ただの男は少女を知る④
第三章
30
空を流れる雲を見あげながら戦闘を歩く二人から少し距離をとって、僕は腰に差した剣の柄をトントンと指先で叩いていた。
早朝と言うこともあり、肌寒さの残る時間帯だが、ルカスとミラには関係ないらしい。
ディナスカリヤードを出てからずっと二人で盛りあがっている。
「すっげー! ドラゴンなんて本当にいたんだあ!」
「あれらの巨大な鱗は一枚だけで数十の鎧を賄えたし、牙や爪は加工するのが難儀じゃったが、途轍もない切れ味の剣や斧になった。それ以外にもドラゴンの肉を食うと数百年生きられるとか、目玉を舐めた者は未来を見通す力を宿すことができると言われていての。ものすごく強くて倒した人間はほとんどおらんかったわい」
「でも、ルカス様は倒したんでしょ!?」
「そりゃ、ガッといってからグッとやって最後にズドンよ」
「か、かっけえ……」
こんな感じでルカスの武勇伝や今では伝説として語られるような生き物の話などを聞いては、ミラが感嘆の息を漏らしたり歓喜の声をあげたりしていた。
「ぎゃはははは! そうじゃろ! 儂ってかっこいいしすごいんじゃあん」
そして、疑いの意見など一切挟まれず、いいように持ちあげられたルカスは酒に酔ったかのように顔を真っ赤にして馬鹿みたいに喜んでいた。
最強の味方を手に入れたルカスは止らないし、憧れの勇者と話しができていることに興奮が収まらないといった様子のミラを止める手段は僕にはない。というか、疲れるからあんまり関わりたくないです。
「じゃあ次は絶世の美女であった人魚の話でもしちゃおうかな!」
「に……人魚だってー!?」
「はあ……」
魂の抜けるような僕の溜息は、きっと二人には届かないだろう。
◇◇◇
「なに、僕たちをつけていた人間がもう一人いた?」
「うん。いつからいたかはわからないけど、あーしが気がついたのは二人がアーケットにいたときだったよ」
「それってほとんど最初からじゃないか?」
「多分そうだと思うけど」
「でも、ミラがそいつに気がついたってことは向こうも同じだったんじゃないか?」
「それはないと思うよ。あーしよりもそいつは二人に近い距離にいたから。あーしはもっと後ろから観察してたんだ」
ミラの情報とは、僕とルカスをつける人物がもう一人いたというものだった。
その話を聞いてまず、あり得ないと思った。ミラは例外として、僕をつける理由として一番に考えられるのは、女装した僕をレノン・ハルマイトと知っているからだ。
「そいつはどんな様子だった?」
「どんなって言われてもなあ……なんかじっとレノンのことを見つめてたよ」
「もしかして女装したお主に惚れた奴が尾行してたんじゃないかの」
「やめろ」
気持ち悪いこと言うなジジイ。
「顔は見てないの?」
ミラの話を聞いてずっと難しい顔をしていたノヴァが問う。
「ごめんなさい。フードを被っていたので顔は見えなかったんです。あ、でも、ちらっとですけど綺麗な金髪が見えたかもしれないです」
「金髪?」
「はい。多分長い髪を肩から前に流していたんだと思うんですけど」
自信がないのか、ミラは尻すぼみになりながら上目ずかいで言った。
ノヴァは「ふむん」と零して、顎に手を当てて思案顔になる。
黒フードに金髪。その二つの単語になにか引っかかりを覚えた。つい最近どこかで該当する人物を見たような……。
「もしかしたら、その尾行者は勇使隊一番隊隊長のアドミル・フルシドラかもしれない」
そんなとき、先ほど思案顔になったばかりのノヴァがはっと顔をあげて言った。
「誰です、それ?」
「聖剣が破壊されたときに、いの一番にレノンを捕らえた人物だよ」
「……ああっ!」
思い出した。確かに地面に組み伏せられたときに、そんな髪の色をした男性を見た。
あれが一番隊隊長のアドミルなのか。
「でも、どうしてそのアドミルさんが僕たちをつけてたんでしょうか」
「それはわからないよ。ただ、彼については最近変な噂があってね」
「変な噂?」
「三月ほど前だったかな。一番隊にある村での任務が言い渡されたんだけど、その任務から帰ってきてからどうにもうわの空で、隊員の訓練にも身が入らない様子だったそうだ。それ以外にも聖剣の前で半日以上も祈りを捧げていたり、聖堂の書庫に籠って一日中書物を読み漁っていたりね。任務に支障が出るほどではなかったから、総隊長も軽く注意した程度ですませたらしいんだけど、相変わらずの様子らしくてね」
「なんじゃそれ。恋煩いか?」
「どうにもそういう相手がいる様子はないそうです。それに最近は」
ノヴァはここで一度言葉を区切って、
「夜中に警備をしていた複数の隊員から、聖剣を見つめながら『勇者に選ばれなくても』とぶつぶつ独り言を零している様子を目撃されています。そんなこともあって、アドミル隊長は聖剣に心を奪われていると噂されるようになっているんです」
と、声を潜めて言った。
「そのアドミルとやらはずいぶん聖剣に執心しているようじゃな」
「はい。彼は勇使隊でも一番の剣の使い手で、特に聖剣フェフリンピオーダスに強い憧れを持っていたようです。だから、もしかしたら聖剣を破壊したレノンを許せずに……」
「個人的に罰を与えようと……?」
自分で言って全身が粟立ってしまった。
「いや、これはあくまで一つの可能性だよ。私としてはアドミルが一時の感情に流されるような愚物でないと信じている。きっとなにか他に理由があるのだろう」
そう思っているなら怖くなるようなことは言わないでほしい。
「しかし、そうなるとアドミル殿はこちらの関係を知っている可能性がありますよね」
朱人が険しい顔をして言う。
「そうだね。彼が僕を尾行する理由なんて、女装した中身が僕だと知っているからくらいしかない。多分ノヴァと僕が裏で繋がっていることも知っているんだろう。でも、それを黙っているということはルカス教を裏切る行為になるはずだ。にもかかわらず捕まえようとしないとなると、彼には彼なりの考えがあって行動していることになる」
「じゃあレノン様は純粋にルカス教や聖剣を思う気持ち以外にも、裏になにかがあると?」
「うん」
具体的な理由が見えないからこそ、アドミルの行動にはどこかきな臭さを感じる。
「となると問題行動の起点となるのは任務だったということになるわけじゃが、ノヴァよ。それは具体的にはどんな任務だったんじゃ?」
「近年問題になっている異常生物の討伐です」
「なんじゃ、異常生物って」
「原因は不明なのですが、なんらかの要因で巨大化し、狂暴化してしまった動物たちをそう呼んでいます。繁殖力が強く、また、巨大化によってかなりの戦闘力を有しており、討伐にも苦労しているのです」
「今はそんなもんが世の中におるのか」
「幸い人通りの多い街道には出てきませんが、人気のない森などを中心に生息が拡大していて大きな問題になっています」
「それじゃ、異常生物の討伐がそやつの異変のきっかけか?」
「いいえ。これまでにも何度も討伐任務に向かっているので、今回だけなにかがあったとは考えにくいです。それに任務については特に問題はなく予定通りだったと報告があがっています。だから、討伐任務が原因というよりも村でなにかがあったのかと」
確かに異常生物がというよりも、その村でなにかしらの出来事があってそれが原因となっていると考えた方が納得感はある。
「その村はどんなところなんですか?」
「そこは初代聖女様の生まれ故郷なの。聖都が完成したときに住民全員が移住して廃村になったんだけど、歴史的に価値のある場所だから、現在は聖都が定期的に清掃したり現状を維持するための活動をして管理しているの」
「普段は勇使隊が管理を?」
「いいえ。基本的に人は常駐させてない。月に何度か人を送って保全活動をしている。今あの村を訪れるのは巡礼者くらいじゃないかな」
「だったらそこに行ってみましょう。ここで話していても埒が明かないし、もしかしたらアドミルさんの異変の原因を知ることができるかもしれない」
「そうじゃな。どうにもそやつの行動の裏にはなにかありそうじゃし、もしかしたら思わぬところから暗殺計画の手がかりが見つかるかもしれん」
僕らの提案にノヴァは少し考える素振りを見せたが、すぐに頷いてくれた。
「そうね。今のままじゃ手詰まりだし、せっかくミラが情報を持ってきてくれたんだから、そっちを調べてみましょうか」
「あーしも行くぞ!」
ミラが僕の腕を胸に抱いて離れるものかと密着する。
……ふむ。固いな。
「あんまり目立つ行動はしないでくれよ。僕はここでは大罪人ってことになってるんだからな」
「まかしとき!」
僕が頷いてやると、ミラはぱっと離れて薄い胸を叩いて満面の笑みを浮かべた。本当にわかっているのか一抹の不安がよぎる。が、彼女のおかげで新たな目的ができたのも事実だ。
残された時間は四日。この限られた時間で暗殺計画を阻止し、なんとしても無実を勝ちとらなければ。
ここまでお読みなってくださりありがとうございます。
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