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【書籍化決定】転生処理ミスで貧乏貴族にされたけど、錬金術で無双します!~もふもふとお金を稼いで家を救います~  作者: 空月そらら
第二章

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第80話 喧騒の余韻と、煉獄への道しるべ

「はあ……本当に疲れるわね」


 私は講堂の重厚な扉を抜け、外の空気に触れた瞬間、肺に溜まっていた澱をすべて吐き出すように、深いため息を漏らした。


 春の陽気を含んだ風が、火照った頬を優しく撫でていく。


 本来なら心地よいはずのその風も、今の私には、嵐の後の静けさのようにしか感じられなかった。


 先ほどの、ルートスの演説。


 あれを聞いた瞬間、私の心臓は止まるかと思ってしまった。


 ――いや、止まるどころの話ではない。


 早鐘を打つ鼓動は、肋骨を内側から叩き折らんばかりに、暴れ狂っていたのだから。


『この王国随一の、偉大な錬金術師』


 あの言葉が、今も耳の奥でリフレインしている。


 それくらい、あの瞬間の会場の熱気は凄まじかった。


 物理的な圧力となって、私の肌をびりびりと刺してきたのだ。


 やはり、不治の病とされた公爵家の令息、ルートス・レイ・ラスールを救ったという「救世主」の存在は、これほどまでに注目を集めるものなのか。


 新入生たちの興味は、その正体不明の学生――つまり、私という一点に注がれていたと言っていい。


 ばれてない、わよね?


 私は思わず、フードを目深にかぶり直したくなる衝動に駆られた。


 もちろん、今日はフードなんて被っていないし、誰も私がその「錬金術師」だなんて気づいていないはずだ。


 今のところは、ただの没落貴族の娘として、風景に溶け込んでいる……はず。


「てか、あの子めっちゃ睨んでたな……」


 ふと、脳裏に焼き付いた光景を思い出す。


 ルートスの前に登壇し、最初に演説を行った少女。


 宰相アルバ公爵の愛娘、ソフィア・ラーザ・アルバ。


 まさか、あんなに近い場所で、アルバ公爵家の人間を見ることになるなんて。


 遠目に見ても、彼女の容姿は際立っていた。


 美しい赤髪、その中で妖しく輝く、最高級のルビーを埋め込んだような赤い瞳。


 身にまとった深紅のドレスは、彼女の傲慢さと気高さを、これ以上ないほどに主張していた。


 本来ならば、私のような「名ばかり伯爵家」の人間とは、生涯交わることのない、雲の上の存在だ。

 

 ソフィアの演説は、完璧だった。


 貴族としての責務、国への忠誠、そして偉大なる父への賛美。


 隙のない、優等生の模範解答のようなスピーチ。


 だけど――。


 ルートスが口を開き、会場の空気を一変させた瞬間。


 彼女の表情は、見るも無残に崩れ去っていた。


 話題をすべて持っていかれたことへの屈辱か。


 それとも、ライバルであるラスール家に遅れを取ったことへの焦りか。


 彼女は、酷く苛立ちを募らせているように見えた。


 その端整な顔立ちには、隠しきれない自尊心の傷と、煮えたぎるような激情が、べたりと張り付いていたのだ。


 まるで、精巧に作られた陶磁器の仮面に、ピキリとヒビが入ったように。


 まあ、それは仕方ないわよね。


 私は少しだけ同情しつつも、冷静に分析する。


 だって、ルートスの演説は、ソフィアのそれを遥かに上回っていたのだから。


 形式ばった言葉ではなく、死の淵から生還した者だけが持つ、命の重みと感謝の言葉。


 それが、人々の心を打ったのだ。


 とはいえ、あのソフィアという少女。


 あの燃えるような赤い瞳で、壇上のルートスを睨みつけていた姿は、決して忘れてはいけない気がする。


 彼女もまた、この学園で私が乗り越えるべき、大きな壁の一つになるだろうから。


「……さてと」


 私は、頭を振って余計な思考を追い払うと、周囲を見渡した。


 入学式が終わり、講堂からは次々と新入生たちが吐き出されてくる。


 皆、これからの学園生活に胸を躍らせ、新しい友人と楽しげに会話を交わしている。


 その喧騒の中にいると、少しだけ孤独を感じてしまうけれど、今は感傷に浸っている場合じゃない。


「次は、指定されたクラスに行かないと」


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