第84話 新たな課題
「――というわけで、週に一度の実技演習があります」
アイラ先生の涼やかな声が教室に響く。
「薬品の調合や精製を行ってもらいます。もちろん、ただ作るだけではありません。実験結果をまとめたレポートの提出も、義務付けていますからね」
レポート。
大学で過ごした、あの眠れない日々。
うっ……胃が痛くなってきた……。
私は思わずお腹を押さえる。
「錬金術師にとって、記録は命です。失敗したデータこそが、次の成功への道標になるの。だからこそ、私は徹底的に書かせますよ?」
アイラ先生は、楽しそうに目を細めた。
その笑顔は聖女のように美しい。
だけど言っていることは、鬼軍曹そのものだ。
教室の空気が、ずーんと重くなる。
さっきまで目を輝かせていた新入生たちの顔が、一様に引きつり始めた。
みんな直感したのだ。
この先生は、絶対に妥協しないタイプだと。
留年率が高いという噂は、どうやら伊達ではなかったらしい。
教室全体を覆うどんよりとした空気。
それを気にする様子もなく、アイラ先生はパンと手を叩いた。
「まだ説明は終わっていませんよ」
彼女は教壇の上を優雅に歩く。
マントがふわりと翻り、金色の留め具が光った。
「一つ、お伝えしないといけないことがあります」
私たちの視線が、一斉にアイラ先生に向かう。
まだ何かあるの? もうお腹いっぱいなんですけど。
アイラ先生は少しだけ口角を上げた。
その表情は、悪戯を思いついた子供のようであり、獲物を見つけた肉食獣のようでもあった。
「早速ですが、皆さんに課題を一つ渡します」
「か、課題?」
誰かが、震える声で呟いた。
入学式の直後だというのに?
まだ教科書すら開いていないのに?
「課題の内容は、簡単です。『自分の好きな色のポーションを作る』のと、レポート作成ですね」
アイラ先生は、さも「お天気の話でもしましょうか」くらいの軽さで言った。
自分の好きな色の、ポーション。
言葉にするだけなら、確かに簡単そうだ。
でも、その難易度を理解した瞬間、私は目を見開いた。
……いやいや、無茶ぶりにも程があるわよ!
私は内心で叫ぶ。
ポーションの色というのは、基本的に素材の持つ魔力特性で決まる。
回復薬なら、リリ草の緑と血液作用の赤が混ざって、赤色になるのが普通だ。
それを「好きな色にする」ということは、薬効を維持したまま、別の素材を組み込んで色を変えるということだ。
ただ絵の具を混ぜるのとはわけが違う。
下手に混ぜ物をすれば、化学反応を起こして爆発するか、猛毒に変わるのがオチだ。
素材の相性、魔力の波長、そして投入するタイミング。
全てを完璧に計算しなければ、狙った色なんて出せるわけがない。
「あの……先生」
「質問ですか? どうぞ」
「素材の指定や、レシピの提示は……」
「ありません」
アイラ先生は、きっぱりと言い切った。
「勿論、ポーションの錬金方法は学園の図書館から書物を漁ってもいいですし。素材は王都内で買っても、採取しても、自由とします。重要なのは、自身で思考し、試行錯誤すること。そして考察、作成方法をレポートにまとめる感じですね」
なるほど。
これは、知識だけじゃなく、発想力と行動力を試されている。
「期限は、来週の最初の実技演習まで」
アイラ先生はそう言いながら、教壇の下から何かを取り出した。
ドンッ! 重々しい音が、教室に響く。
「な、なんだあれは……」
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