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「鴨下瑞奈。麻倉彩葉の第二家庭教師になる名誉を与えてやろう」
第二の家庭教師の案が出た翌日のこと。
登校した俺は、鴨下のクラスまで行き呼び出した。
それから誰にも話を聞かれないよう、ひと気のない場所へ移動。
そして、こんな素晴らしいオファーを出したわけだ。
ところが鴨下には、『頭湧いてるんじゃないの』という顔をされた。
「どうして、あたしが麻倉さんの家庭教師なんかしなきゃいけないのよ」
「数少ない友達だろ。友達は大事にしろ」
「嫌よ。自分のことで手いっぱいだわ。今度の学年末テストで、1位を奪還するんだから」
「あのな。学年末テストの1位奪還よりも、俺たちには大事なことがある」
なぜか鴨下は頬を赤らめた。
「え、『あたしたちにとって』大事なこと? それって何よ?」
「麻倉を来年、生徒会長にすることだ」
とたん鴨下はやはり、『頭湧いてるんじゃないの』という顔。
「意味がわからないわよ。とにかく、これで話はお終いね。あたしは麻倉さんの家庭教師は──」
「麻倉は理事長の娘だぞ」
この手は使いたくなかったが、仕方ない。
麻倉の家庭教師として信頼できるのは、鴨下だけなのだから。
鴨下はしばし、黙とうをささげるようなポーズを取った。
いや、これが鴨下の熟慮黙考のポーズ、なのかも。
「それ、本当なの?」
「本当」
「……まって。ここでオファーを受けたら、まるで麻倉さんが理事長の娘だから考えを変えた、みたいな感じになるじゃない。それだと、何だか浅ましいじゃない、あたし」
「権力にすり寄るのは人間の本能だから気にするな」
「余計に気になるわよ! やっぱり、断るわ」
鴨下が歩き去り、俺は肩を落とした。
作戦ミスだ。
鴨下の性格なら、『麻倉が理事長の娘』という情報を聞いたら、断るに決まっていた。
ところが鴨下は戻ってきて、
「ねぇ。さっきは聞き流したけど。麻倉さんを生徒会長にするって、どういうこと? 何か深い理由でもあるの?」
「ある」
そこで俺は、朝水陽介のことを話した。
朝水が不正に手を染めていることや、証拠がないので追及はできないこと。
阻止するため、麻倉が無謀な勝負に乗ったことを。
とたん、鴨下の瞳に義憤の炎が燃え上がった。
「不正をするなんて、許せないわ。神聖なるテストにおいて、それは万死に値するわよ」
「あー、そうかもな」
「いいわ、俊哉」
「何がだ?」
「あたしも乗ると言っているのよ。打倒『朝水陽介』のチームに入るわ」
そんなチームを結成した覚えはないんだが。
まあ、確かに主旨は間違ってないが。
「つまり、麻倉の家庭教師を頼めるんだな」
「ええ。麻倉さんを生徒会長にするための、第一段階なのよね? それなら手を貸すわよ」
良かった。
初めから、鴨下の正義感に訴えれば良かったんだな。
さて。
俺はまわりに誰もいない所ということで、ある空き教室を選んでいた。
しかし、どんなにひと気のない場所にでも、『耳』がある場合もある。
それはどんな状況かといえば、尾行されていた場合。
で、その尾行者が姿を現して、
「私も参加させてよ、戸山。打倒『朝水陽介』ってところが、気に入ったから」
「……小内。お前、いつから聞いていた」
「初めから。大丈夫、心配しないで。麻倉が理事長の娘とか、そんな情報を学内で広めたりしないから。だって私たち、もう同じチームでしょ? 仲間は、売らないよ」
つまり、同じチームに入れなかったら暴露する、という脅しか。
正直、小内礼は信用できないが──
とはいえ、小内が朝水たちに恨みを抱いているのは確か。
ならば、取るべき選択肢は。
「歓迎するよ、小内。何の役に立つか知らないがな」
小内はニッコリした。
「私、意外と役に立つと思うよ」




