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麻倉は空気を読まなかったが、考えてみればそれが麻倉の良いところだ。
いや空気を読まないところではなくて。
仲間外れを作らない優しいところが。
渋々といった様子の水元が、小内を連れてきた。
小内は鞄を投げるようにして置く。
「戸山。勉強会をやっているらしいけど」
「ああ。学年末テストに向けて、最後の追い込みだ。お前も参加するんだろ?」
「そうだね。私にとっても学年末テストは大事だし」
「だよな」
「戸山に教えてもらいに来た」
「あー、まぁいいよ」
最優先は麻倉だが。冬休みのとき小内も教え子に復帰したしな。そこはちゃんと最後まで面倒をみよう。
小内も席につき、教科書・問題集・ノートを出す。
隣席の麻倉が小内のわきをつついて、
「小内さん、小内さん。新恐竜はどうでしたか? 認めますか、あれ?」
こいつ、まだこだわっているのか。
小内が面倒そうに麻倉を見返す。
「新恐竜ってなに? そんなのテスト範囲にあった? え、ドラえもん? 子供じゃないんだから、とっくに卒業してるでしょ」
麻倉が『この人とは一生分かり合えません』という顔で、小内を見つめている。
その後、勉強会は順調に続いた。麻倉は鴨下のスパルタ勉強法に順応。ただ目が半分死んでいるので、見ていて心配だが。
麻倉のライフが0になる前に、鴨下から助け出す必要がありそうだ。
その前に小内の勉強を見るか。
小テストをやらせてみたが、まずまずな点数。今回、小内は自力でそれなりに勉強してきたらしい。
かつての小内なら、効率的な勉強ばかり追求して自滅していたわけだ。ということは小内も成長したのである。
「小内、お前が成長してくれて家庭教師の俺は嬉しいよ」
「気持ち悪いから、やめくれる? それより、この問題の解きかたが分からないんだけど。効率よく教えてよね」
おかしい。成長はどこにいった。照れているのか。これはツンデレなの『ツン』なのか。俺にはそうは思えないなぁ。
それからしばらくして、あることに気づいた。
水元は麻倉を見守っている。お嬢様を温かく見守るメイド。微笑ましい光景だ。にしても──
「いやまった。水元。お前、テスト勉強はどうした?」
「私はお嬢様のサポートで忙しいのです」
「……水元。学年末テストの結果次第では、留年もありえるんだぞ……麻倉と一緒に進級できないと困るだろ」
水元は無表情に俺を見返す。余計な心配はするな、ということか。いや、まて。地味に焦りの色が感じられる。水元と何か月もやりあってきた俺だから分かる。
俺は、小内とは反対側のテーブルを叩いた。そこは空席だ。
「ここに来い。苦手教科を教えてやるから」
「……いえ、私に家庭教師は不要ですので」
「いいのかぁ、水元。麻倉が2年生になったのに、お前はもう一回1年生をやり直すことになっても」
問題を解きながらも聞いていたらしく、麻倉がハッとした。
「美園が後輩になるということですか? でしたら、焼きそばパンを買いに行かせてもいいんですね!」
「お前は自分のメイドをパシリに使おうとするな」
水元が心外そうに言う。
「お嬢様。いまでもご命令されれば買って参りますが、焼きそばパン」
麻倉は水元を眺めてから、俺に向かって言う。
「美園は新恐竜肯定派なんですよ」
「知るか」
水元は俺の隣席に移動してきた。
「戸山さまのおっしゃる通りです。お嬢様をサポートし続けるためにも、留年だけは避けねばなりません。ぜひ勉強をお教えください」
「いいとも。で、苦手教科はなんだっけ? 確か前に聞いたときは物理だったか」
「戸山さま、お喜びください。ある時点から授業についていけなくなりましたので、いまは全教科が苦手枠に入りました。わたくしが申すのもなんですが、教え甲斐がありますよ」
あれ。この子、麻倉よりもヤバいんじゃないの。
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