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結論からいえば、麻倉彩葉は止められなかった。
「いざ朝水邸へ、です!」
『いざ本能寺へ』的なノリで出発する麻倉。
ただしその前に、由香に別れの挨拶を忘れずに。
「え、彩葉お姉ちゃん、もう帰っちゃうの?」
「はい。由香ちゃん、また来ますから。しばしのお別れですっ!」
麻倉が出ていくと、由香がおれを手招きしてから言った。
「彩葉お姉ちゃんと別れちゃダメだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは生まれて初めて、世間に自慢できることをしているんだからね」
「はぁ? 由香、お前ってふしぎだよな。おれの妹なのに、何を言っているのか意味不明」
由香は呆れたという様子。
「カップルなんでしょ、2人は。彩葉お姉ちゃんみたいに素敵な彼女をゲットできるなんて。お兄ちゃん、これは奇跡だよ」
今回は何を言いたいかまでは理解できた。そこまでは。
「おれと、麻倉が?」
ニヤニヤとする由香。
「とぼけないでもいいんだよ、お兄ちゃん。あたし、ぜんぶ分かってるからね。JCの空気読める力、半端ないよ」
いや、このJCは空気を読むのに失敗しているぞ。
しかし由香に間違いを訂正している時間はない。
おれが玄関から出ると、麻倉と水元が待っていた。
「戸山さん、行きますよ~」
意気揚々と歩き出す麻倉。
おれは水元をつついた。
「水元、いいのか? 麻倉は敵の本拠地に乗り込むといっているぞ。血を見ることになりかねない!」
水元は溜息をついた。
「暴力団の類ではありませんので、暴力沙汰には発展することはありません。常識でお考えください、戸山さま」
以前、國重とカンフー映画みたいなことしたくせに。
ところで、万能なメイドに見える水元にも、大きな弱点があった。
自動車の免許を持ってないことだ。
せっかく資産家なのに、リムジンでの移動でないとは。
國重ならSUVで送迎してくれそうだけど。
というわけで、おれたち3人は電車で移動。
座席に揺られていると、ふと気づく。
「なぁ。すごくおかしいことに気づいた。朝水家が麻倉家と敵対しているなら、どうして朝水陽介は箔日学園に来たんだ? 麻倉パパが理事長なのに。朝水はわざわざ転校してきたようだが」
あえて敵地に侵入してきたようなものだ。
まてよ。
それって、いまの麻倉がやろうとしていることに似ているな。
あれ。
この2人、意外と似ているのか?
いやいや麻倉は不正などには手を染めない。
麻倉には正義感がある。
瞑目していた水元──寝ていたわけではない──は、片目だけ開けて答えた。
「そうですね。嫌がらせでしょうか?」
「茶化すなよ。学園のリア充どもに、バレないカンニング方法を教えるため来たわけじゃないだろ」
「つまり、真の目的があるということですか? しかし陰謀を働かせるほど、箔日学園は特殊な場所ではありませんが。ありえるとするなら、偵察でしょうか」
「偵察って、箔日学園の?」
「いえ。お嬢様への『偵察』です。お嬢様は、将来的には朝水陽介の敵となるわけですから。少なくとも、朝水陽介はそう考えていることでしょう」
実際のところ、麻倉は家業は継がず、人権派弁護士の道へ進むわけだが。
試験に合格できたら、だけどな。
「うーむ。なんか嫌な予感しかしない」
「お嬢さまは、戸山さまが思っていらっしゃるよりも、しっかりした方ですよ」
右肩に重みを感じた。
居眠りしだした麻倉が、頭をおれの肩にもたれてきたのだ。
可愛い女子にこれをやられて、嬉しくない男子はいないだろう。
しかし──
「……麻倉、よだれを垂らしているんだが」
おれの左隣にいた水元が、
「お嬢様は爆睡されています」
やはり心配だ。
こんな麻倉が朝水家に突撃して、無事で済むのだろうか。
なんとか守ってやらなくては。
なんたっておれは、麻倉の家庭教師だしな。
……家庭教師って、こんな仕事内容だっけか?




