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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第二章 旅立ち編

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全てを疑い、考えよ。

 歪な笑みを口元に刻み、こちらを試すかのような発言を繰り返す幼き少女。

 けれどその発言はあまりに危うく、自ら己の立場を追い詰めている様な、破滅的な内容のものばかり。


『今なら1つだけ、何でも答えてあげるけど?』

『20秒、何をされても私からは手を出さないでいてあげる。――吸血鬼を倒す絶好のチャンスな訳だけど、乗るかい?』


 ワーズマンは、レオの言葉1つ1つ思い起こしながら、無言で髭を撫でた。

 何か思惑があってのその発言かとも思っていたが、恐らく違う。

 彼女は、破滅したいのだろう。

 破滅への道を、辿りたいのだろう。


「……」

 

 ワーズマンは目を瞑り、深い息と共にレオの顔を想い描く。

 歪んだ笑みは、笑い声は、どこか自虐的で。

 そしてその瞳の奥には、恐怖と不安とが渦巻いている様に彼には見えた。

 『20秒何をしてもいい』と提案する少女の歪んだ笑顔は、何故だか悲哀に満ちていて、今にも泣きだしそうな印象さえ受けた。

 故に彼は、提案に乗った。

 その時の少女の笑みは、嬉し気だった。

 けれど、絶望と失望とが瞳の奥で揺らめいていた。

 数を数えだす少女の背中は、あまりに小さくて。あまりに哀れで。

 吸血鬼の強大過ぎる力を宿した、幼く、弱々しい背中。


 ――ああ。この子は、一体何を背負っているのか。

 その幼さで、一体何を抱えているのか。


 ワーズマンは、そっと少女を抱きしめる。

 身体を強張らせ、悪態を吐く少女。

 殺すよと言いながら、けれど少女は、時間が経っても腕の中に納まったまま。

 きっと、そういう態度しか取れないのだろう。

 彼女なりの、精一杯の強がりなのかもしれない。

 吸血鬼という運命故か、少女は世界を信じていない。……いや、諦めている。

 

 どうせ敵になるのだろう?

 どうせ私を傷つけるのだろう?


 そんな声なき声が、聞こえた気がした。

 けれどそう思うという事は、そうなって欲しくはないからで。

 諦めも絶望も、その逆となる感情があってこそ生まれるのだ。


(ならば何故、破滅を望む?何故、足掻く前から諦めている……)


 この老いぼれた腕に包まれながら、レオは言った。

 

『――どうすれば、死ねるだろうか。消える事が、出来るだろうか』


 それは、我々大賢者へ向けた問いであり、願い。

 それから、もう一度腕の中で鼻を啜る音が聞こえたかと思ったら、レオは勢いよく腕を払い除けて距離を取ると、いつも通りの不敵な笑みを浮かべていた。


『ふふ、なんてね?……さぁ、教えてくれるかな?魂を無に返す方法を。……もう、転生なんてごめんだからね――』



 レオが退出した大賢者の間で、ワーズマンは吸血鬼談議に花を咲かせる子等を見つめる。

 彼らにとって、今日の事は驚きと興奮の連続だったに違いない。

 吸血鬼の生態は未だ謎に包まれているが、死んだ吸血鬼の記憶を宿す分体の存在は確認されていた。

 ただ、分体全員ではない為、どういう条件下でのものかは分かっていないが。

 あの子供らしからぬ言動は、レオが記憶継承に当てはまる吸血鬼であるがため、……と思っていた。


(まさか、転生者でもあったとは……)


 ならば、彼女の中で渦巻く狂気は、絶望は、……果たしてどの記憶に因るものか。

 死した吸血鬼に刻まれた怨念か。

 死した己に刻まれた深き闇か。


(あるいは、その両方か……)


 ワーズマンは、益々白熱し出す子等に温かな視線を送った後、静かに瞳を閉じて大賢者の間を後にした。




*******


「――ふがっ!……レオ!」

「ふふ、お待たせ」


 エルの影へと転移をすると、そこは変わらずの面談室。

 もしゃもしゃと口に入った食べ物を、エルが急ぎ飲み込んでいた。

 テーブル上をチラ見すると、『勝手に食え。――ドミニク』と書かれたメモと一緒に、御丁寧に紅茶とお菓子とが並べられていた。

 彼の性格が透けて見えるようである。


「その花は?」

「ん?……ああ、これか。よかったらエルにあげるよ」


 私は髪に挿された小さなピンクの花を引き抜くと、不思議そうに首を傾げるエルの髪に挿し直す。


「ふふ。私なんかより、エルの方がよっぽど似合うね」

「……もう。レオの方が可愛いじゃないの」


 そういいつつも、エルは花にそっと触れながら、嬉しそうに頬を染めた。

 エルって女の子っぽい可愛い物好きだしね。

 こんな貰い物で喜ぶなんて安上が……、じゃなくて……、えーっと、ゴホン。


「ありがとう。大事にするわ」

「と言っても、直ぐに萎れてしまうけどね」


 しかも、それくれたのお爺ちゃんだし。

 他人の髭に挿さってた花とか、髪に付けたくなくない?


「……ごくん。――お嬢、おかえり!」

「ただいま、クロ。……ふふ、口元が食べかすだらけだね」

「んぐ……」


 すっかり恒例となった挨拶を交わし、スーちゃんをクロの口元に押し付けて、マフィンのカスを拭う。


「レオ……。やっぱりそれ、使い方おかしいわ……」

「そうかい?」


 哀愁漂う顔でエルがスーちゃんを見つめていた。

 

「そういえば、お嬢。リヒト達、先に行くって言って出てった。ごめんねってさ」

「そっか」


 まぁ、部屋の様子を見れば分かるけど。

 というか、リヒト達がいないのを蝙蝠で確認したから、闇転移を使ったんだけどね。


「サシャマの大砂嵐が、もう2、3日で止むんですって。急いで準備を整えなきゃって言ってたわ」

「ああ、そうだったね。彼等、ルドア国に行くんだっけか。それにしても、今回の大砂嵐は長いね。もう12日は経ってるそうじゃないか」


 ルドア国に行くには、サシャマとガドニア国を経由するのが一番の近道。

 サシャマは広大な国土の殆どが砂漠地帯だから、抜けるのは非常に大変だ。

 大砂嵐に遭遇した日なんて、もう最悪。今回の様に14、5日続く事は異例の事だが、それでも7~10日前後は普通に続くので、近くに町でもなければまず死ぬ。

 とはいえ、大砂嵐は数ヵ月に一度と発生頻度が決まっているから、予測もしやすい。

 だから砂漠越えをする際は、皆その予報確認を欠かさない。

 ……まぁ、普通の砂嵐は不定期だから、大砂嵐だけが危険って訳じゃないんだけどね。

 でも逆に、それさえ突破してしまえば、後は小国のガドニア国だけだから楽々。

 砂漠を回避した別ルートもあるけれど、それだと3か国程を跨ぐことになるから、かなりの遠回りとなってしまう。


「大砂嵐の所為で足止めを余儀なくされた冒険者達も大勢いるでしょうし、その日に旅立つ人、結構多いんじゃないかしら。ここ数日、砂漠越えの準備の為か、服屋とか道具屋とかが凄く賑わってたわ」

「へぇ。よく見てるね」

「街の外に出る時は、ポーションとか最低限の物は揃えといた方が良いと思って。時々、役に立ちそうな道具とかないかなーって、見に行くの」


 おお、いつの間にそんな事を……。

 仮にも冒険者だから、当たり前の行動といえばそうなんだが、流石はエルさん。

 私なんかはポーションが無くても怪我は治るし、要り様の物が出てこれば街に転移してその都度買えばいいから、準備云々という意識がつい抜けてしまう。


「うんうん。エルは計画性があって素晴らしいね。何かあっても、エルがいれば何とかなるかなって気になってくるよ」

「そんな……、言い過ぎだわ」


 薄く染まった頬に片手を当てて、もじもじ。

 本来ならば褒める様な事でも無いんだろうけれど、私という存在がいるこのパーティーに限っては別である。

 何かあっても街に直ぐ戻れちゃうから、何かに備える必要がほぼ皆無なんだよねぇ。


「もしかして、クロもポーションとか買ってたりしてるのかな?」


 冒険者になってからはエルと二人で行動をする事が多いし、エルの買い物に付き合って、道具屋とかに一緒に入ってる可能性は高い。

 それなら、エルの行動を模倣して、クロも何かしらの備えをしているのではなかろうか。

 そんな疑問がふと過ぎって、フィナンシェをもくもく食べながら話を聞いていたクロに問い掛けた。

 ……あ、それ美味しそう。


「ん?エルが買ってるなら、俺が買う必要なくない?同じの買っても被るだけじゃん」

「うん。クロはやっぱりクロだね」


 「どういう意味だ?」と言いたげに首を傾げるクロ。

 けれど直ぐに考える事を放棄して、お菓子に再び手を伸ばす。

 エルの苦労がよく分かった瞬間である。


「でもエル。そういうの買うんだったら、収納袋とか必要になって来るんじゃないの?」

「そんな高級品、買えないわ。それに、あまり荷物にならない小さな物しか買ってないし、ポーチで十分よ」


 エルはマントを捲って、腰に付けたポーチから試験管型の小さなポーションを取り出すと、軽く振ってみせた。


「小さくて効き目が薄そうに見えるけど、濃縮タイプのものなのよ?あと、解毒や解熱剤になるホーリートレントの根っことかも買ってあるわ。この小瓶に入った粉は、ちょっと前にタンポッポ草を煎じて作った整腸剤。買うと結構高いから、自分で作っちゃった。それと……」

「うん。エルがいてくれて本当良かったわ」

「そ、そんな……。当たり前の事をしただけよ」


 頬を赤らめ、先程と同じポーズでもじもじ。

 何か、このパーティーには勿体無い人材な気がしてきたなぁ……。

 これで自傷癖さえなければ、どこでもやっていけるだろうに。

 私は俯いてもじもじするエルに哀れみの視線を向けた後、残り少なくなったテーブル上のお菓子を闇で包み込んだ。

 後で宿で食べよっと。


「俺、まだ食べてた……」

「すまないね。これからドミニクに会いに行かなければならないから、残りは宿で食べてくれ」

「分かった」


 まぁ、ほとんどが私の分だけどね!


「――さて。図書館に行こうか」


 笑みを湛えながら、先陣切って扉を開ける。

 後に続くエル達を引き連れて、再び長い回廊へ。

 ふと、廊下の隅で死んでいた羽虫の死骸が目に留まった。

 無感情に、通り過ぎ様その死骸を横目で一瞥しながら、先程のお爺ちゃんの言葉を思い起こす。



『――アンデッドとして、死した器に魂を入れるといった事は出来ても、魂そのものに干渉することは出来ぬ。器を壊せば、再び魂に戻るだけ。消滅までは不可能じゃ。無から有は作れぬように、その逆もまた然り。どれだけ足掻こうとも、生き死にに関する運命だけは変えられんよ。それが、神の定めし世界の理。唯一絶対にして、普遍であり不変也』



 それが、この世界で最大の知識を有するとされる老賢者の答え。


「ふふ。全く、絶望的じゃあないか」


 思わず、小さな呟きが零れる。

 けれど彼は、その後にこう続けた。



『……だが。常識は時に覆る。絶対などこの世にない。老賢者と呼ばれる儂もまた、所詮は世界の枠組みに嵌まった唯人よ。儂の言う言葉を全て真実と思うな。全てを疑い、考えよ。知識も常識も、全ては人が作り上げたものなのだから。それらが全て正しいなどと、誰が証明出来ようか。生あるものは何れ死ぬ?ならば何故、吸血鬼は不死なのだ。生と死の絶対的な理は、既に破られた。ならば、絶対とは何か?理を破りし、神の如き業を持つ吸血鬼ならば、あるいはその真実に辿り着けるやもしれぬな』


 それからお爺ちゃんは、髭に活けられていた花を一本抜くと、にこにことした笑みを浮かべながら私の髪に花を挿す。

 その後は、全てを語ったとばかりに後ろへと下がり、傍観者モードに切り替わった。



 ……絶対などこの世にない、か。

 ふふ。ならば、その言葉さえも絶対ではないということにならないかい?

 けれど、自分の言う事を全て真実と思うなともほざきやがる。全てを疑え――、と。


「く、くく……」

「レオ?」


 ああ、矛盾している。

 君に聞いた私が馬鹿だったよ。

 でもまぁ、……参考程度にはさせてもらうとしよう。

 他の大賢者達は、私が吸血鬼の生態調査に協力する代わりに、今後も知識や情報を惜しみなく提供することを自ら約束してくれた。

 興奮気味に詰め寄られて、ちょっとビビったが。


「いや、正面から図書館を見るのは初めてだと思ってね。いやはや何とも、……立派な建物だ」


 図書館へと辿り着き、本校舎と負けず劣らずの巨大な建物を見上げる。

 流石は、世界最大の図書館。

 大賢者が管理してくれた方が安全だろうからと、世界中から貴重な書物が集まって来るのだとか。

 もちろん、そういったものは例え学生であっても貸し出し不可だけれど。

 とはいえ、世界一の図書館と呼ばれているにしては蔵書量が少なすぎるから、多分他の場所にも隠してたりするんじゃないかなぁ?

 ……ま、隠し場所の見当は大方ついてるけどね。


「本当、大きな図書館……。どっちがメインの建物か、分からないわね」

「ふふ。図書館を見る為だけに観光客が来るぐらいだからね。……それじゃ、入ろうか。さっさと用事を片付けて、宿でお茶の続きとしよう」


 そう言って、図書館の扉を押し開く。

 幼子と、マントの二人組。それから、獅子とスライム。

 その異様な組み合わせの登場に彼らは直ぐ様反応し、入り口付近に常設されたカウンター内から姿を見せた。

 一人は、言わずもがなのドミニク・ブラウリオ。

 そして彼の後ろに続くは、茶色い髪のおさげの少女と、焦げ茶色の髪の少年。

 どちらもこれといって特徴のない、平々凡々な見た目である。


「……遅かったな。帰りやがったのかと思ったぞ」

「ふふ、まさか。少し立て込んでしまっただけだよ。……それに、お茶の御礼も言いたかったしね?せっかくだったから、美味しく頂かせてもらったよ。ありがとね?」

「……なんだ。図書館に忍び込む割には、礼儀がなっているではないか」


 驚いたように、若干目を見開くドミニク。


「失礼だね。人をこそ泥みたいに言わないでくれるかな?」

「忍び込み、勝手に図書を持ち出したのは事実だろう?」

「無断持ち出しは最初の数回だけだよ。面談室でも言ったと思うけど、それ以降はおじい……ワーズマンの許可を貰っている」

「それでも、やったことに変わりはない。我々を騒がせたことに対して、何か言う事はないか?」

「……ふふ。やはり教師だね。……少し癪だが、君の言い分も尤もか。――迷惑を掛けて、すまなかったね。図書館への侵入と、図書の無断持ち出しの件、ここにお詫びしよう」


 姿勢を正して謝罪を口にすると、優雅に頭を下げる。

 我ながら完璧な謝罪と言えよう。

 こんな出来た6才児、他にいないと思うわー。

 と、内心でほくそ笑んでいた訳だけど――。


「却下だ」

「……は?」


 驚きで顔を上げる。

 却下って、何が?


「なんだその大人びた謝罪は。形式ばっていて、謝罪の意が伝わってこない。やり直しだ」

「……言ってる意味が分からないんだけど?謝罪の意って……。心底申し訳なさそうな表情でも作れば満足なのかい?そもそも、申し訳ないとか大して思っていないのに、心を込めろとか無理だから」

「レオ……。正直に言い過ぎだわ」


 自分の方に非があるのは確かだから、道理に従って謝ってるだけだ。

 多くの人がそういうもんなんじゃないの?

 例えば、手がちょっとぶつかっちゃって、咄嗟に「ごめんなさい!」と言葉を口にしたとしても、それ以上の謝罪を求められるとイラつかない?


「はぁ……。何だよ、金か?金でも払えば満足なんか?幾らだよ。言ってみな?言い値を払ってやんよ」

「レオ……。それ、金持ちな小悪党が言う台詞だわ」

「おや、そうかい?――それで?結局君は、どういった謝罪を求めているのかな?土下座でもして欲しいのかい?悪いが、それ以上の謝罪テクはもっていないのだけど」


 噂では、スライディング土下座だとかがあるそうだけど、残念ながら私には無理だ。


「先程から黙って聞いていれば、何を勘違いしている?金だの土下座だの、子供にそんな事させる訳ないだろうが。私を何だと思っているのだ」

「分からないね。なら、他にどんな謝罪があると?」

「馬鹿か。そんな事も分からんとは……」


 ドミニクは嘆かわしいと言わんばかりに眉間を揉み込み、溜息を吐いた。

 ……まさか、この私が馬鹿呼ばわりされる日が来ようとは。


「――ごめんなさい、だろう?」

「……は?」


 深い溜息の後に出された答え。

 予想外の言葉に、耳を疑う。


「悪い事をしたら『ごめんなさい』だろう?変に大人びた態度で誤魔化すな。年相応の謝罪をしろ」

「……」

「ほら」

「……ごめんなさい」

「よろしい」


 満足気に頷いて、ドミニクは口元を緩ませる。

 ぐぬぬ……。何か屈辱だ。

 けれど――。



『――ごめんなさいは?』

『ううぅぅ~~!!ごめんなさいぃぃぃ~~~!』

『よく出来ました』



 ふと過ぎった、数か月前の記憶。


「ふふ」

「……何を笑っている」

「いや、何でもない。……くっ、ふふふ」


 全く、これではクリストフと同じだな――と、暫くの間、私は笑いで肩を震わせていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  レオ一行と、勇者たち、大賢者様たちとの絡み、めちゃくちゃ面白いですね! 思いのほかコメディー要素が多くて(クロードの性別論争など)、とても楽しませてもらっています。  でも物語自体が狂気…
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