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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第二章 旅立ち編

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大賢者。

 スファニド魔法学園、――大賢者の間。

 そこは、床に大きな五芒星が描かれた、円の形を成す大広間。

 中に入れる者は、大賢者のみ。

 なぜなら、この広間が学園のどこに存在しているのか、大賢者以外誰も知らない。

 入り口らしき扉も、窓さえもない完全な密室空間であるため、外から場所を突き止めることも不可能である。

 だからこその、大賢者の間。

 魔法の極致に至った大賢者のみが入る事を許された叡智の間。

 けれど、書物どころか紙切れ一枚、広間のどこを探しても見つからない。

 ――否。

 書など不要。

 彼らこそが叡智そのもの。

 彼らこそが魔導の全て。

 彼らがその広間に集った時、この何もない大広間は初めて叡智の間と化す。

 人類を超越した知識量を有する彼らが集い、語り合う。

 その意味、その価値、……如何ばかりか知れない。

 そして今、この大広間に彼らは集った。

 五芒星の5つの角の遥か真上にそれぞれ浮かぶ、5人の――大賢者達が。


「はぁん……。そろそろお話しして下さっても宜しいのでは?」


 バルーナ・エスコフィエ――生命魔法・身体強化魔法分野の第一人者。

 彼女はソファに優雅に寝そべりながら、甘い吐息と共に言葉を発した。

 ふわふわとした薄紫の髪に、美しくも品のあるドレスに身を包むその様は、まるで貴婦人の如く。


「そぉですよぅ。勿体付けずにぃ、とっとと話しちゃって下さいなぁ。毎晩図書館でぇ、何をされてるんですかぁ?理由も話してくれないからぁ、ドミニクが最近ちょぅ不機嫌でぇ、アタシがちょぅ困るんですけどぉ。キシシッ」


 クルッカ・リンデル――付与魔法・魔道具開発分野の第一人者。

 丸眼鏡がズレるのを気にも留めず、気怠そうに机に頬を付けながら、これまた気怠そうに飴を咥えた口で器用に喋るクルッカ。

 ヨレヨレの白衣と、手入れもなく伸びっ放しとなっている水色の髪から、彼女の生活状況が容易に想像出来る。


「ネズミは捕まえたのでしょう?なのに、我々にその詳細を報告して下さらない。何故でしょうか」


 シーファ・ストライド――空間魔法・精神魔法・精霊魔法分野の第一人者。

 彼は椅子に行儀よく腰かけつつも、怪訝そうに眉を顰める。

 一つに結ばれた長い金色の髪に、青い瞳。それと、……長い耳。

 これらの身体的特徴が、彼の種族を物語る。


「テメーらも少しは察してやれよ。態々立ち入り禁止令まで布いた真夜中の図書館だぞ?……ほら、あれだ。少し考えれば分かるだろ?聞くだけ野暮ってもんだぜ。全く、ジジィもまだまだ元気だねぇ?」


 ロイ・デスターナ――破壊魔法・防御魔法分野の第一人者。

 胡坐をかき腕を組み、ロイは大口を開けて「カカカッ!」と笑う。

 その動作に合わせて揺れる、癖っ毛の橙赤色の髪はまるで炎の様。


「ちょ……、ロイッッ!!それはどういう意味ですの!!?……え、ちょ、違いますよね!?違いますよねぇ!!?――老賢者様!!」

「ふぉっふぉっふぉ」


 そしてこの、涙目のバルーナに詰め寄られながらも、真っ白な長い髪と同化した髭を撫でつつ、にこにこと笑うお爺さん。

 彼こそが、大賢者を超えた存在――老賢者。

 ワーズマン・ヴィ・スファニド――魔導統括第一人者。

 大賢者の知識量、万人には計り知れず。

 されど、彼の者の知識量、大賢者でさえ計り知れず。

 大賢者の席に着いて既に700年は経過していると言われているが、その正否を知る者は誰もなし。

 正に超人。

 彼こそが魔導そのもの。

 彼の叡智は、大賢者という肩書さえも狭すぎた。


「笑ってないで答えて下さいまし!ネズミと何をしてらっしゃいますの!?」

「バルーナよぉ。それを態々ジジィに言わせてどうしたいんだテメーは。そんなに年寄り辱めて楽しいかぁ?何も知らねぇ純情乙女でもあるめーに、自分の歳を少しは考えろや。何年生きてると思ってやがる」

「ん、な……!!信じませんわ!!老賢者様が、そんな、そんな……!破廉恥ですわぁぁあああ!!」


 両手で頬を覆いながら、顔を赤くし、瞳を潤めるバルーナ。

 それからソファにぺったりと、力なくうつ伏せになって肩を落とした。


「ま、そんな気を落とすな。こん中で、ジジイの次に長く生きてんのがテメーだ。んで、ジジイの事を一番よく知ってるのもテメーだ。そんなお前等の間に割って入れる奴なんざ、そうそういねーと俺は思うぞ?うんうん。ジジィとババァ、お似合いじゃねぇか」

「誰がババァだ、あ゛あん!!?ブチ殺すぞ」


 ロイの“ババア”という単語に反応し、突如ソファから身を起こしてドス声で怒鳴り声を上げるバルーナ。

 その剣幕は凄まじく、先程迄のお淑やかさはまるで無い。


「……落ち着きなさい、バ――」

「誰がババアだ、あ゛あん!!??そのパツ金毟り取って、唯耳が長いだけのハゲにしてやろうか!?」

「……」


 バルーナを宥める為に名を呼ぼうとしたシーファだったが、理不尽にも暴言を浴びせられる。

 こうなってしまったバルーナには関わるべきではなかったと、シーファは静かに口を噤んだ。


「あーもーぅ。話が進まないじゃーん。馬鹿共はぁ、黙ってろよなぁ」

「おい貧乳眼鏡。今何つった?誰が馬鹿だコラ。あ゛あ!?」

「ロイロイ~。もしかしてぇ、それって挑発のつもりな訳ぇ?女がみんなデカパイになりたいと思ってる訳じゃないからねぇ?肩は凝るしぃ、動けば揺れるしぃ、うつ伏せになれば圧迫されるぅ。あんな非生産的なモノをぉ、欲しがる女の気持ちが理解出来な~い。はぁ……。貧乳、最っ高ぉ。キシシー」


 ロイへと顔を向ける事もせず、相変わらず机に頬を付けたまま気怠気に笑みを浮かべるクルッカ。

 貧乳で良かったと心から思っているクルッカにとって、ロイの挑発は0ダメージであった。


「ふぉっふぉっふぉ。賑やかなのは良きことかな」

「笑っていないで、そろそろ話を始めて下さい。収拾がつかなくなります。我々を呼んだのは貴方様でしょう」

「ふむ……」


 にこにこと場を眺めるだけであったワーズマンだが、眉間に皺を寄せるシーファに咎められた事で、考える込む様に表情を崩した。

 そして、一度咳ばらい。


「――では、そろそろ話を始めるとしようかのぅ」


 その一言で周囲は一斉に静まり返り、皆が皆、老賢者の方へと顔を向けた。


「皆も知ってる様に、先月から図書館に……ネズミが現れた。儂の張った結界も、術式さえも全て悉く掻い潜り、その者は昨夜も侵入してきおったわい。ふぉっふぉっふぉ」

「何者なのですか、そのネズミとは」

「……さてのぉ。だからこそ儂は、その者の正体を知るために、閉館後の図書館に近寄る事を禁じた」

「そ、そうだったのですね!……いえ、そうですわよね!!ええ、ええ。信じていましたとも、私は!!」


 バルーナは急に明るい声を張り上げて、その豊満な胸に手を当てながら笑みを浮かべた。

 対してロイは、ワーズマンの言葉に詰まらなそうに口を尖らせている。

 そしてそんな彼らに、呆れた様な視線を静かに送るシーファ。


「それでぇ?アタシ達を呼んだってことはぁ、何か進展があったって事ですよねぇ?本当はぁ、そのネズミの正体、気付いちゃってるんじゃないんですかぁ?」

「ふぉっふぉっふぉ。さてのぉ。……まぁ、子ネズミなのは確かじゃな」

「はぁ!?ジジイの結界も術式も完無視しといて、そいつガキなのかよ!?マジで何者だっつーの」

「うーむ……。子ネズミの正体はさておき、危険性はないじゃろうと判断した。よって、禁を解く。子ネズミに会いに行くのは勝手じゃが、あまり大勢で詰めかけてくれるなよ?アレは既に儂の友達じゃからのぅ。驚いてもう来なくなってしまっては、儂が寂しいて。ふぉっふぉっふぉ」

「……そうですか。正体を明かすつもりがないのであれば、後は自分達で確かめると致しましょう。そもそも答えのみを他者に求めるのは、大賢者の名に反しますからね」


 眉間に皺を寄せたまま、シーファはやれやれと首を振った。

 

「そんじゃぁ、話は変わるけど~。勇者君の件はどうするんですかぁ?結構な頻度で面会を求められるとぉ、いい加減断るのも面倒臭いっていうかぁ」

「ならテメーが会ってやれよ」

「い~や~だ~。それはそれでぇ、もーっと面倒臭い~。そもそもぉ、面会を一番に求められてるのは老賢者様かぁ、シーファでしょぉ?アタシが会ったところでぇ、どうせ納得せずにまた来るに決まってんじゃーん。シーファ会ってやりなよぉ」

「嫌ですよ。というより、私が会っても同じことでしょう。一番のお目当てである老賢者様にお会いするか、自分に都合の良い答えを私達の誰かから貰うかしなければ、ああいう人間は納得しません。……なので、そろそろ会ってやっては如何です?老賢者様」

「ふぉっふぉっふぉ。却下じゃ」


 笑いながらも即決。

 大賢者との面会を求めて足繁く通うリヒトだが、裏でこんな会話がされていると知れば、その場で泣き崩れてしまう事間違いない。


「ジジイの勇者嫌いにも困ったもんだぜ」

「これこれ。勘違いするでない。勇者が嫌いなのではなく、自分を英雄と勘違いし、己の正義を振りかざすその愚かさが嫌いなのじゃ。世界に都合よく使われてるだけじゃというのに、勇者勇者と持ち上げられて、その事に疑問を持つこともせぬのじゃから、全く呆れて言葉も出んわい。……そしてそんな洗脳しやすい若者を寄って集って勇者に仕立て上げ、死地に送り込もうとする世界の醜さよ。勇者云々よりも、儂はそんな世界の汚さが、この世で最も嫌いじゃ」

「はぁん……。そのキリリとしたお顔も素敵ですわ、老賢者様」

「ふぉっふぉっふぉ。子等に向ける顔では無かったのぉ。許しておくれ」


 バルーナに言われた事で、はたと我に返ったワーズマンは、険しくなっていた顔を直ぐに緩め、いつも通りのにこにことした表情へと戻した。


「カッハッハ!ジジイから見れば、俺達はいつまで経ってもガキなんだなぁ?100なんざ、皆もうとっくに超えてるっつーのに」

「ちょっとぉ。失礼な事言わないでくれるかなぁ?アタシはまだ100じゃないからぁ」


 気怠気に机に頬を付けたまま、小さく頬を膨らませるクルッカ。

 人智を超えた大賢者達は、その知識によって種族が持つ寿命さえも超越する。

 魔導の極致に至っても尚、真理を追い続けようとする彼らが長寿を求めるのは、言わば必然。

 彼らの探究心という欲望は尽きる事が無く、故に彼らは貪欲に、唯々知的好奇心を満たすのみ。

 その為だけに寿命という壁を越えるのだから、最早狂気の沙汰と言えるだろう。


「あー、そうだったな。それでも十分ババアと言える年齢だけどなー」

「キシシ。アタシでババアならぁ、ロイロイは屍だねぇ?御臨終~」

「あ゛あ!?」

「……はぁ。老賢者様、お話が終わったのでしたら、私はこれにて失礼をば。これ以上は時間の無駄でしょうからね」

「ふぉっふぉっふぉ。老人の話に付き合わせて悪かったのぅ。研究、頑張りなさい」


 用件は済んだとばかりに、シーファはワーズマンに小さく頭を下げると、座っていた椅子ごと広間から姿を消した。


「あ~、シーファだけズルい~。アタシも帰るぅ。研究の途中~」

「テメ、まだ話は……」


 青筋を浮かべながらもロイは引き留めようと言葉を掛けるが、クルッカが転移魔法を使う方が早かった。


「……チッ。俺も帰るぜジジイ。また何かあれば呼べや」

「ロイは優しい子だのぅ。ふぉっふぉっふぉ」

「そういう意味じゃねぇ!!」


 それから「ふんっ」と顔を背けながら、クルッカに続いてロイも広間を後にした。

 場に残されたのは、ワーズマンとバルーナの二人のみ。

 バルーナは姿勢を正してソファに座り直すと、頬を染めながら呟いた。


「ふ、二人っきりですわね……」


 ソファごとワーズマンの方へとふよふよ移動して、もじもじしながら横目でチラリ。

 そして叫ぶ。


「――って、いねぇし!!!」




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― 新着の感想 ―
[良い点]  5人の大賢者……またもや、面白いキャラがいっぱい出てきましたね。 [一言]  取りあえず、「老賢者様、萌え!」なバルーナさんは最高です。
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