第83話 命知らずの雛鳥
アイラ・フェルノート。
その名前を、私は頭の中で反芻する。
一年を担当するということは、私の担任になる先生だろう。
優しそうな名前だけど、その瞳の奥には、鋭い知性が光っている。
アイラ先生は、教壇に手をつき、再び教室を見渡した。
「ふむ……」
私もつれて、周囲をざっと見渡す。
見た感じ、生徒の数は六十人くらいかな。
広い教室に対して、生徒の数はまばらだ。
空席が目立つ。
王立学園の他の学科、例えば騎士科や魔術科は、もっとたくさんの生徒がいるはずだ。
錬金科って、人気がないのかな。
まだまだ結構いると思っていたんだけど。
私がそう思っていると、アイラ先生は私の思考を読んだかのように、ふふっと微笑んだ。
その笑みは、どこか妖艶で、そして少しだけ、意地悪な色を含んでいた。
「よくぞ、錬金科に入っていただけました。愛すべき、命知らずの雛鳥たち」
命知らず?
穏やかじゃない言葉に、教室がざわめく。
「この学科は、錬金術を学び、そして様々なものを生成する場所です。物質の理を解き明かし、無から有を生み出す。それは、神の御業にも等しい、かなり高度な技術を使用します」
アイラ先生は、言葉を切る。
そして、美しい緑の瞳を細めて、私たちに告げた。
「ですので、錬金科は他学科に比べて、入学者数も少ないですし。留年率、また退学率が高いですので、頑張りましょうね?」
にっこりと。
本当、楽しそうに。
彼女は、恐ろしい事実を口にした。
それを聞いて、私は顔を真っ青にする。
留年? 退学?
もし成績が悪くて留年なんてことになったら、学費免除の特権が取り消されてしまうかもしれない。
私以外も、皆同じ表情を浮かべている。
隣の男の子なんて、小刻みに震え始めていた。
なるほど、だから人数が少ないのか。
入るのも難しいけど、残るのはもっと難しいってことね。
てことは、私、よく特別入試で受かったな。
あの試験、本当にギリギリだったんだわ。
自分の運の良さに、今更ながら感謝する。
と同時に、これからのイバラの道を思って、胃がキリキリと痛み出した。
私と一緒に特別入試を受けていた、あの人たちは……。
ふと、試験の時に出会った受験生たちの顔が浮かぶ。
黒髪の剣士、 泣き虫だけど凄腕の魔術師、ユリさん。
そして、謎めいた金髪の聖女様。
彼らは、どこにいったのだろう。
剣士君は、きっと騎士科だろうな。
ユリといったあの女の子は、間違いなく魔法科だろう。
Sランクの魔力を持っていたし。
聖女様は、教養科とか、神学部とかなのかな。
みんな、それぞれの場所で、それぞれの戦いを始めているんだ。
私だけ、弱音を吐いているわけにはいかない。
何より、私を信じて送り出してくれた家族や、ラスール公爵様の期待を裏切ることになる。
私は、頬をパンと両手で叩き、気合を入れ直した。
やるしかない。 どんなに厳しくても、私は絶対に、この錬金科で生き残ってみせる。
私がそう決意を新たにしていると、アイラ先生は、マントを翻して黒板の前に立った。
カツカツと、チョークの音が教室に響く。
「では、脅しはこれくらいにして。さっそくですが、錬金科のカリキュラムについて、説明します」
彼女の声は、先ほどまでの威圧感が嘘のように、事務的でテキパキとしたものに変わっていた。
「一年次は、基礎理論と魔力操作の徹底的な反復が主になります。地味で退屈な作業だと思うかもしれませんが、これができなければ、高度な錬金術など夢のまた夢。爆発して消し炭になりたくなければ、心して聞くように」
爆発。消し炭。 いちいち単語が物騒だ。
だけど、その言葉には、錬金術という危険な力を扱う者としての、責任と覚悟が込められている気がした。
「まず、必修科目は『錬金術概論』『素材学基礎』『魔法陣幾何学』……」
アイラ先生が、黒板に次々と科目名を書き連ねていく。
私は、慌ててノートを開き、羽根ペンを走らせた。
一言も、聞き漏らすまい。
私の、錬金術師としての第一歩が、今、ここから始まるのだ。
「そして、週に一度、実技演習があります。ここでは実際に、ポーションや簡単な魔道具の作成を行ってもらいます」
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