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麻倉は目を白黒させた。
「美園に妹さんがいたのですね。スネツグの存在を知った時なみの衝撃です」
「お前、自分のメイドに妹がいることも知らなかったのか」
水元の妹がお淑やかにほほ笑んだ。
「はじめまして、水元麗佳と申します。貴方が麻倉彩葉さんですね。姉からお噂は伺っております」
麻倉がニッコリする。
「褒めちぎられていましたね、恥ずかしいです」
なぜ褒められていること前提なのか。
「お会いできて、嬉しいですわ」
と麗佳。
いいところのお嬢様みたいな印象だな。
麻倉よりも。
そんな麻倉は、麗佳の頭を撫でる。
「美園の妹さんなのに、可愛らしいですねぇ」
まあ水元は美人だが、『可愛らし』くはないからな。
麻倉と水元妹の交流を見守りながら、俺は水元に聞いた。
「麗佳もメイドなのか?」
「ええ、水元家は従者の家系ですので。ここだけの話、忍者の末裔でして。驚きでしょう?」
「ここだけの話、ぜんぜん驚きじゃない──しかし、どうして麻倉に紹介してやらなかったんだ?」
「麗佳のことをでしょうか?」
「ああ。今まで隠していたんだろ? だから麻倉は知りようがなかった」
「お嬢様には、お聞かせしたくはありません」
「じゃ、少し離れよう」
水元の俺への信頼度も、最近は少し増したようだ。
おかげで、こうして打ち明けてもらえるわけで。
「簡単に申しますと、麗佳はお嬢さまの『敵』に仕えております。ですから私は、お嬢さまには会わせたくなかったのです」
「『敵』……。そうか、期末テストか」
水元は呆れた様子で答えた。
「いえ、ちゃんとした人間の敵です」
「なるほど」
それ以上、水元は語りたがらなかった。
麻倉彩葉の敵というより、麻倉家の敵という感じだな。
「ただいまのお話、お嬢様にはご内密にお願いいたします」
「了解した」
俺は一介の家庭教師に過ぎない。
麻倉家の『敵』とやらにせよ、水元家の複雑な事情にせよ、俺には関係のないことだ。
「あ、シフトの時間だ。おーい麻倉、俺はクラスに戻るぞ」
立ち去りぎわ、水元麗佳と視線があった。
しかし言葉を交わすことはなかった。
ふむ。何か意味ありげだなぁ。
「鴨下、俺は戻る。チケットありがとな」
「え、もう行っちゃうの? 分かったわ、それじゃまた」
鴨下は少し残念そうだった──
ような気がするが、気のせいかもな。
こうして文化祭は過ぎていった。
後夜祭には、箔日学園の恒例キャンプファイヤー。
恋しあっている2人が、この焚き火のまわりで踊ると一生結ばれるらしい。
──は、スルーして俺は麻倉を捕まえた。
「戸山さん……目がギラギラ輝いています、何か怖いですよ」
「文化祭がやっと終わったんだ。さっそく今日から勉強を始めるぞ」
期末テストまで、残り17日。




