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偽物勇者は剣を折る  作者: 雨山木一
第二章

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ただの男は少女を知る

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 どうやらその疑問にたどり着いたのは僕だけではなかったらしい。ノヴァも困惑した表情を浮かべていた。


「ちょっと待ってくれ。このじいさんが見えてるのか?」


「見えるぞ? てか、皆見えてるだろ?」


 僕の問いにミラは小首を傾げながらきょとんとした顔をして答えた。

 あり得ない。ルカスは自分の姿を見ることができるのは、聖女であるノヴァと僕だけだと言っていたはずだ。

 どうしてミラがルカスのことを目視できるんだ。


「おい、じいさん。どうしてこの子にアンタの姿が見えてんだよ。僕とノヴァ以外には見えないって言ってたよな」


「おう。確かに言ったぞ」


「じゃあなんで」


 まさかこのジジイ、僕に嘘をついていたんじゃないだろうな。

 そんな疑いが首をもたげて、つい口調が荒っぽくなる。しかし、ルカスは僕の怒りなど意に介さない様子で顎髭を撫でながら答えた。


「うーん、まずあり得んじゃろうからと言っておらんかったのじゃが、端的に言ってしまえば、この娘っ子が儂を見ることができるのは勇者としての素質があるからということになる」


「はあ!? どういう意味だそれ」


「まあまあ落ち着きなさいよ。ちゃんと説明してやるから」


 そう言ってルカスは地べたに腰をおろし、どっしりと構えた。


「いい機会じゃから始めに今の儂がとっている精神体という状態の話をしておこうかの。そもそもこの精神体というのは、儂の魔力と意識をぎゅっと一点に集中させて留め続けることで構成されておるんじゃ。じゃが、それは自然の摂理に反した行いでもある。川の流れは常に上流から下流に向かって流れておるが、儂はその流れに逆らっておると考えてもらえばわかりやすいかの」


「私の知る限りでそんな芸当を可能にするのは原初の魔道だけだと思うのですが……」


「そうなのか? まあ儂はその辺のことは詳しくないから知らん。使えるから使っとるだけじゃからな」


「さ、さすがルカス様です……」


 頭の悪い返答にノヴァが引き気味になっていることにルカスは気づく様子はなく、そのまま誇らしげに胸を張りながら続ける。


「これも勇者の膨大な魔力がゆえに成し得ておるわけじゃが、流石に自然の摂理に逆らっておってなんの問題もないというわけにはいかん。流れの一部を遮ることで淀みや歪みが発生してしまうんじゃ。更に精神体は存在するだけで微量な魔力を外部に放出してしまうものなんじゃが、厄介なことにそれらは自然や人に悪影響を与えてしまう」


「悪いことだらけじゃないか」


 勇者のくせにと世のなかに毒を垂れ流すような真似すんじゃねえよ。


「じゃから儂は魔力を無害なものへと変換すると同時に、変換済みの魔力を使って淀みや歪みをできるだけ正常に戻すようにしておる。が、それでもわずかに流れを阻害する抵抗が残ってしまう。お主や聖女は、その抵抗感を体で感知することができるから儂を目視することができるのじゃ」


「でも、どうして僕やノヴァは抵抗を感知できるんだ?」


「一般人は流れに違和感があっても、それを感知することはできん。じゃが二人は己のなかに宿す勇者の力が、儂が起因となった抵抗に敏感に反応しておるんじゃ」


「いや、あり得ないだろう」


「あり得んことないわい。聖女に選ばれたものは勇者の力の一部をその身に宿すことは知っておるじゃろう」


「いや、それは知ってるけど……。そうじゃなくて僕にそんな力はないはずだ」


「お主の場合は聖剣が折れたときに剣に溢れんばかりに溜まっておった勇者の守護の力が濁流となって放出されて、その一部がお主の体に強制的に流れ込んだことで、一時的に聖女と似たような状態になったんじゃと思う」


「思うって、なんか曖昧な言い方だな。本当なのかよ」


「知らん。わしゃ勇者じゃが、全知全能の神じゃないからの」


 本当にこのジジイ適当だよなと思いつつ、しかし、勇者の力について一番詳しいのはルカスなので、ここは信じる以外にない。

 確かに今の説明ならば一応の筋は通っているように思う。守護の力が宿っている実感はないが、勇者でない僕がルカスを視認できる理由など他にあるようにも思えない。

 僕は全く平凡で、なんのとりえもないただの男なのだから。


「それではミラさんがルカス様のお姿を見ることができるのは、勇者の力をその身に宿しているからと?」


 ノヴァが控えめに手をあげて質問すると、ルカスはウインクをしながら指を鳴らした。


「流石聖女、どこぞの頭カッチカチの小僧とは違うの」


 いや僕だって気づいてたし頭カッチカチじゃねえし、ていうかジジイのウインクとか気持ち悪いからやめろ。


「ただ勇者の力ではなく素質があるという点に注意じゃな。儂を視認する程度はできるようじゃが、力を扱うにはまだまだ時間が必要じゃろう」


「え……じゃあ、頑張ったらあーしは勇者になれるんですか?」


「可能性はあるかもしれん、というだけじゃ」


「い……やったー」


 ミラは声が響いて外に響くことを気にしてか声量は控えめではあるものの、代わりに両手を突きあげて全身で喜びを露にした。


「すごいすごい! あーしってばやっぱり勇者になれるんだ」


「なれるとは言っておらんぞ。あくまで候補であるというだけじゃ」


「それでもいい! すっごい嬉しい」


 兎のようにその場で何度も飛び跳ねながら喜びを爆発させるミラを、僕は複雑な心境で見つめていた。

 今の話が正しければ僕がルカスを視認できるのは、あくまで偶然そうなっているだけ。

 ノヴァやミラのように己の身に勇者の力や素質を持って生まれ、選ばれたわけではない。

 あくまで僕は選ばれなかった人間なのだ。その虚しさを自覚してしまえば、心に溜まった澱が混ぜ返されて、重く如何ともしがたい感情飲み込まれそうになる。

 僕だって……選ばれる側になりたかった。


「レノン、ちょっといいか?」


 思考の泥に嵌り込む寸前、軽く腕を引かれて強制的に意識が喚起された。見ると、ノヴァが手招きをして僕を呼んでいた。


「なんですか」


「あの子、どう思う?」


 ノヴァは軽く顎をしゃくって、はしゃいでいるミラを差した。どう思う、とは、ミラを信用できるかどうかという意味だろう。

 僕はしばらく考えるふりをして、淀んだ考えを頭から追い出す。

 利己的な発言はよせ。賭けている命は一つじゃないんだ。


「彼女の言うことを信じるならば、本当に敵意はないのでしょう。ただ──」


「理由か?」


「はい。彼女が聖都にやってきた理由がわからない。聖剣祭を楽しむためにというのであれば、わざわざ怪しい人物に着いて行くなんて危ないことはしないでしょう。それこそ勇使隊に通報するのが安全で懸命な判断です。でも、彼女はあえて面倒事に首を突っ込むような真似をした。そこが少し引っかかります」


 特に聖剣破壊事件の翌日に妖しい二人組を見つけたとなれば、普通は警戒するものだ。しかし、それでも追跡する選択肢を選んだとなると、ミラにはそうする、または、そうしなければいけない理由があったと考えられる。


「確かにね。少々無鉄砲そうに見えるし、朱人と互角に戦えるとなると腕に自信はあるのでしょうけど、それにしたって不自然ね」


「それに、僕は彼女の声をどこかで聞いたことがあるような気がするんです」


「そうなの? どこで?」


「聖剣祭前日に南区で騒ぎがあったって言ってたでしょう? その日、僕は偶然その場に居合わせたんですけど、彼女の声がそのときに聞こえてきたものとそっくりなんですよ。しかも、自分のことをあーしってい言うのも同じですし」


「ほう。するとレノンは件の人物はミラさんだと?」


「断言はできませんけど」


 ノヴァは顎に手を当てて逡巡すると「試してみよう」と呟いた。


「ごめんね。盛りあがっているところをすまないけど、ミラさんに聞きたことがあるの」


「はい!」


 突然呼ばれたミラは嬉しそうにスキップしながらノヴァの元へやってきて、その場で正座した。


「なんでしょうか、聖女様」


「そんなことしなくても……いや、なんでもない」


 なにも知らない人間が見ればまるでこれから説教でも始まるのかと目を剥いてしまいそうな光景に、ノヴァもそんなつもりではないと言いかけてやめた。

 別にこの場にいる人間は事情を知っている者ばかりなのだから、どうでもいいかと思ったのかもしれない。それか単に話を進めることを優先したか。


「今、とある人物のせいで私は頭を悩ませていてね。聖剣祭前日と初日に自分は勇者だとか、聖女に会わせろと言って騒ぎを起こした人間がいて、ただでさえ色々あって忙しいというのにと、方々から苦情が出ているんだ。ミラさんはなにか心当たりはない?」


 昔、目を合わせただけで相手を石に変えてしまう化け物がいるとイバーンから聞いたことがある。

 どうしていきなりそんなことを思い出したのかと言えば、ミラが満面の笑みを浮かべたまま、石のように固まってしまったからだ。


「どう? 知ってる?」


「あ、ああ……と、それは、多分あーし、のことです……」


 浴びせられた追撃にミラは始めて言葉を話す幼子のようにたどたどしく答えた。

 笑顔のままでいるのは硬直した顔の筋肉が元に戻せないからだろう。

 もうこの時点で答えは出ているようなものだが、その返答を聞いてノヴァは。


「あら、そうなの!?」


 と、白々しく口を片手で覆い驚き、更に手を震わせながら悲しむような仕草をしてみせた。

 見ているこっちが恥ずかしくなってしまうような素人丸出しの芝居だったが、しかし、ミラの目にはそう映らなかったようだ。

 硬直していたはずのミラの全身の筋肉が糸を切ったかのように脱力し、それから流れるような動きで鈍い音をさせながら額を地面に打ちつけて土下座した。


「ごめんなさい! 聖女様を困らせたくてしたことじゃなかったんです……」


 僕とノヴァの視線が即座に交差する。


「じゃあ、どうしてあんなことしたんだよ」


「それは、ちゃんと理由があって……」


「教えて?」


 ノヴァが膝をつきミラの肩にそっと手を乗せる。肩が小さく跳ねて、体に力が入ったのがわかった。


「大丈夫、話してみて? 私はミラさんの思いをちゃんと受け止めるから」


 ミラの背中が大きく膨らみ、萎んでいく。それを三回繰り返してようやくあげられた顔は──。


「……わかりました」


 涙を必死にこらえて歪んでいた。


ここまでお読みなってくださりありがとうございます。

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カクヨムにも同作を投稿しております。

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