第87話 聞き覚えのある声
そして、目の前のシチューに向き合う。
ゴロゴロとした野菜と鶏肉がたっぷりと入っている。
濃厚なクリームの香りが、空っぽの胃袋を刺激した。 スプーンですくい、一口食べる。
「……んん~!」
思わず声が漏れた。 美味しい。
野菜の甘みと鶏肉の旨味が、濃厚なホワイトソースに溶け込んでいる。
冷え切っていた体に、温かさが染み渡っていくようだ。
次はパンだ。
焼きたての丸パンをちぎり、シチューにつけて食べる。
カリッとした皮と、ふわふわの中身。
そこにシチューが絡んで、最高のハーモニーを奏でている。
幸せ……。
さっきまでの課題の重圧が、少しだけ和らぐ気がした。
やっぱり美味しいご飯は、最強の回復魔法だわ。
私が夢中でシチューを食べていると。
「あれ? もしかして、エリス?」
後ろから声を掛けられた。
聞き覚えのある、少しおっとりとした声。
私はスプーンを止めて、振り返る。
そこには、大きな魔術師の帽子を被った、紫色の髪の少女が立っていた。
手には山盛りの料理が乗ったトレーを持っている。
「ユリ!」
そう、彼女は試験の時に森で助けた、ユリだ。
泣き虫だけどSランクの魔力を持つ、天才魔術師。
今の彼女は、試験の時よりもずっと大人っぽく見えた。
「やっぱりエリスだ! 後ろ姿が似ているなと思いまして!」
彼女は嬉しそうに目を細める。
「ユリも合格したのね、おめでとう」
「は、はい! あの時、エリスの助けがなければ、私、やばかったです」
彼女はぺこりと頭を下げた。 律儀な子だ。
「ここ、いいですか?」
「もちろん」
私が勧めると、ユリは「ありがとうございます」と言って向かいの席に座った。
そして彼女は、自分のトレーをテーブルに置く。
ドンッ。
結構な重量音がした。
私は改めて、彼女のトレーを見て目を丸くする。
そこには、山盛りのパスタ。 大盛りのサラダ。
スープに、デザートのケーキが二つ。
そして飲み物は、ジョッキサイズの果実水。
「……ユリ、結構食べるのね?」
華奢な体つきからは想像もつかない量だ。
小食そうに見えて、実は大食いキャラだったのかしら。
私の視線に気づいたのか、ユリさんは少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「あ、あの……その……。ここの食堂、無料でおかわりができると聞きまして……。つい、貧乏性が……」
「あ、わかる」
私は深く頷いた。 同志よ。
私もさっきパンのおかわり自由に感動していたところだ。
貴族の学園といえど、みんながみんな裕福なわけではない。
あるいは、私のように没落していたり、地方から出てきて節約していたりする子もいるのだろう。
「沢山、食べちゃいましょう」
「はい!」
ユリは嬉しそうにフォークを手に取った。
私たちは改めて「いただきます」をして、食事を再開する。
ユリの食べっぷりは見ていて気持ちが良かった。
パスタをくるくると巻き取り、上品な口の動きで、しかし確実に吸い込んでいく。
サラダもスープも、すごい勢いで減っていく。
魔法で消滅させているんじゃないかと疑うレベルだ。
「ん~、美味しいです~。学園のご飯がこんなに美味しいなんて、幸せです~」
彼女はケーキを頬張りながら、とろけそうな笑顔を見せた。
か、可愛い。
これは男子生徒が見たらイチコロね。
しばらく食事を楽しんだ後、私たちは一息ついて会話を始めた。
話題はもちろん、今日からの授業のことだ。
「ユリは、魔法科よね? どうだった?」
「担任の先生は、とても優しそうな方でしたよ。授業の内容も、まずは基礎魔力の制御から始めるそうです」
「そうなの?」
「はい。なんでも、入試で実力は見ているから。焦らずじっくり才能を伸ばしていこう、という方針らしいです。座学も多いですけど、実技も楽しそうです」
ユリは楽しそうに話す。
なるほど、魔法科は基礎からコースといった感じか。
皆がついてこられるように、大切に育てようという学園側の意図が感じられる。
「それに比べて……」
私は、自分の手元にある分厚い紙束に視線を落とした。
思わず、深い深いため息が出る。
「エリスは、錬金科ですよね? どうでした?」
ユリが不思議そうに尋ねる。
私は、遠い目をして答えた。
「……地獄よ」
「えっ?」
「担任の先生は、すごく綺麗な人なんだけどね。言ってることは鬼だったわ」
私は、アイラ先生の言葉をかいつまんで説明した。
留年率が高いこと。
退学率も高いこと。
そして、初日から出された、この理不尽な課題のこと。
「自分の好きな色のポーションを作る……ですか」
【作者からのお願いです】
・面白い!
・続きが読みたい!
・更新応援してる!
と、少しでも思ってくださった方は、
【広告下の☆☆☆☆☆をタップして★★★★★にしていただけると嬉しいです!】
皆様の応援が作者の原動力になります!
何卒よろしくお願いします!




