ただの男は聖剣を破壊する
07
「次の者、前へ」
肩を落とした候補者が目に涙を浮かべながら戻ってきた。
これで八人目だ。茫然自失という様子の人を見ていると、こっちも段々気が滅入ってきた。
「おいおい、次の奴はちゃんと抜けるんだろうな!」
「根性見せろよ!」
周囲の観客から次々と野次が飛ぶ。
「次は俺だな!」
隣の男が鼻息荒く聖女の元へ向かう。が、極度の緊張からかぎこちない歩き方になってしまっている。
大丈夫かと心配していると案の定噴水の段差に足を引っかけて転倒してしまった。
「だはははは! なにやってんだ兄ちゃん!」
「歩き方教えてやろうかー!」
少し野次の飛ばし方が意地悪い気もしなくはないが、教会側は誰も咎めようとしない。
「う、うるせー! 見てろよジジイども!」
転倒した男が羞恥で顔を赤くしながら吠える。すると観客がどっと沸いた。
「おうおう、見せてみろ」
「抜けたら俺の店で好きなだけ飯食ってけよ!」
あちらこちらから聞こえてくる声援に男は照れくさそうに頭を掻いた。
ああ、そうか。候補者の緊張をほぐすためにわざと野次を飛ばしているのだ。
聖剣の儀は十七歳であれば誰でも参加できるわけではなく、聖剣祭開催月に十七になる人間しかこの儀式には参加できない。
該当する勇者候補は事前に聖都から知らせが届き、同封された腕輪にある種の誇りのようなものを抱いて日々をすごす。その思いは日に日に抑えきれないほどに大きくなり、自身に対する期待が膨れあがっていく。そして、それはこの儀式を見にきている観客も同じなのだ。
ただ、その期待が勇者候補に要らぬ緊張を与えていることを知っている。だから、あえて野次を飛ばすことで意識を他のことへ向けて少しでも楽な状態で挑んでもらおうとしている。
その証拠に気弱そうな人には優しめに、今の男のように気負いすぎている人には発破をかけるといった具合に、人を見て野次の仕方を変えている。
ちゃんと人を見て気遣っている。それがわかっているから、教会側もなにも言わずに静観しているのだろう。
そう言えばイバーンが聖剣の儀は今では成人の儀式や度胸試しの意味合いが強くなってきていると言っていた。
こうして野次を飛ばし飛ばされる様子を見ていると、なるほどそんなものか、と納得できた。
「クソっ……ビクともしねぇ!」
男は聖剣の柄を握ると左右に動かしてみたり、押し込むようにしてなんとか岩から引き抜こうと必死の形相で食らいつくが、虚しいことに少しも動く気配はない。その様子を見て観客は沸き、声援を送る。その声に応えようとして、力んで真っ赤になった顔を見ていると、いつの間にかこちらまで手に汗を握って応援してしまう。
「そこまで」
しかし、聖女の無慈悲な一言で挑戦の時間は終わりを迎える。
「なんでだよ……ちくしょう!」
勇者に選ばれなかった悔しさからか、男は空に向かって吠え、そのまま観客の方へ向かって雑踏に消えてしまった。
「さあ次の者、こちらへ」
聖女の聖痕の浮かんだ瞳が僕を映す。夢破れた若者が走り去っても表情に憐れみの一つも浮かべないのは、こういったことに慣れているからか。それとも下々には興味がないのか。
「……はい」
居心地の悪さを覚えつつ聖剣の前に立つと、聖剣を引き抜けなかった勇者候補者たちと観客の視線が一斉に注がれる。
怖い。矢のように突き刺さる視線に僕は息を呑む。野次が飛んでいるような気もするが、洞窟で反響する声のように聞こえてしまい、なにを言っているのかはわからない。
心臓が痛いほどに早鐘を打つ。
「聖剣に願いなさい」
聖剣の柄を両手で握る。が、震える手では満足に力を込めることもできない。
どうしたってんだ。やるんだろ。なんのためにここまできたんだ。
僕は変わる。変わるんだ。変わらなきゃいけないんだ。
やれやれやれやれやれやれやれやれやれやれやれやれやれやれやれやれやれやれやれ。
「いきます」
頬の内側を噛んで気合いを入れる。血の味がしたが、恐怖と共に飲み下した。
頼む。僕に──。
目を閉じて深呼吸をする。そして、全身の筋肉に力を入れ一気に引き抜こうとした瞬間。
乾いた枝を折るような音と共に、あれだけ沸いていた観客が水を打ったように静まり返った。
「うそ……」
隣の聖女が溜息をつくように呟いた。
「せ、聖剣が……」
勇者候補だった一人の女が愕然とした顔で呟く。そして、後を引き継ぐように隣の男が言った。
「折れた……」
その言葉を聞いても僕は視線を落とすことはしない。何故なら折れていることなど、当事者の僕が一番よくわかっているから。
見ないようにしているのは単に見たくないから。つまり現実逃避中ってわけ。と、そんなことを考えていると、ざわりと観客の一部が騒めくのが聞こえた。
「捕らえろ!」
誰かの怒号を耳にするのと、頬を打ちつけた痛みを感じたのは同時だった。
なにが起こったのかと逡巡して、僕を見おろす聖女が視界に入りようやく組み伏せられているのだと気づく。
「まっ……待ってください!」
「抵抗するな!」
必死に顔を捩って背後を横目で伺うと、黒いマントを羽織り、長く伸ばした金髪を緩く括っている男性が僕を睨みつけていた。
「貴様を聖剣破壊の容疑で捕縛する」
金髪の男性の一言が継起となり、その場は一気に騒然としだした。
あちらこちらから飛び交う罵詈雑言や悲鳴。後方に控えていたルカス教の人たちが聖女をとり囲み、僕という危険から遠ざけようとしている。肝心の聖女は先ほどまで人形のように無表情だったというのに、今は呆けた顔をして僕を見ていた。
「隊長!」
「麻袋と縄を持ってこい」
「はい!」
頭のうえで僕を押さえつけている男が集まってきた部下と思わしき集団に命令を飛ばす。バタバタと走り回る音が嫌に耳についた。
「待って……僕は、なにも」
ようやく絞り出した声は擦れていて、周囲の喧騒に飲まれて消えてしまう。
イバーン助けてくれ──。
募り出した焦りに視線でイバーンに助けを求めようとした。しかし、視界に映るのは僕の元へ押しかけようとする人々を決死の表情で抑え込み、事態を収拾させようと奔走するルカス教関係者の人たちだけ。たまに人垣の隙間から誰かの顔が見えることはあるが、その顔は決まって憎しみと怒りに歪んでいた。
無理もない。教徒にとって大切な聖剣を折った相手など、百回殺しても殺したりないだろう。
押し寄せる人の波を抑えている人たちも、背中越しに視線を向けていて、その瞳にはどうして自分たちがこんなやつを守らなければならないのかという憤怒の色がありありと浮かんでいる。
そんな阿鼻叫喚の最中、一人だけ違う視線を向ける人物がいた。
短く刈り揃えた白髪と蓄えた口髭が特徴的な初老の男性は、周りの人たちとは違いとても穏やかな目をしてた。成長した孫を見守るような瞳には、いかなる負の感情もない。
向けられている視線は孫の成長を見て微笑む好々爺のような暖かさがあった。
「たっ助け──」
「暴れるな!」
背中に体重をかけられて息も苦しいなか、半ば叫ぶように最後の力を振り絞って声を張りあげる。しかし、それが逃げようとしたと思われたのか、首を押さえつけられた。そして、次の瞬間には麻布を被せられて視界を奪われる。
「やめてくれ! 僕はなにも──」
「話は後でゆっくり聞いてやる」
無理やり立たされると複数の人間によって引きずられる。抵抗などできるはずがなかった
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