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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第二章 旅立ち編

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違和感。

帝都からルヴ村までの距離、騎竜で2日→徒歩で2日に修正しました。

騎竜で2日は遠いだろ!と一人ツッコミを入れながらの修正です。気付くの遅くてすみませぬ。

 リヒトが嬉しそうに微笑んで、「ありがとう!」と礼を言う。

 ローニャの後ろから顔を覗かせていたポアも、私の了承を聞いて小さく尻尾を揺らした。


「……まぁ、そうは言ったものの、私は冒険者ではない。厳密には、エルとクロが請ける形になるのだけれど、……良かったかな、エル?」

「ええ、もちろんよ。私はレオに付いて行くだけだもの」


 案の定、頷くエルを横目で確認。

 恐らくクロも了承するだろうし、その辺の心配は特にしていない。


「てな訳で、――よろしくね、ポア。私の名前はレオ。それと、こっちがスーちゃんで、エルだ。他の仲間は明日にでも紹介しよう。というか、出発は明日になるのだけど、良かったかい?」


 ポアのもとへと近付いて、顔を覗く。

 身長は私より少しだけ低いぐらいなので、目線はほとんど同じ。

 見上げなくても会話が出来るって素晴らしいわぁ。


「は、はい!大丈夫、ですっ!よろしく、お願いします!」


 緊張に言葉をどもらせながら、強張った顔をぺこりと下げるポア。

 けれど直ぐにローニャの後ろへと隠れると、顔を半分だけ出して嬉しそうに頬を綻ばせた。

 




 それから、正式に依頼を請ける為にリヒト達と一緒にギルドへ。

 カウンターでは、メルダがにこやかな笑みで対応してくれた。


「こんにちは、メルダさん」

「こんにちは、エルさんにレオちゃん。それと……」


 メルダは後ろに立つリヒト達へと顔を向けると、笑顔で頭を下げる。

 それに対し、リヒト達も軽く会釈をして返した。


「リヒトさん達も御一緒という事は、本日はパーティーを組んでの御依頼をお探しでしょうか?」

「いえ。リヒトから頼まれたもので、依頼はもうあるんです。……っていっても、依頼人はリヒトじゃないんですけど、……えっと、護衛依頼で、ギルドを通して、その、請けようと……」


 クロよりかはマシとは言え、閉鎖的な森の中で住んでいただけに、まだまだエルも社会性が乏しい。

 説明の内容が纏まらず口籠るエルを、メルダはにこにこと見守っていた。

 出来る事なら私も見守っていてやりたいところだが、生憎と今日はやる事が多いため、時間が惜しい。

 私は背伸びしてカウンターから顔を出すと、エルに代わって手短に話を纏めた。


「リヒト経由で依頼人を紹介されてね?ギルドを仲介に、その依頼を正式に請けようと思って来たんだ」

「ああ!そうだったんですね!」


 メルダは小さく手を叩き、理解したとばかりに頷いた。

 エルは説明していた口を開けたまま目を瞬き、それから溜息と共に口を閉じる。

 ごめんね?次回は頑張って!


「それで、依頼内容というのは、先程エルさんが仰っていた護衛依頼という事で宜しかったでしょうか?」


 落胆するエルを見て、さり気なくフォローを入れるメルダ。

 よく出来たスタッフである。


「うん。それで間違いないよ。依頼人は、この亜人の子供だ」

「ポ、ポアです!」


 ポアは私の視線を受けて、ローニャの後ろから姿を見せる。

 その様子にメルダは顔を綻ばせ、カウンターから手を伸ばした。


「ふふ、初めまして。ここの副支部長をやってます、メルダです。よろしくね?はい、握手」

「へっ!?……あ、はい!よろしく、お願い、します!!」


 ポアは照れたように顔を赤くして、元気よく語尾を上擦らせながらその手を握った。

 尻尾を大きく揺らす様から、その感情が見て取れる。


「ポアちゃん、ですね。畏まりました。護衛依頼の仲介役、喜んでお引き受け致します。皆様、奥の部屋へどうぞ」


 メルダは私達をカウンター内へ導きいれると、その奥へと続く扉を開けた。

 そこには短い廊下が続いていて、両サイドに4つずつドアが並んでいる。


「ここは、依頼人の方々の御相談や、護衛依頼等で依頼人と冒険者の顔合わせをする際に使われる場所です。こちらにどうぞ」


 メルダの後に続いて廊下を進み、適当な部屋へと通される。

 依頼人と冒険者の顔合わせにも立ち会うとか、思ったよりギルドの真面目具合に驚いた。


「――それでは、御依頼内容の詳細をお聞かせ願えますか?」


 対面式のソファに、ポアを挟んで私とエルが腰かけ、その後ろにはリヒト達が立ち並ぶ。

 私達が一通り腰を落ち着けたところで、向かいに腰かけたメルダが穏やかな笑みを浮かべながら小首を傾げた。


「あ、は、はい!!」


 尻尾と耳をピンッと立て、緊張からか頬を赤らめるポア。

 それから、噛み噛みながらも大きな声で依頼内容を話し始めた。


「ポ、ポアです!」

「はい」

「バルドゥッ、……バルダット、帝国まで、行きたいです!」

「はい。バルダット帝国ですね?帝都まででしょうか?」

「ちがい、ます!バルダット帝国の、ルヴ村まで、です!」

「ルヴ村、ですか……。少々お待ちください」

「はい!」


 メルダは席を立ち、後ろの棚から地図を持ってくると、テーブルへとそれを広げた。


「こちらは、バルダット帝国の地図です。村の大体の場所は分かりますか?」

「え、えっと……、地図は見た事ないので、わ、分かりません……」

「そうですか。では、御調べ致しますので、もう少々お待ちくださいね?」


 しゅん、と耳と尻尾を垂らすポアに、メルダは困った様な笑みを浮かべると、地図へと視線を落とした。


「えーっと、ルヴ村……、ルヴ村……」

「あ、あの!帝都には行った事ないですけど、徒歩で2日程だって、村に来た人から聞いたことがあります!」

「ふふ、ありがとうございます。でしたら、帝都からあまり離れた場所ではないのですね」


 ポアの言葉を聞き、帝都近辺へと的を絞っていくメルダ。

 けれど、暫くして重々しく息を吐きだすと、緩く首を振った。


「……申し訳御座いません。お探ししたのですが、この地図には載っておりませんでした」

「ん?この地図にはって、どういうこと?」

「地図には、大衆向けに作られた公式のものと、その地方のみに出回っている非公式のものとがありますから」

「なるほど。細かい場所に関しては、その地域に行かなければ地図がないという事か」

「ええ。それでも、他国には知られない様に、国が何かしらの意図を持って隠している場所もあったりしますけどね」


 ふむ、確かに。

 けれど、場所が分からなければ対応の仕様がないな……。


「あ、あの!地図は、分からないけど!案内は、出来ます!ここまで来た道、覚えてます!」


 力を込めるあまり、前のめりになりながら、鼻息荒く口を開くポア。


「んー……。地図にはない場所となると、依頼を請ける側の負担が大きくなるため、その分依頼料金を増やすといった対応が必要となりますが、どうされますか?」

「……え、えっと、……お金、これだけしかない、です……」

「拝見致します」


 おずおずと差し出されたポアのお金袋を受け取って、メルダは中身を開いた。

 大きいもので、大銀貨や銀貨も紛れてはいるものの、銅の色が目立つそれに、メルダは僅かに眉を顰める。

 1枚1枚丁寧に数え始めるも、やはり少ない合計金額に、申し訳なさそうに小さな吐息を零した。

 それから袋に収納し直してポアへと返却する。


「……こちら全てで、大銀貨5枚と銀貨2枚、大銅貨9枚と銅貨7枚分の金額となります。大変言い辛いのですが、地図にはない場所である事と、目的地までの距離とを考慮致しますと、最低でも金貨2枚は必要かと……。それでも、その額で請けてくれる冒険者がいるかどうか……。道中の食事含め、冒険者の旅費も全て出すという条件も付けて漸く、といったところでしょうか」

「そ、そんな……」


 口元を震わせ、ショックに顔を歪ませるポア。

 うん。というか、その額でどうしていけると思った?

 リヒトもさぁ、普通こんな依頼、人に押し付ける?

 まぁ、お金に困ってる訳ではないから、その額でもいいんだけどさぁ……。

 項垂れるポアの姿を横目に、やれやれと首を振りながら口を開く。


「別に構わな――」

「その事なんだけど……」

「ん?」


 言いかけて、リヒトが言葉を被せてきた。

 何だ何だ?


「この依頼、俺が依頼者って事にしてもいいかな?」

「と、いいますと?」

「依頼者はこの俺、リヒト。依頼内容は“ポアをバルダット帝国のルヴ村まで連れて行くこと”。依頼料も、もちろん俺が払うよ」

「それは構いませんが……。よろしいのですか?」

「レオ君達にこの依頼をお願いしたのは俺だしね。最初から、この依頼を請けてくれる冒険者が信頼できる人達なら、依頼料は俺が上乗せしようと思っていたんだ」


 リヒトは困った様に微笑んで、涙目のポアの頭を優しく撫でる。


「で、でも!それだと、リヒトさんの!」

「いいんだよ、ポア。俺を頼って来てくれたのに、請けてあげられなくてごめんね。こんなことぐらいしか出来ないけど、少しでも君の役に立たせてくれ」

「で、でも、でも……」


 決壊した涙を溢れさせながら、ポアは唇を噛み締める。

 何ともまぁ、どこまでお人好しなんだか……。


「依頼料はそうだな……、金貨6枚でどうだろう、レオ君。それなりに妥当な額だと思うんだけど……」

「はぁ……。何度も言うが、私は冒険者ではないよ?正式に依頼を請けるのは、あくまでもエルだ」


 「だからエルに聞いてくれ」と、スーちゃんを指で突きながら答えた。

 リヒトは苦笑いを浮かべながら、「どうかな、エルさん」と再度話をエルに振る。


「え、ええ。十分だと思うわ」


 一気に跳ね上がった依頼料に驚きつつ、こくりと頷くエル。


「ポ、ポアの!ポアのお金も、使って下さい!」


 リヒトの話を、黙りこくって聞いていたポアだったが、涙を拭いながらも立ち上がり、お金の袋を私へと向けた。

 ……だから、依頼を請けるのはエルだってば。


「別にいいよ。私はお金に困ってる訳ではないしね。エルに聞いてくれ」


 そう言って、溜息交じりにお金袋を押し返す。


「レオがいいなら、私も別にいいわよ?私も、お金が欲しい訳じゃないし……」

「で、でも、お願いするのはポアだし……」


 どちらからも受け取ってもらえなかった袋を膝に抱え、ポアは申し訳なさそうに耳を垂らした。

 その様子に、堪らずリヒトが口を開く。


「じゃ、じゃあ、そのお金は旅費ってことでどうかな!?」





********


 結果、ポアのお金は旅費の足しに使うという事になった。

 といっても、あの額で贅沢な旅とか出来る筈もないので、当てにはしていない。

 だって今の宿代、一人一泊銀貨2枚だよ?

 シロも大型ペット料金で人間と同じ金額だから、毎日宿代だけで銀貨8枚が消える。

 ポアも入れたら大銀貨1枚分になるだろう。

 因みに、安宿は断固却下だ。


「でも、驚いたわ。転移してバルダット帝国まで行くかと思ってたのに、ここから竜車で向かうだなんて……」

「記憶にない場所には転移出来ないからね。最初は帝都までは転移して、そこからルヴ村まで行こうかと思っていたんだけど……、まぁ、偶にはこういうのもいいでしょ」


 お風呂上がりのシロを乾かしながら、隣に腰かけるエルを見る。

 あれから前金の金貨1枚を受け取って、メルダから護衛依頼の説明を聞いた。

 残りの額は成功報酬として、ルヴ村から一番近い支部であろう、帝都のギルドから支払われるらしい。

 その際、依頼人も一緒に連れて来るか、依頼人から依頼達成のサインを貰った依頼書をギルドに提出するようにと念を押された。

 それが無い場合、途中で依頼人を置いてきたか、死なせてしまったかのどちらかと判断されるらしい。

 そうなると、今後は護衛依頼等の大きな仕事は回って来なくなり、冒険者としての出世の道が閉ざされるとの事。

 また、依頼報告でギルドに顔を出さなかった場合、死んだか逃げたかのどっちかだと判断され、冒険者リストから外される。

 護衛依頼での悪評を少しでも払拭しようと考えられたのだろうこの体制に、涙ぐましい努力の跡が窺えた。

 まぁ、それでも依頼人を奴隷商に売り飛ばしたり、強姦やら逃げる際の囮にしたりなど、その被害を完全に無くすことは出来ないだろうけど。

 依頼達成のサインとか無理矢理書かせればいいだけだし、冒険者リストから外されても、名前を変えればまた登録出来るしねぇ。

 隣で頬を染めながら、何やらごにょごにょと話すエルの声を聞きながら、うんうんと頷いて思考を終えた。


「ほ、本当!?約束よ!?」

「……ん?」


 乾いたシロの毛並みをふわふわと確認し、ドライヤーを切る。

 約束ってなんだろうか?

 ごめん、全く聞いてなかった。


「何が?」

「聞いてなかったの!?さっき頷いてたじゃない!」

「ん?考え事に対して頷いてたんだよ?魔道具の音で、聞こえ辛かったていうのもあるけど」

「……そう。……それなら別に、何でもないわ」


 肩を落とし、溜息を吐くエル。

 何かしらんが、落ち込ませてしまったらしい。

 もう一回言えばいいだけなのに、よく分からん子だ。


「そう?ならいいんだけど。気が向いたらまた言ってね?」

「……」


 小首を傾げてエルを覗き込む。

 エルは私をチラ見すると、小さく頬を膨らませ、自分のベッドへと戻っていった。

 ……幼児に御機嫌取らすなよ。いや、取らんけども。面倒臭いし。


「それにしても、何やら少し……、引っ掛かるね」

「……何が?」


 ベッドの上で不機嫌そうに体操座りをしていたエルが、頬を膨らませつつも疑問を口にする。


「うん?……いやね、あのポアって子供、何と言うか……違和感?」

「違和感?」

「例えば……、ふふ?“村からここまでは、一体どうやって来たんだろう?”――とかね?」

「え……。冒険者に護衛を頼んで来たんでしょ?」

「子供一人でかい?帰りの分の護衛費も持たずに?」

「……!!」


 はたと目を見開くエル。

 やっと気付いたか。


「自分で村を出たのか、誰かに村を出されたのかは知らないが……。後者ならば、そいつは何がしたかったのだろうね?帰りは何とかしろよだなんて、あまりにも勝手が過ぎないかい?金貨数枚分も、あんな子供がどうにか出来るとは思えないけど。しかもポアは亜人だ。お金を稼ぎきる前に、奴隷に売られる危険の方が遥かに大きい」

「じ、自分で村を出たっていうのは?」

「あははっ!それだと、村の連中から金を巻き上げなきゃ実行は出来ないだろうね!地図にも載ってない様な無名の村で、ガキ一人が金貨何枚も稼げんさ。そして、そんな事をしてしまった村に、態々帰ろうとか思うかな?」

「じゃあ……」

「ふふ。暗にポアを追い出したのか、或いは、何かから逃がしたのか……。それか、まさかのまさかで、ポアが黒幕でしたーなぁんてオチもあるかもね?今までの全てが演技で、本当は村も無くて、何かの陰謀に巻き込もうとしてる――みたいな?く、ふふふ!もしそうだったら、それは凄く凄く面白いね!!」


 腹を抱え、あっはは!と笑い声を上げる。

 あの顔とあの身長で悪役とかされても、……こ、恐くねー!!あはは!!

 

「もう!ふざけないで!」

「ははは!……ふふ。まぁいいさ。これからの旅で、その辺の話はゆっくり聞いていけばいい」

「……もし、村から追い出されていたなら、送り届けたところで、どうすればいいのかしら」

「私達の仕事は村に送り届ける事だろう?それ以上の事は知らないよ」

「逃がすためだったとか、何か、そういう理由だったらいいわね……」

「ふふふ!その場合だと、村が滅んでる可能性も出て来るね?」

「……楽しそうね、レオ。……はぁ。どちらにしろ、複雑だわ。それ以外の、もっと別の理由だといいのだけど……」

「エルは優しいね?」


 人間なんてたくさんいるから、一々他人を気遣ってたらキリがないよ?

 他人は他人であって、どうなろうがその人自身の人生だ。

 私はもう、自分以外の世界には興味がないから、他人がどうなろうが何にも感じない。感じなくなってしまった。


「……レオの方こそ、優しいわよ」

「私が?」


 物思いに耽っていると、エルがポソリと呟いた。

 可笑しなことを言う子だ。


「ふふ、エルの目にはそう映っているのか。でも残念だけど、君の言う私の優しさは、酷く限定的なものだよ。私の優しさは全て、私の為だけにあるものだ。私の世界を守る為だけの、幼稚で、自己中心的な優しさだ。けれどその反面、どうでもいいとも思っている。私は、私の世界が壊れても、どうでもいいとも思うんだ。だから、私の優しさは気紛れだ。無秩序で、無関心な優しさだ。私の世界で生きる君達を、大切に大切に甘やかし、いつまでも生きていて欲しいと思う一方で、私はきっと、君達が死んでも涙1つ流さずに、心を痛める事もなく、唯々笑っているのだろう。結局は、興味がないんだろうね私は。世界にも、他人にも、自分自身にも」


 ベッドの下から私を見上げるシロの頭を撫でながら、事も無げに微笑んだ。

 エルは後ろからベッドへと近付いて来て、私の背中に寄り添い出す。

 少しして、お風呂から上がったクロが「俺も俺も!」と訳も分からず傍へと寄って来た。

 何と言うか、……暑苦しい奴等だ。




********


 薄暗い部屋の中、マントを羽織った一人の人物が、椅子から静かに立ち上がる。

 顔はフードで隠されて見えないものの、声の調子から女性であろう事が窺えた。


「よくやったな、――ポア」

「は、はい!」


 女は後ろを振り返り、ベッドの上で正座するポアを見つめた。


「私は先に行っている。後は、……分かっているね?」

「はい!」


 念を押す様な口調で、女はポアを威圧する。

 睨み付ける様なその瞳は、闇の中でも赤く光っていた。


「必ず連れて来なさい。他は死んでもいいが、あの子供だけは必ずだ」

「はい……」

「……それにしても、本当に運が良かった。ルドア国にまで行く手間が省けたのだから。大砂嵐で足止めを喰らって一時はどうなる事かと思ったが、まさかここで見つけられるとは……。あまり時間はないからね。ポアも可能な限り急ぎなさい」

「はい!……あの、……」


 部屋を出ようとドアへと向かっていた女だったが、ポアの呼びかけに振り向くことなく、「何?」と返す。


「あの、……これが終わったら、お母さんとお父さんは……」


 女は口元に笑みを浮かべ、「ええ」とだけ答えた。

 その返事を聞いて、ポアの耳は嬉し気に立ち、尻尾がふりふりと揺れる。


「それじゃあ、ポア。私はもう行く。先に戻って、準備をしなくてはならないからな」

「はい!」


 女は最後に笑みを残し、ドアの向こうへと消えていった。

 それを最後まで見届けて、ポアは前のめりに倒れ込む。


「お母さん、お父さん……。ポアは、ポアは、頑張るよ。だから――」


 そう小さく呟いて、ポアは「えへへ」と尻尾を揺らしながら笑いを零すと、すっかり重たくなっていた瞼を、漸く閉じた。




もう少しで二章も終わります。

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