63
合宿中の夜。
おれがトイレの帰りに廊下を歩いていると、バルコニーの窓が開いていた。
月明りのもと、麻倉が物思いにふけって立っている。
「どうした麻倉? 睡眠不足は勉強の大敵だぞ」
麻倉がおれに気づいて振り返り、小首を傾げる。
「ですが戸山さんには何度か、徹夜で勉強させられた記憶があるのですが」
「そのときは、そのときだ」
「戸山さん。実は告白したいことがあるのです」
「告白だって?」
麻倉は勇気を振り絞るようにして、
「わたし、戸山さんが好きですっ!」
なんだって。まさか麻倉から告白されるなんて──恋愛から最も遠いところで暮らしている女子高生の代表のような麻倉に。
まてよ。相手は麻倉だぞ。
「つまり、おれのことが家庭教師として、好きということか?」
麻倉がこくこくとうなずく。
「そうです! もう鴨下さんが家庭教師なのは、心が死にます! ですから戸山さん、わたしの専属家庭教師に戻ってきてください! そしてまたデートしましょう!」
家庭教師の仕事はデートすることじゃないんだが。
「その話、つづきは明日にしよう」
バルコニーから廊下に戻るとき、麻倉がなにやら言う。
「デートしたいのは、家庭教師と関係なしですよ」
「え、なんだって?」
「いいえ、なんでもないです」
翌朝。
まだ寝ぼけていたところ、鴨下がやってきて言うわけだ。
「麻倉さんに聞いたのだけど、俊哉が専属の家庭教師に戻るって?」
あいつ、鴨下に伝えることで既成事実にしてきやがったな。
「麻倉がそう言ったんなら、そうなんだろ」
「ふーん。別にいいけど。このあたしが、麻倉さんのバージョンを更新しておいたわよ。いまは忘れられた、古き良きスパルタ教育で」
スパルタ教育と最も縁遠いのが麻倉彩葉なのに。
「せっかくだから、小内の勉強を見てやって」
軽い気持ちで言ったのだが、これが大惨事を招く。
よくよく考えるまでもなく、小内と鴨下の相性は最悪。
わずか3分で喧嘩が勃発した。
「喧嘩するほど仲良し、とはよく言ったものですねぇ」
麻倉はといえば、微笑ましそうに眺めている。
たしかに喧嘩するほど仲がいい例もあるだろうが──水元と麻倉とかか──これは、ガチで仲が悪いほうだぞ。止める気力もわかないが。
そんなこんなで勉強合宿はすぎていき──
ついに学年末テストの日を迎えたのだった。
そして──麻倉が寝込んだ。
当人から電話で報告を受けたとき、ついおれは言ってしまったものだ。
「バカは風邪ひかないんじゃなかったのかぁ」
「バカでなくなったから風邪ひいちゃったんですよ、戸山さんのバーカ!」
「うん、ごめん」
見舞いに行ってやろう。
気に入って頂けましたら、ブクマと、この下にある[★★★★★]で応援して頂けると嬉しいです。励みになります。




