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朝水邸に行く前に、手土産のお菓子を購入。
「これで準備満タンです」
「それを言うなら準備万端」
「戸山さん、戸山さん。人間関係を円滑にするには、重箱の底をつつくようなことを言ってはいけませんよ」
「重箱の隅だ、隅。おれはお前の家庭教師だから、つつきまくっていいんだよ」
朝水邸は想定通り、麻倉邸なみの大豪邸だった。
往訪を告げると、文化祭で見かけた少女が出迎えた。
水元麗佳だ。
文化祭のときと違うのは、水元麗佳がメイド服であることか。
ちなみに、水元美園も麻倉邸ではメイド服だが、さすがに外出時は私服だ。
ところで姉妹とも『水元』で紛らわしいので、妹は麗佳と呼んで、姉は水元のままにしておこう。
麻倉が小首をかしげる。
「麗佳ちゃんですか? なぜ美園の妹さんがこんなところに」
「朝水家に仕えているんだよ。あ、そうか。麻倉は聞かされていなかったっけか」
文化祭のとき水元に口止めされていたんだった。
とたん麻倉が、ウルウルした目で水元を見た。
「美園。姉妹が敵対する家に仕えていたのですね。何という悲劇でしょうか。しかし、なぜ教えてくれなかったのですか?」
「お嬢様のお優しい心に御負担がかかってしまうことを、私は危惧していたのです」
「そうだったんですね。美園、よくできたメイドです。よしよししてあげます」
麻倉が水元の頭をよしよしと撫でる。
水元の表情は変わらないが、内心では喜んでいることだろう。
そんな光景を眺めていたら、麻倉が何か勘違いした。
「戸山さんも、よしよしして欲しいのですか?」
「やめろ」
麗佳が優雅にお辞儀する。
水元には出来ぬ芸当だ──と思ったのがバレたのか、水元に睨まれた。
「お待ちしておりました、麻倉彩葉さま、戸山俊哉さま、そしてお姉さま」
麻倉が仰天。
「そ、そんなっ! わたし達が来ることを知っていたなんて──動きが読まれていますよっ!」
確かにアポなしだったのに、なぜ来ることが気づかれていたのか。
水元が言う。
「お嬢様、惑わされぬようお気をつけてください。いまのは妹の虚言です。いきなりの来訪者に対して、『お待ちしておりました』と返すのが好きなのです。
そうすれば、来訪者はあたかも動きを読まれていたように感じますからね。そうやってマウントを取るのが、妹の手口なのです」
なるほど。あまりに単純な手口だ。
くだらん。
おれも引っかかったけど。
麻倉はホッとした様子。
「そういうことだったのですね。戸山さんは気づいていましたか?」
「あ、当たり前だろ。小学生の悪戯なみに低次元じゃないか。こんな手口でマウントを取りにくるとは、朝水邸のメイドも底が見えるな」
しまった、言い過ぎた。
麗佳がニッコリとほほ笑んだ。
だが一瞬、殺意のきらめきが瞳に宿ったような。
水元家って、忍者の末裔だったっけか。
すると麗佳の戦闘力も人間離れしていそうだ。
水元から離れてないでおこう。
おれが水元にくっ付くと、不愉快そうに言われた。
「戸山さま。私に密着して良いのは、お嬢様だけなのですが?」
「固いことを言うな。お嬢様の家庭教師の身を守るのも、お前の仕事だろ。……妹よりも、強いよな?」
「当然です」
水元は冷ややかに答える。
それを耳にしたらしく、麗佳が口調だけは穏やかに言った。
「お姉さまは、現実が見えていないようですね」
これって宣戦布告か?
姉妹喧嘩に巻き込まれると困るので、やっぱり水元から離れることにした。
というわけで──
麗佳に案内されて、おれ達は邸内の客間へ。
「陽介さまをお呼びいたしますので、しばらくお待ちください」
麗佳が去り、おれ達3人だけとなった。
「さてと。これでもう引き返すという選択肢は無くなったわけだが」
「もともとありませんよ。わたし達が帰るときは、朝水くんとの話し合いが無事に済んだときです」
麻倉の楽天性は揺ぎ無いな。




