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お見舞いの品といえば、何がいいか?
もちろん、学習参考書だろう。
放課後。
俺が書店で参考書を買い込んでいると、麻倉が『正気を疑う』という目で見てきた。
「なんだ麻倉。何か言いたそうだな」
「……戸山さん。わたし達はお見舞いに行くんですよ。息の根を止めにいくんじゃないですよ」
「お前なぁ……病で心も体も弱っているときに、新しい参考書をもらえたらどう思う? 嬉しいだろ」
「嬉しくないですよ! わたしだったら部屋の窓から飛び降りますよ! いいですか、大事なことなので覚えていてくださいね! わたしが病気したら、間違っても参考書だけは持ってこないでくださいよ!」
不思議なことに、麻倉が病気しているイメージが湧かなかった。
なぜだろう?
レジで支払いをしていると、ふいに理解した。
そうか。
バカは風邪をひかないからだ!
「戸山さん。わたし今、凄く侮辱された気がしましたよ」
「気のせいだろ」
書店を出たところで、俺は聞いた。
「で?」
「はい?」
「鴨下の家はどこだよ?」
「え、知りませんけど」
「……見舞いに行こうと言っておいて、住所を知らないってどういうことだ? バカを極めたいのか、お前? 天衣馬鹿の極みとかいう必殺技でも編み出したいのか?」
「ちょっと待ってくださいよ。戸山さんこそ、鴨下さんのパートナーだったじゃないですかっ! それなのに住まいも知らないって、どういうことですか?」
パートナーという単語を、大声で言う麻倉。
そのせいで通行人から、好奇の眼差しを向けられてきた。
「おい、パートナーとか言うな。変な誤解が生まれかねないだろ」
「もう仕方ないですね。担任の先生に聞きましょう」
「そうだな……でもそれ、個人情報じゃないか? 教えてくれるのか?」
「お見舞いに行くんだから、大丈夫ですよ」
箔日学園へ戻り、そのまま職員室へ。
まず俺が、
「失礼します」
と職員室内へと入る。
何人かの教師がチラッと見てきたが、すぐに自分の作業に戻った。
おい、眼中になしか。
いちおう学年一を取った生徒だぞ、俺は。
とにかく鴨下の担任教師を呼び出すのは、同じクラスの麻倉のほうが適任だ。
そこで俺は一歩脇にどき、麻倉も入って来れるようにした。
麻倉が、
「失礼しま~す」
と職員室内に足を踏み入れる。
はじめ何人かの教師がチラッと麻倉を見た。
それから、自分の作業に戻る。
と思いきや神速で、麻倉を二度見。
組長に気づいた組員のような顔をした。
その中で一人の教師が震え声で言う。
「麻倉さま、ようこそお越しくださいました!」
いや、生徒に敬語ってどういうこと。
とたん学園長室が勢いよく開いた。
学園長が慌てて出てくる。
「これはこれは、麻倉さんではありませんか!」
麻倉が笑顔で答える。
「あ、タケちゃん、お久しぶりです」
え、タケちゃん?
確か学園長の名前は竹山だったか。
だからタケちゃん?
なにそのフレンドリーさ。
「ささ、どうぞ麻倉さん」
タケちゃんは麻倉を学園長室に通した。
それから近くにいた教師に命じる。
「おい麻倉さんにお茶をお出ししろ。気が効かん奴だ」
「は、はい、申し訳ありません!」
慌てて茶の用意に駆けていったのは、学年主任じゃないか。
鬼のように厳しいと言われている、学年主任じゃないか。
久しぶりに、麻倉の『理事長の娘』スキルが発動中だ。
麻倉は俺に言った。
「えへへ。ほんと生徒に優しい学園ですよね、戸山さん?」
いや、それお前だけだから。




