第155話 悪徳貴族と大軍事同盟
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復興暦一一一一年/共和国暦一○○五年 花咲の月(四月)一日午前。
透き通るように青い空の下で、大勢の民衆が領都レーフォンの大中央広場に集まっていた。
レーベンヒェルム領だけではない。ルクレ領、ソーン領、ヴァリン領、ナンド領、そしてユーツ領をはじめとするマラヤ半島からの難民たち……。誰もが大きな期待とわずかな不安に心を揺らし、式典が始まる時を待っていた。
広場に設えられた大舞台の裏側では、正装したクロードとアネッテがエステルをなだめていた。
「シキテンなんてつまんない。ミーナちゃんやアリスちゃんとあそびたい」
「エステルちゃん……」
「まいったな」
エステルは窮屈な服を着せられて、退屈な時間を過ごすのに立腹らしく、頬をぷうと膨らませていた。
もっともクロードが学生時代、校長や教頭といった先生方の訓示を楽しみにしていたかと言えば、そんなことはない。
堅苦しい挨拶の時間なんてさっさと終わってほしいと思っていて、エステルにとっての式典もそういうものなのだろう。
「ええっと、エステルちゃん。もう少しだけだから」
「辺境伯様、わたくしに任せてくださいな」
アネッテがロールした栗色の髪を揺らして、エステルのふわふわとした鳶色髪の下、互いのおでこが近づくほどに距離を縮めた。
「エステルちゃんは、ミーナちゃんたちのことが大切?」
「うん、たいせつなおともだち」
「守りたいと思う?」
「うん……」
「だったら、守ってあげないと。これはエステルちゃんにしか出来ないことなんだから」
「うん、わかった」
どうやらエステルは気分を持ち直してくれたらしい。聡い子だとクロードは感心した。
同時に、彼女が幼い年齢にも関わらず、その小さな肩に領を背負っていることに心を痛めた。
「ねえ、アネッテママはへんきょうはくさまとけっこんするの?」
「し、しないしない」
「エステル、わたくしにはもう心に決めたひとがいるの」
「そっかぁ。いっしょにくらしているのにへんなの」
「ハハハ」
クロードは領主館に離れを新築して、アネッテとエステルに寝室として提供していた。
彼としては、母屋の部屋を貸し出しても良かったのだが、未婚の男女が一つ屋根の下で寝るのは良くないと、相談の上で決まったのだ。
といっても食事は皆と一緒に取っていて、生活時間も重なっているのでほぼ同居に近い。
魔術塔”野ちしゃ”から救出後、二人はルクレ領とソーン領で落ち着き先を探していたのだが、一週間もしないうちにアマンダから保護して欲しいと連絡が届いた。
ルクレ領とソーン領は、元々豪族や商人の影響が強く、先代は西部連邦人民共和国の威光を借りて強引に統治していたのが実情だ。それが、楽園使徒の台頭に繋がっている。
クロードたちが彼らを追っ払い、新しい共和国人勢力が進出した結果どうなったかというと、見事に歴史は繰り返された。
『楽園使徒の粛清の後で残ってる貴族や豪族なんて小さな勢力ばかりだよ。でもタチの悪い外国人がね、姫君の夫になれば領を国土に組み込めるって、そいつらにエサ撒いてガンガン工作をかけてるんだ。このままじゃ、またも傀儡政権の一丁あがりさね』
『うわあ』
いかにもそういうことを企みそうな国に心当たりがあったから、クロードは頭を抱えた。
女性領主にはこういったリスクがつきまとう。アルフォンスたちが画策していたように、無理やり独立させた後で占領するという荒業だってあるのだ。
『かの処刑人さえ退けたクロード・コトリアソビの武名は、ルクレ領にもソーン領にも鳴り響いているさね。いまや”竜殺し”となった辺境伯様に喧嘩を売る馬鹿はいないだろう?』
クロードからすれば、オズバルト・ダールマンやアルフォンス・ラインマイヤーからもぎとった勝利は、多くの仲間の支援や尽力あればこそだった。
そして、あの肉塊の怪物は、――竜ではない。真の竜は、竜になってしまったファヴニルという少年の恐ろしさは、底が知れない。
それでも、クロードはアマンダからの提案に首肯した。彼女たちを守り、彼女たちに守られることこそ、只人に過ぎない彼が持つ唯一の強さだった。
「クロードくん、お客様が来たよ!」
ソフィが案内したのは、先代領主の跡を継いだばかりの若き侯爵マルク・ナンドと、影ながらクロードを支え続けてくれた隣領の主、ヴァリン公爵だった。
「辺境伯殿、この目出度き日にお会いできたこと、誠に光栄だ。恥ずかしながら、貴殿があの血の竜を屠る瞬間を、私もあのバナン川で見ていたのだよ。あの瞬間、私は貴殿に男として惚れこんだ。貴殿の栄光ある道を是非、盟友として共に歩きたい」
「あ、ありがとう」
クロードと固い握手を交わしたマルク・ナンドは、一見体育会系の陽気なアンチャンといった風情の青年だった。
駱駝色の髪を丁寧に整えて、黒い瞳には情熱の光があかあかと燃えている。
一目見た限り、善人なのだろう。善人ではあるのだろうが――。
どうやらこの若き侯爵、身分を偽って傭兵として血の湖戦に参加していたらしい。命令違反で壊滅したナンド領の傭兵部隊は、彼が率いていたものだ。
(なんで生きているんだ? ハサネ曰く、地元でついたあだ名が”ペシャン侯爵”ってどんだけ厄ネタだよ)
ちなみに、領主が身分を偽るな最前線に出るなという、クロードのまっとうな指摘は……「おまえがいうな!」という四方八方からのツッコミでかき消された。
この世界の場合、契約神器という強力無比な武器が存在するため、貴族や指揮官が最前線で戦うこと自体は名誉とされるらしい。
とはいえ、マルクのあり方は、クロードにはとても危うく見えた。
(ああ、エングホルム領遠征前の僕が、ヴァリン公爵からはこう見えていたわけだ)
目の前の光に目がくらんで、足元が見えていない若造。それでも、ずっと支えてくれたことには、感謝の言葉しかない。
「ヴァリン公爵、お久しぶりです。お元気そうで良かった」
「ふ。まだまだ若い者には負けんよ。この栄えある日に、わしが居らねば画竜点睛を欠くというもの。そうじゃろう」
「はい、公爵様」
獅子のように豊かな口ひげをゆらして笑うヴァリン公爵とクロードは抱擁し、わずかな時間で密談を交わした。
「レーベンヒェルム辺境伯、考えは変わらぬのか?」
「ええ、すべての侵略者と独裁者を取り除き、僕も裁きを受けます。平和になったマラヤディヴァ国に悪徳貴族なんて不要でしょう」
「わかった。あとのことは任せい」
「お願いいたします」
クロードは深々と礼をして、マルクの方へ向かった。
だから、彼は知らない。背後でヴァリン公爵が、茶目っけたっぷりに片目を瞑り、舌を出していたことを。
「マルクもお前も生き急ぎ過ぎなのだよ。若造めが」
そんな好々爺の姿を見て、アネッテとエステルが飛び付いた。
「ヴァリン公爵……」
「ヴァリンのおじいさま。おひさしぶりです」
「おう、アネッテ嬢ちゃんも、エステル嬢ちゃんも元気そうで何より!」
そして、公爵はアネッテの耳元で囁いた。
「大丈夫じゃ。あやつのことは、悪いようにはせんよ」
花咲の月(四月)一日正午。
ヴァリン公爵を筆頭に、クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯、エステル・ルクレ侯爵、アネッテ・ソーン侯爵、マルク・ナンド侯爵の連名で、ローズマリー・ユーツ侯爵令嬢立ちあいの元、大軍事同盟の成立が承認された。
この同盟成立によって、マラヤディヴァ国ヴォルノー島は一丸となって緋色革命軍に立ち向かうことになる。
午後からは祝いの席となり、会場はオーケストラの演奏が流れる中、てんやわんやの御騒ぎになった。
そこに乗りこんだのが、レーベンヒェルム領軍総司令セイと、護衛官アリス、契約神器・魔術道具研究所所長ソフィ、元領主代行レア、おまけのクロードを加えたバンドグループである。
「待たせたな。皆、約束の時間だ」
姫将軍のやんちゃと呼ばれるサプライズイベントは、大歓声で迎えられた。
いにしえからの童謡、軍歌、流行歌。セイが爪弾くハープとレアの神業じみたオルガン演奏、アリスの躍動的な太鼓捌きに、ソフィの抒情的な歌が聴衆を魅了した。
しかし、クロードが弾いたリュートギターへの評価は、たいへん辛口だった。
「だから言ったじゃないかああっ」
この同盟の後、ヴォルノー島では、演奏を評価する際、”上手”と”下手”に加えて”悪徳貴族”という区分が加わったという。
「そこまで酷くないんじゃないかな!」
これをきっかけに辺境伯は、夜毎、リュートギターの練習にまい進したとされる。





