らせた。
しかし、イーヴォ達が果たして生前と同じ存在だと、いったい誰に証明できるのか?
「まぁ。正義の味方も英雄も知らんが、昔の同僚とやりあえたのは〝黄金の時間〟だった。生き返った甲斐があったぜ。じゃあな、地獄で会おうぜ!」
「私もじきにそこへ逝く。友よ、次は酒でも飲み交わそう」
「とっておきのラム酒を、みつけておくぜ」
それでもイーヴォは最後まで、彼自身を全うし、オズバルトの腕の中で生き絶えた。
「イーヴォさんはたった今、亡くなられた。部下の方達は降伏して欲しい。僕達にはネオジェネシスを人間に戻す手段がある」
クロードは取引を持ちかけたが、三体の人型ニーズヘッグは揃って首を横に振った。
「おで達の軍閥は、最低に腐ってル。提督と一緒に暴れるだけが楽しみだったンダ」
「親愛なる上司と好き放題に殺したんだ。殺されて当然、海賊の末路は縛り首ってネ」
「いまさら真人間に戻るナンテ、お断りダ」
イーヴォの部下達は、きっと最初から生き残る気は無かったのだろう。
「幕を引かせてもらう」
「「おう、簡単に倒せると思うなヨ」」
三体のニーズヘッグは、それが自分たちの役割だとばかりに、背の翼を広げてシステム・ニーズヘッグを全力稼働させた。
『出力が高すぎるが故にコントロールが乱れ、揺らぐ瞬間がある』
クロードは、オズバルトが託してくれた助言のとおりに、生命と魔力を奪う呪いの雪を観察した。
(なるほど、焚き火の炎や、吹雪の風みたいに強弱がある。ひょっとしたら、旧式の巨大蛇より不安定かも知れない)
人間型の新式ニーズヘッグは、巨大竜型の旧式と比較しても、性能向上が目覚ましい。
イーヴォのように策を用い、さまざまな技を使いこなすだけでも、脅威は鰻登りだろう。が、逆に言えば個人の器量に縛られる。
(人間は道具を最初から使いこなせるわけじゃない。初めて触った剣や槍、買い換えたばかりのパソコンや携帯端末は、誰だって戸惑うはずだ)
ピーキーな大型トラックや重機の力を与えられ、己が手のように使えるか?
そんなわけがないと、クロードは誰よりも知っている。
操縦困難が引き起こすブレは、使い手に知性がある故こその弱点かも知れない。
「ふひひひ。ようやく慣れてきたゼェ」
とはいえ、経験の不足を埋めるのもまた知恵だ。
サボテンに似たニーズヘッグは、射出した鱗で壁を作り、あるいは爆発で足場を崩して、クロードの行動範囲を狭め始めた。
狭所で身動きが取れなくなれば、揺らぎもブレもあったものではない。
「鋳造――八丁念仏団子刺し」
クロードはここが勝負所と、最も使い慣れた刀に持ち替える。
爆撃の狭間を縫い、吹雪の隙間をついて、刀を魔力で補修しつつ斬り込んだ。
虹色に光る剣閃が、周囲の空間もろともに、半人半竜の肉体を引き裂いた。
そして、ほぼ同時刻。レアとドゥーエもまた二体の顔なし竜を葬っていた。
「じゃあナ、楽しかったゼ」
「オレたちの他にも亡霊はいる」
「ちゃんと成仏させてやんなヨ」
三体分の白い雪が病院の床に落ちて、溶け消えた。
病院の入り口付近には、もう医師や患者の姿はなかった。
どうやらガルムが、避難を完了させていたらしい。
「ガルムちゃん、オズバルトさん。ありがとうございました!」
「バウっ」
「辺境伯。ひとつ頼みを聞いてくれないか? 〝銀〟……ガルムを、アリス・ヤツフサ殿の元へ連れていって欲しい」





