ただの男は少女を知る③
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「理由はわかりました。でも、一つ聞かせて? ミラさんは勇者だと証明できれば、と言ったでしょう。一体どうやるつもりだったの?」
ノヴァの問いにミラは口をもごもごとさせるだけで答えようとしない。
「それは……」
「それは?」
ミラはしばらく答えるのを渋っていたが、ノヴァの優しい声にほだされたのか、それとも観念したのか、俯きながら白状した。
「……昔から腕っぷしは強かったから、騒ぎを起こして勇使隊と喧嘩でもしてれば、そのうちあーしのことが聖女様の耳に入るかなって思ってました」
「ふうん……」
流石のノヴァも、この返事には思わず呆れたと言わんばかりに肩から力が抜けていた。
村を助けたいという想いは立派だが、考えと行動が伴わない辺りは年相応と言える。ただ、現にこうしてノヴァと出会えて、更には本物のルカスに素質があると認めてもらえたのだから、結果的には上手いこと行ってはいる。
「そういうことだったのね。事情は理解しました」
ノヴァはミラの手を取り立ちあがらせ、両肩に手を乗せて聖女らしい慎みさと全てを包み込むような暖かい笑みを浮かべて言った。。
「もう安心しなさい。私がラフィドルを助けます」
「はいっ……はいっ……」
その一言はミラにとってまさに神からの祝福と呼べるものだっただろう。
目元を乱暴に拭いながら擦れて震える声を吐きながら何度も繰り返し頷く姿は、苦労や努力が報われて感極まった人のそれだった。
その様子を見ているだけで、これまでミラがどのような思いを抱えて生きてきたのかが伝わってくる。
ノヴァはぐずる子供をあやす母親のように、ミラを抱き寄せて頭を優しく撫でる。
次第に大きくなっていく嗚咽が今まで必死に堪えてきたものの大きさを物語っている。
ミラの勇者になりたかった理由を聞いてから、僕は漠然とある思いを抱いていた。
僕の勇者になりたかった動機は、あまりにも自分本位だったのではないだろうかと。
◇◇◇
ひとしきり泣いて落ち着いたのか、ミラは人前で醜態をさらしてしまったことを恥じて少しだけ頬を膨らませて不貞腐れている。
そんな姿が可愛いく映るのか、ノヴァは目尻をさげながらミラの頭をまた撫でだした。それがくすぐったかったのか、首をすくめて抵抗するも結局されるがままになっている様が、歳の離れた姉に構われて満更でもない妹のように映った。
「あの、一ついいですか?」
「なに?」
頭を撫でられながらミラがノヴァに問いかける。
「実はあーし聞いちゃったんです。その……暗殺計画がどうとか」
その瞬間、可愛さに緩んでいたノヴァの瞳が見開かれ、そしてゆっくりと視線を動かして僕らを捕らえる。
しまった。気をつけていたはずなのにどこで聞かれたんだ。
「あ、あ、あ、あ、あ、暗殺計画ってなんのことだ。き、聞き間違いじゃないか?」
あまりのどもりっぷりに視界の端でノヴァが額に手を当てながら溜息をついたのが見えた。
……いや、言われなくてもわかってるから。すみませんね、想定外のことに弱いもんで!
「太った男の人とお店から出てきた後、あんた一人で騒いでたじゃない? そのときにルカス様がぽろっと零したのを聞いたんだ」
「うわー、あれ見られてたのぉ……」
首からうえが火をつけられたのかと思うほどに熱くなる。
今思い出してみると……いや、思い出したくないです。ちょっとでもルカスに宥められていたときのことが頭によぎるたびに、先ほどのミラのように頭を地面に打ちつけたくなる衝動に駆られるのに、あの場面をミラに目撃されていたとかもう最悪です。
「あの、もしかしてその暗殺計画って、聖女様を狙ったものだったりしますか……?」
羞恥に悶絶する僕を置いて、ミラがおずおずとノヴァ本人に尋ねた。
「どうして?」
「いや、特に理由はないんですけど……。でも、そんな気がして」
ミラは曖昧に濁して話すが、もう確信しているのだろう。
ミラの話では聖都に着いたのは三日前だった。恐らくその間に聖女に関する暗い噂に触れていたのだ。そこに暗殺計画という言葉を結び付ければ、ノヴァが狙われているといいう考えに行きつくのは不思議なことではない。。
流石にこの状況ではぐらかしたり、言い逃れしたりといったことは無理だろう。
「レノン、もう全部話してしまおう。それで納得してもらうしかない」
ノヴァはもう隠すという選択をすることを諦めたようだった。
「でも……」
「その方が我々の状況を理解してもらえるだろうし、適当なことを言って欺こうとすれば、ミラさんは納得せずに余計に首を突っ込むだろう」
「突っ込みます!」
「ほらな」
本人もその気でいる時点で、もう他に選択肢はなさそうだった。
本音を言えば万全を期すためにミラの故郷などの話の裏をとりたいところだが、あいにくそんな時間も人員も僕らにはない。
頷いてしまってもいいような気はする。だが、最後の最後で戸惑ってしまう気持ちがあるのも事実だった。
「じいさん、ミラは信用できるかな」
だから僕は、決め手の一手をルカスに託すことにした。
まさか話を振られるとは思っていなかったのか、ルカスは面食らったような顔で僕を見つめてくる。
「共犯なのは僕とノヴァだけじゃない。アンタも一緒だろ、だから意見を聞きたい。勇者であるルカスの目で見て感じたことを教えてくれ」
「儂は……」
ルカスの顔が自然とミラに向かう。無言のままに交わる視線。しばしその時間が続くと、全てを悟ったかのようにルカスは大きく頷いた。
「儂は、この女子を信頼してもよいと思う。勇者を目指す者は清廉潔白で、守りたいもののために戦う覚悟がなければならん。ミラは十分にその土台ができあがっていると思う」
ルカスは前に出るとそっとミラの頭に手をおく。精神体では触れられた感覚はないはずだが、ミラはくすぐったそうに眼を瞑った。
「儂はこやつを信じるぞ」
それだけ聞ければ十分だ。
「なら僕はアンタの判断を信じる」
「よし、話は纏まったね。それじゃあ、ミラさん。今から話すことは全て真実だ。だから他言無用で頼むね」
ミラはこれから聞かされる秘密に、緊張を飲み込むように大きく唾を嚥下してから頷いた。
◇◇◇
「聖女様が何度か名前を呼んでいたから、もしかしてとは思っていたけど……アンタがあのレノン・ハルマイトだったとはね……」
事情を全て聞いたミラが口を開いて始めに言ったことがこれだった。
まさか聖剣破壊の犯人が裏で暗殺計画を止めるためにノヴァと手を組み、女装をして聞き込み調査をしていたとは想像していなかったらしい。
ミラは鼻が触れそうになるまで顔を近づけると、しげしげと僕の顔やら服装を観察していた。
「あーしが女装をしてるって気がついたのは、たまたまアンタが男の声のままで話しているところを聞いたからだけど……。でも、すごいね。それがなかったら全然わかんなかったよ」
その感想を聞いて朱人が無言のまま勝ち誇ったように胸を張る。変装のために胸はさらしで潰されていて一切主張はしていないが、もし普段の装いだったらきっと魅力的な山が二つ並んでいい眺めだったんだろうな……と言いたげなルカスが悔しそうな顔をしている。
「まあ、そういうことで僕とノヴァは共犯という形で協力をしているってことだ。だから君もこのことは──」
「わかった! そういう事情があったんだったらあーしも手伝う!」
いや、わかっていませんよお嬢さん……。
「はあ? いやノヴァの話を聞いてたか? これは命懸けなんだぞ。君が関わる必要なんてないだろうが」
「いいや、あるね。だってあーしはルカス教徒だよ。聖女様のお命が危険に晒されてるなら守りたい」
「いやミラさん、この問題はレノンの言う通り危険なんだよ。私が打ち明けたのは手伝ってもらうためじゃなくて、納得して帰ってもらうためだ」
「納得はしました。そのうえで、あーしは残って聖女様のお力になるつもりです」
先ほどの弱々しい態度から一転、ミラは強い意思の宿った表情で頑として自身の主張を曲げない。ノヴァに対しても、一歩も譲るつもりはないようだ。
こうなる予感はしていた。ミラという少女は、こうと決めたらちょっとやそっとのことで自分の意思を曲げることはしないというのは、ここまでの話で大体想像がついていた。
だからこそ、僕らの置かれている状況や危険性をしっかりと伝えて納得してもらうことが一番穏便にすませるやり方だと思っていたのだが、考えが甘かったらしい。
「うんと言ってくれるまで、あーしはここから動かない!」
そう言ってミラはその場に腕組みをしながら胡坐をかいて座り込んでしまった。呆れ顔の朱人が脇に手を入れて立たせようとするが、余程力を入れて踏ん張っているのか、胡坐状態のまま持ちあげられていた。
「子供みたいなこと言って聖女様を困らせないでください」
「あーしまだ子供だし!」
「この、クソガキ……」
「クソガキでいいし。あーしは絶対に聖女様を守る。だってもし聖女様の身になにかあったら、村の支援の話が流れちゃうかもしれないでしょ。そうなったら困るもん」
実際、現状で暗殺計画を止める手立ても犯人の目星もついていない。このまま行けば、遠くない未来にノヴァが凶刃に倒れる可能性は高い。
そうなった場合、次の聖女が現れるまでのごたごたで話が流れてしまう可能性は十分にあった。仮に、次の代の聖女がミラの要望を聞いたとしてもすぐに支援の手を差し伸べてくれるかはわからない。
「そうならないようにレノン様が犯人を見つけようとしているのです。役に立たない貴方がいると邪魔なんですよ。わかってます?」
「腕には自信があるから役には立つもん。それにとっておきの情報だって持ってるし」
「情報? なんですかそれ。早く言いなさい」
「連れてってくれるって約束してれなきゃ絶対言わない!」
「またそんなこと言って……。どうせ嘘なんでしょ」
「嘘じゃないもん」
ミラは疑われたことが余程腹に据えかねたのか、むくれて余計に体を固くして断固として動かないと主張した。
これでは聞き分けのない子供そのものだが、本人も言うように事実子供なので仕方がない。
しかし、だからといってこのまま時間を無為に食いつぶしていくわけにもいかない。
ミラは見張りの勇使隊員を昏倒させたと言っていたが、その人物がいつ目を覚ますかもわからず、一度目覚めてしまえば誰かにやられたと騒ぎ出すはずだ。
そうなれば一番に疑われるのは僕で、きっと大勢の勇使隊員がこの部屋に詰めかけるだろう。
その後に起こることなど、考えたくもない。
さっさと決着をつけてしまいたいが、さてどうするべきか……。
「わかったよ。ミラさんが私たちの仲間に加わることを認めます」
と、僕は苦々しく思っているとノヴァが驚くほどにあっさりと仲間になることを認めてしまった。
「ちょっ、本気ですか?」
「しょうがないでしょ。元々全部話すって決めたときにこうなるのはなんとなく想像してたし。それにミラさんだったら相当の戦力になってくれるだろうから、仲間に加えても損はない」
「それは、そうですけど」
納得が行かない僕を置いてノヴァは手を差し出し、ミラは何の疑いもなくその手を握った。
「これで私たちは共犯よ。今後貴方のことはミラと呼び捨てにさせてもらうわ。だから、ミラも私のことはノヴァと呼んでちょうだい」
「え……! そんなあーし如きが聖女様を呼び捨てにするなんて出来ませんよ……」
「できないじゃなくてやるのよ。それが私たちのルール」
「は、はひ」
「よろしい。ではさっさとミラの持っている情報とやらを吐きなさいな」
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