20秒。
周囲が沈黙する中、シーファの発言に同調するかのように私へと視線を向ける大賢者達。
……へぇ。
こいつ等、そこまで気付いていやがったか。
私は瞳を細めて彼らに真っ直ぐ向き直ると、微笑と共に視線を送り返した。
「吸血鬼……って、あの、昔話に出てくる吸血鬼ですか?」
リヒトは動揺を瞳に浮かべながら、シーファに問いかける。
それにより、シーファや他の大賢者達の視線が私から逸らされて、リヒトへと再び移っていった。
「ええ、そうです」
「……原初の吸血鬼から生まれた不死の一族。本当に、実在していたんですね」
「世界の始まりからいるとされる、神話級の化け物。少なくとも人類の3割と、魔族の半数をたった一人で滅ぼしたとされています。およそ700年前、最後の吸血鬼であるヨハネスの死を以って絶滅はしましたが、彼らは確かに実在しました」
「……その滅んだ筈の化け物が、仮面の子供の正体だと?」
「いえ。その子供の能力が、吸血鬼に酷似していると言ったまでのこと。……ですが、吸血鬼の生態も能力も、未だ謎が多い。常識では考えられませんが、元々常識外れな種族ですからね。どこかで蘇っていても不思議ではないかもしれません」
「は、はは……。もしそれが事実なら、魔族も人間も関係なく、全世界を揺るがす大事件ですね。一人の子供を殺すために、世界が結託することになるでしょう。そしてきっと、……多くの死人が出る」
まぁ、そうなるわな。
向かっててくるなら、流石の私も抵抗しなくちゃならんし。
殺しちゃっても仕方ないよねー。
というか……、私VS世界?……なにそれ、めっちゃ面白そう。
「く、ふふふ……」
思わず笑いを零していると、隣でエルが「レオ……」と憐れみの目を向けてきた。
何故だろうか。
「――コホン。えーっと……、シーファの話でリヒトが不安に思うのも無理はないと思うけど、吸血鬼がどうのっていうのは、あくまでも可能性の話だろう?答えが定かではないのに、今ここで、あーだこうだと考え込んだって仕方がないと思うのだけど?」
「レオ君……」
「それが事実であるなら、私だって怖くて仕方がないとも。ふふ。私だって一応、この世界で生きる住人な訳だしね?けれど、さっきの話がどうであれ、なるようにしかならないさ。君は、自分が何を為すべきかを決めるためにここに来た。仮面の子供の危険性に逸早く気付いた君は、この件に関して、間違いなく世界を先導する人物になるだろう。世界が、ではない。君が世界を動かすんだ。自分で考え、自分が為すべきことを為せ。一月程君を見てきたが、君にはそれだけの力があると私は思うよ?だって君はほら、……勇者なのだから」
私は僅かに頬を染め、優しい笑みを浮かべてリヒトを見つめる。
そして、目を大きく見開かせるリヒトに、止めの一言。
「――君は、いつか世界を救うだろう」
「……!!」
おっと。口角が片方だけ、変に歪んでしまった。
*******
あれからリヒトは、大賢者達から仮面の子供の能力について、その仕組みを詳しく聞いた。
吸血鬼の能力を参考にした仮説でしかないが、類似点の多さから説得力は抜群である。
そして、それらを聞き終わったリヒトが出した答え。それは――、
『仮面の子供が最初に現れた場所――ルドア国王都に行こうと思う。そこにきっと、何かがあると思うんだ』
……え、それだけ?
それって結局、保留ってことだよね?
「……全く、あれだけ持ち上げてやったのに、リヒトにはちょっとがっかりかな。馬鹿みたく猛進して破滅していく姿が見たかったんだけど、思った以上に用意周到な性格らしい。……いや、用心深いというべきか?勇者って、唯の馬鹿ではないのだね」
私は「はぁ……」と大きく吐息を零して首を振ると、大賢者達を見上げた。
「君ってぇ、相当性格歪んでるよねぇ。キシシッ!」
「ふふ、今更だね」
リヒト面談が終わって、今は私とスーちゃんと大賢者の6人と1匹だけ。
大賢者達により元の部屋へと戻される時、自分だけはここに残す様に願い出たのだ。個人的にまだ聞きたいことがあるから――と。
「それなら俺達も付き合うよ」とリヒト達は言っていたけれど、正直邪魔だったので、「申し出は嬉しいのだけれど、そろそろ私の魔力も尽きてしまうからね……。自分一人だけならともかく、これ以上の床の維持は厳しいかな」と辛そうな笑みを浮かべたら、申し訳なさそうは表情で了承してくれた。
エル達は残ると言って聞かなかったけれど、「旅の目的を知らないクロとシロには聞かれたくない事なんだ……。少しの間、クロ達を見ていてくれる?彼らだけ戻すのも不安だし……、エルだけが頼りなんだ」そう囁くと、エルの耳が嬉しそうに揺れた。
チョロイ。
「――それで?聞きたい事って何かしら?」
「まぁその前に、幾つか確認したいことがあるのだけど、いいかな?」
小首を傾げて微笑んで、大賢者達を見回す。
彼らはそれぞれ口を閉ざし、無言の肯定を示した。
「君達は、……どこまで気付いているんだい?」
「どこまで、とは?」
「ふふ、私の正体についてだよ。あれだけ挑発してきた癖に、今更分かり切ったことを聞かないでくれるかな、シーファ。思わず殺してしまいそうになるよ」
自身の笑みが歪んでいくのを感じながら、床から幾本もの蔦を生やしてシーファに向けた。
「カッカッカ!相変わらず俺達相手にその態度!!ガキの癖に豪気じゃねぇか!!……まぁ、テメーが吸血鬼だってんなら、その態度も納得だがなぁ?」
「それは、どこまでの確信があって言ってることなのかな?」
「8……いや、9ってとこか。残りの一割は、テメーが肯定することで埋まる。なにせ、それ以外に確かめる術がないもんでな?」
「ふふふ!私が肯定したところで、それが真実かは分からないでしょ?鵜呑みにするのは良くないと思うなぁ?だって私は、最強で最恐で最凶で最悪の!……吸血鬼なんだからさぁ!!??あっははははははは!!」
腹を抱えて笑う私と、それを冷静な瞳で見下ろす大賢者達。
ほとんど確信していたようだったし、この結果にあまり驚きはないようだ。
「ははははは――はぁ。……詰まらないね。もっと驚いてくれないと。私一人が馬鹿みたいじゃないか。災厄とも呼ばれる種族の復活だよ?ここはもっと盛り上がるところだろう?」
とんだ肩透かしだ。
私は床に胡坐を掻いて座り込むと、脚の上にスーちゃんを乗せて無言で戯れた。
「……これでも、十分に驚いているわ。まさかこの目で、実物を見る事になるなんてね」
「ふふ、そうか。驚いてくれて何よりだよ。……それで?世界で初めて、君達は私の正体に辿り着いた訳だけど、今後の御予定は?今なら君達が総出で掛かってこれば、殺すまでは出来なくとも、封印ぐらいは出来るかもしれないよ?吸血鬼とは言え、私はまだまだ子供だからね」
視線を合わせることなく、興味無さ気にスーちゃんを弄り続ける。
こねこねこねこね。丸めたり伸ばしたり、けれど最後には、プルンッと自ら楕円形へと戻っていくスーちゃん。
やだ、可愛い。
「キシシー。確かにぃ、老賢者様がいる今ならぁ、封印ぐらいは出来るかもしれないねぇ?……どうしますぅ?」
クルッカは白衣のポケットから取り出した棒付きキャンディを咥えながら、変わらずの傍観者ポジションを貫いていたお爺ちゃんへと視線を向けた。
お爺ちゃんは、……いつも通りの笑顔だった。
「ふぉっふぉっふぉ。レオは儂の友達じゃからのぅ。そんなことをしてしまっては、レオに会えんくて儂が寂しい」
本当こいつ、何考えてるのか底が知れねぇ。
私はスーちゃんを抱きかかえ、背中から闇で創った羽を生やすと、お爺ちゃんの目の前へと移動した。
けれどお爺ちゃんは、私のその行動にも驚く素振りはなく、皺くちゃの目でにこにこと笑むだけである。
「……君さぁ、本気で言ってるの?吸血鬼だよ?その脅威を、君はよく知ってるんじゃないか?700年以上大賢者で在り続ける君ならば、当時の様子を知っていてもおかしくはない。……会った事ぐらい、あるんじゃないか?」
「……」
笑みのまま、固まるお爺ちゃん。
図星かな?
それから少しの間の後、お爺ちゃんは意味不明な問いを私へと投げかけた。
「……儂を、知っておるのか?」
「は?それはどういう意味だい?」
「いや、……知らぬなら良い。可笑しなことを聞いたのぅ。ふぉっふぉっふぉ!……許せ」
「……?」
その回答も十分おかしいと思うけど。
ボケてきたのかな?
「……まぁいいや。それよりお爺ちゃん?今なら出血大サービスで、10……いや20秒、何をされても私からは手を出さないでいてあげる。……あ、もちろん逃げも隠れもしないよ?棒立ちで20秒だ。……どうだい?吸血鬼を倒す絶好のチャンスな訳だけど、乗るかい?」
仕切り直しだとばかりに私は瞳を細めて微笑むと、お爺ちゃんに顔を近付けて、皺くちゃの小さな目を覗き込む。
どう?どう?そろそろ本性を現しなよ。
けれどお爺ちゃんは、相変わらず笑みを湛えたまま。
私は苛立ち気に顔を歪めると、舌を打った。
やはり食えねぇ爺さんだ。
……と、思った時、お爺ちゃんは穏やかな口調で「それは、本当かのぅ?」と言葉を発した。
「……!!ふふ!もちろんだよ?」
食い付いた!!
私は表情を緩ませて、小首を傾げる。
「20秒、本当に何をしてもいいのかのぅ?」
「ああ、いいよ?何なら後ろを向いて、目でも瞑っていてあげようか。封印術式を組むでも、殺せることに賭けて痛めつけてみるでも、……幼女の体に悪戯するでも、ふふ?自由にするといいさ。――けれど、時間が経てば私も反撃するからね。君達が後者を選ぶような幼女愛好家でない事を、私は願うばかりだよ」
冗談めかしてくすくす笑った後、お爺ちゃんに背を向けて目を瞑る。
それから、「じゃあ、数えるよ?」と合図して、いーち、にーい、と数え始めた。
さて、彼らは何をしてくるのかな?
わくわくと、必然的に口角が歪む。
――が、その後直ぐに、私は驚きで言葉を失うこととなった。
ゆっくりと背後に近付いてくる、お爺ちゃんらしき気配。
そして――、
「……」
思わず、固まる。
背中から始まり、全身をすっぽりと包み込む温かな体温。
これって、まさか……。
私は「カッ!」と目を見開いて、前に回された皺くちゃな手を凝視した。
そして、一旦生唾を飲み込んだ後、深呼吸と同時に心の中で叫ぶ。
――バ、バックハグだとぅぅぅぅぅぅぅっ!!??
ジジイの癖に!?
片腕で包み込み、もう片方の手で頭をよしよし撫でてくるお爺ちゃん。
え、え!?このジジイ、正気か?
冗談だったのに、こいつまさかの幼女愛好家!!?
私は冷や汗が頬を伝うのを感じながら、首だけ後ろを振り返り、お爺ちゃんの顔を見上げた。
目と目が合ったお爺ちゃんの顔は、変わらずのにこにこだった。
「……どういうつもりかな?」
「ほ?抱っこするのは駄目じゃったかのぅ?」
しゅん、と眉尻を下げ出すお爺ちゃん。
……あざとい。
「いや?何をしても自由だといったのは私だからね。別に構わないよ?……でも、本当にそれでいいのかい?時間が経てば、私は君を殺すかもしれないよ?」
「ふぉっふぉっふぉ。ダメでないなら良かった良かった」
「……」
お爺ちゃんは、私の向きをくるりと変えると、今度は前面から抱きしめた。
それから背中をポンポンされて、合間に頭をよしよし撫でられる。
「……君、人の話聞いてる?聞いてないよね?殺すよって言ってるんだけど?」
「ふぉっふぉっふぉ。レオは良い子じゃのぉ」
「なるほど。耳が腐ってるんだね」
私は「はぁ……」と諦めたように吐息を零すと、お爺ちゃんのフローラルな髭に顔を埋めながら不機嫌そうに眉を顰めた。
それから、「本当、君といると調子が狂う」と、小さく呟く。
……って、あれ。何かデジャブ。
昨夜もこんなことがあった様な?
「――そろそろ20秒なんだが」
「ふぉっふぉっふぉ。そうかそうか」
「聞いてないよね?20秒経ったって言ったんだけど」
「あい、分かった」
「……」
けれど、お爺ちゃんは私から離れる事はなく。
どうやら本当に、耳が腐っている様だ。
全くこのジジイ、……どうしようもねぇな。
花がところどころから顔を覗かせるその髭は、フローラル臭が強過ぎて本当最悪。
花粉の所為か、鼻までむずむずしてきやがった。
「ぐすっ……」
髭がじんわりと鼻水で濡れた感覚がしたけれど、これはもう、抱っこし続けるお爺ちゃんが悪いよね。
バルーナが怨めしそうな顔でこちらを見ている。
仲間にしますか?
→はい
→いいえ
→お爺ちゃん助けてぇぇ!!




