小話 『PANNTSU。』
※アリエルの登場により――(以下略。
前回が鬱だったので、今回はギャグ回です。
第二章第40話(81部)「第三私兵団。」の続きのお話。
※サブタイトル『PANNTU。』から『PANNTSU。』に変えました。
……え?どうでもいいって?
いやいや。こっちの方が、なんか格好いいじゃない?ここ重要です。
「パンツをください!!昨日のものを!!」
――リュークは戦慄した。
動揺を隠しきれない瞳を彷徨わせながら、頬を伝う汗を手で拭う。
それから深く息を吐きだし、呼吸を僅かに落ち着けると、恐る恐る目の前の人物を見た。
期待に胸を膨らませながら瞳を輝かせる、その、愛らしい少女……の皮を被った、猥褻物を。
「……年頃の女が、そういう事を言うものではない」
リュークは顔を顰め、平静を装った声色で漸く言葉を返した。
「えぇ!?年頃だからこそ言うんですよ!?何を言ってらっしゃるんですか、リューク様!!」
瞳を驚きに染めながら、アリエルは声を大にする。
まるで、リュークの常識を疑う様な発言である。
「いやいやいや。年頃の男でももっと節度を保っているぞ。お前も少しは……いや、かなり自重しろ」
「まったまた~。……私、知ってるんですよ?世の中には、お金を払って女の子のパンツを貰う様な正直さんもいらっしゃるって」
「……一部だそれは。極々僅かな、一部の変態だ」
「何を言うのですか!みなさん我慢をしているだけで、心の内は似たようなものですよ!もっと自分に正直に生きて下さい!!男も女も、路上で普通にパンツの交換をし合うような……、そしてそれを、『はぁはぁ、くんかくんか』と人前で堂々と被れちゃう様な、そんな、そんな、素晴らしい世界に……!!」
――リュークの脳裏に、とある光景が過った。
『パンツを下さい。はぁはぁ』
『いいわよ?代わりに、あなたのパンツもくださいます?ぐふふ』
街中でそんな言葉のやり取りを交わし合い、互いに相手のパンツを被りながら笑顔で別れる若き男女。
路上にはパンツを被った人達で溢れかえり……って、あれ?
てことは、こいつら、……全員ノーパン?
「やめろぉぉぉおおお!!!」
「……!?」
突然頭を抱えて叫び出すリュークに、アリエルの肩は驚きに跳ね上がる。
「ど、どうされたんですか!?」
「……パンツは、被るものじゃない」
至極、真っ当な意見。
けれどアリエルは、口元に笑みを湛えながら「ふっふっふ」と意味深な笑い声を零す。
「そうは言ってもリューク様。貴方様だって、可愛い子のパンツ、欲しいとか思ったりするでしょう?……どうですか?私のパンツと交換しません?げへ、げへへへへ」
「勝手に変態にするな。それに……、お前のだけは死んでも要らん」
「むぅ。……じゃあ、シャロン様のは?」
「シャロン、団長……」
――リュークの脳裏に、とある光景が過った。
丈の長い真っ黒なワンピースを捲し上げ、パンツに手を掛けるシャロン。
リュークの存在に気付いたのか、シャロンは流し目でこちらを見遣ると、頬を染めながら一言。
『……エッチ』
「ぐふ……っ」
「リューク様!?」
急に口元を押さえて咳き込みだすリュークに、アリエルは慌てた。
けれど、リュークは直ぐに手の平をアリエルに向けて「大事ない」と返す。
「……話を変えよう。兎に角、パンツは駄目だ。というか、さっきからパンツパンツと、私に一体何度パンツを連呼させる気だ。そもそも、私達は一体何の話をしているんだ……」
「えぇ!?パンツ、駄目なんですか!?」と悲哀の滲んだ声色で叫ぶアリエルの言葉を聞き流しながら、リュークは淀んだ瞳で呟いた。
こいつといると、何か色々、良くないものが感染する……。
今まで真面目に生きてきたリュークだったが、この歳になって、よもやこんな少女にペースを乱されまくる破目になろうとは……。
リュークは眉間を揉み込みながら項垂れる。
「……何をしている?」
「ほえ?」
不意に異変を察知して、再びアリエルへと視線を戻したリューク。
そこで、この距離感で僅かながらも視線を外してしまった己の過ちに気付く。
一瞬の隙の間に、アリエルの両手に抱えられてたものは、収納袋(大)。
「……お前、その荷物は何だ」
「リューク様のですが?」
「見れば分かる。私が言いたいのは、何故お前がそれを持っているのかについてだ」
「たった今、リューク様の騎竜に積まれていたものを、私がお取りしたからです」
「何故取った?」
リュークは、荷物が消え失せた事で、急に物寂しくなった自身の後ろの席を擦りながら、顔を顰めた。
対して、背を撫でられたと勘違いした騎竜は、リュークの気など知りもせず、嬉し気に鼻を鳴らす。
「……」
「……」
互いに無言で見つめ合う二人。
そして、数秒が経った後。
――アリエルが、動いた。
「……っ!!待て、どこへ行く!!」
叫び声を上げるリュークの声が響く中、騎竜リュー君の手綱を握りしめ、物凄い速さで駆け出すアリエル。
リュークも直ぐ様後を追うが、アリエル等の走りの方が何枚も上手である。
「駆けて!風の様に駆けるのよ、リュー君っっ!!」
「グワァァアアア!!」
周囲に風を纏いながら速度を速めるアリエル。
風を自在に操る事で、空気抵抗を遮断した上追い風を吹かすのだから、唯騎竜を走らせているだけのリュークに勝ち目はない。
無詠唱でこれほど風魔法を使いこなせるものなど、そうはいないだろう。
腐っても団長代理。実力だけは確かという事か。
リュークは離れ行くアリエルとの距離を忌々しそうに見つめながら、大きく舌を鳴らした。
けれど、精密な風の操作をしながらも、余裕な態度でリュークの荷物をごそごそと漁り始めたアリエルに気付くと、リュークの表情は焦りに歪んだ。
「待て待て待て待て待て!!何を漁っている!?――って、おい!?おま……、貴様!!“それ”を、どうする気だ!?」
視界に映るアリエルが、無邪気な笑顔で取り出した“それ”。
……そう。PANNTSU。
リュークは驚きよりも先に、恐怖に背筋が凍り付くのを感じた。
「お、女の子が、そんな……、やめなさい!!……や、やめろぉぉぉおおおっっ!!!」
――リュークのパンツが、ゆっくりと、アリエルの頭を覆った。
呆然と目を見開き、言葉を失うリューク。
そしてその時、リュークの中で、何かが弾けた。
「……アリエル。――やり過ぎだ」
「――っ!?」
その後の事は、まぁ、割愛しよう。
――唯。
少女の大きな大きな泣き声だけが、青空に響いていたとだけ……。
「びえぇぇええええんっ!!ひっぐ。ぐすっ、うっ、うえぇぇえええええんんっ!!!ごべんなざいぃぃいいいっ!!うわああぁぁあああんっ!!」
「盛大に反省しろ、全く……」
リュークは呆れた様に溜息を吐きながら、正座で泣きじゃくるアリエルの頭から、自分のパンツを剥ぎ取った。
「ちゃんと洗濯済みのにしましたよぅっ!!うわぁぁあああああんっ!!」
「だろうな。一応お前は、ギリギリの一線は守る奴だ。……といっても、お前の中のその基準が、私は未だによく分からんが」
パンツを被る時点でもう色々とアウトな気がするが、アリエルにとっては使用済みパンツか否かで線引きがされているらしい。
常人には理解が出来ない思考である。
「ひっく、ぐすっ……。パンツ。リューク様のパンツが……。うへ、うへへへへ。ぐすっ」
「泣くのか笑うのかどっちかにしろ……」
リュークは半目でアリエルを見下ろしながら、退職をいう文字を脳裏に描く。
それから大きく息を吐きだすと、取り戻した荷物の中から、とある物を取り出してアリエルの眼前へと差し出した。
「……ほら。これで我慢しておけ」
「え……?」
目の前に差し出されたのは、手拭い(洗濯済み)。
アリエルは目を瞬かせると、濡れた瞳でリュークを見上げながら、不思議そうに小首を傾げた。
「何だ?要らないならいいんだが……」
「要ります!!」
アリエルの微妙な間と反応に戸惑ったリュークが、手拭いを持った手を引っ込めようとした刹那。
物凄い速さでアリエルがリュークの手を掴み、その動作を引き止めた。
「そ、そうか」
「はい!!」
「手を離せ」
「げへ、げへへへへ」
手に頬擦りをしてくるアリエル。
その動作だけなら可愛いものなのに、下卑た表情と笑いが全てを台無しにさせている。
「あげるのは、やはりやめ――」
――とまでリュークが言い掛けて、漸く手を離すアリエル。
その胸には、ちゃっかり手拭いが抱きしめられていた。
「もう駄目ですよ!!くれるって言ったのはリューク様なんですからね!!これはもう、私のものなんですからねっ!!」
「分かった分かった。やるから早く行け。これ以上、無駄な時間は割けんぞ。普通ならば、かなり急いでも5日は掛かる距離なのだからな」
「大丈夫です!!私とリュー君で、必ずや成し遂げて御覧にいれましょう!!リューク様の手拭いもありますし、元気100倍っすわ!!くんかくんか。げへ、げへへへへ……」
「……そうか」
何に使われるんだろう……。
そんな恐ろしすぎる疑問が浮かびながらも、恐くて聞けないリュークであった。
アリエルのモチベーションを高める為とはいえ、私物が変態の手に渡る事が、これ程嫌悪感に塗れたものだとは……。
リュークは片手で顔を覆って俯くと、悲壮感に満ちた吐息を吐き出した。
「では!!行って参ります☆」
「ああ……。頼んだぞ」
「お任せあれ☆さぁ、リュー君!!行っくよぉぉおおおお!!」
「グワァァアアアアッ!!!」
「私達の愛と絆を、今こそ証明する時よ!!リューくぅぅうううんっっ!!」
「グ、ワァァァアアアアッッ!!!」
風魔法との合わせ技で、もはや騎竜のスピードを超えた速度で走り出すアリエルとリュー君。
「リュー君!!」「グワァァ!!」「リュー君!!!」「グワァァアア!!!」「リューくぅぅん!!!」と大声を上げながら、土煙と共にどんどん小さくなっていくアリエルとリュー君。
その後姿を見つめながら、リュークは思った。
――その呼び名、本当変えてくんないかな。
「……さて」
そろそろ自分も行くかと、手綱を握って踵を返す。
目指す先は、氷国“スノーダム”。
魔族領である北大陸とを隔てる魔の海――“魔海”に国境を持つ国の一つ。
当然の事ながら、魔族との攻防戦も激しく、魔王軍幹部と相対す危険度も他国の比ではない。
第一私兵団団長レックス、副団長オズワルドもまた、その実力故に、魔海に面した国へとエレオノーラ捜索に向かっている筈である。
中でもこの“スノーダム”は、最前線の地。
だからこそ、アリエルも同行する事でリスクを低くしたのだが……。
「まぁ、何とかなるだろう」
元より、第三私兵団に配属された時点で、ホワイトな仕事は期待していない。
それに――。
「シャロン団長も、無計画に指示を出した訳ではないだろう」
胸に抱くは、シャロンへの絶対的な信頼。
ブラックでありながらも、何だかんだ部下達を纏められているのは、裏で操るシャロンの手腕が優れている事の証明でもあった。
「……あ」
そこでふと、ある事に気付く。
思い出されるは、荷物に収納し直したあのパンツ……。
アリエルが被った、あの、パンツ……。
「……もう、穿けんな」
僅かに頬を染め、眉を顰めて咳払い。
――何という事だろうか。
まさか、ここまで考え抜かれてのセクハラだったとは。
今頃、したり顔で口元歪ませているであろうアリエルの顔を思い浮かべながら、リュークは溜息と共に騎竜の脚を速めた。
あのパンツを見る度に、リューク様は私を思い出すのでしょう……。そして、羞恥に顔を顰めるリューク様。げへ、げへへへへ。
byアリエル




