表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/217

小話 『発熱時の出来事。』

主人公が前世の記憶を思い出し、高熱を出してぶっ倒れた時のお話です。

「……え?」


 アルバートは走らせていた筆を止め、目を瞬かせながら部下へと視線を向けた。


「ですから、その、……エレオノーラ・カーティス様が突然の発熱により倒れられ、危篤状態との事で――、」


 二度目の言葉で漸く状況を理解したアルバートは、目を見開かせて椅子から跳ねる様に立ち上がる。


「……っ、馬車を」

「既に城の前にて」

「すまない。後は頼んだ」

「はっ」


 伝達に来た部下と最低限の言葉を交わし、アルバートは早足で執務室を出て帰路へと急ぐ。

 仕事もやりかけ。国王への報告もなしに早退。

 だが、今のアルバートにとって、そんな事は些事でしかない。

 というより、頭にない。

 アルバートの脳内を占めるものは、娘の死に対する恐怖心と焦燥感のみであった。

 


「……遅い」


 馬車に乗って数分。

 当たり前とはいえ、通行人がいる度に速度を落とす馬車に、アルバートは苛立っていた。

 ……まぁ、今こうしている間にも娘の命が危ういのだから、彼の気が急くのも仕方がない訳だが。

 アルバートは爪を噛み、貧乏揺すりに脚を上下させながら、更には舌を打つ。


「ここでいい。降ろしてくれ」

「しかし……」

「止めろ」


 御者台へと繋ぐ小窓越しに、アルバートは御者に命を出す。

 御者は戸惑いつつも馬車を止め、車両の扉を開けようと御者台から下りた。

 そこで、一陣の風が吹く。

 その突風に御者は目を瞑るが、直ぐに気を取り直して後ろの車両へと歩を速めた。

 しかし、扉は既に開け放たれていて、車両の中は蛻の殻。

 驚いた御者は周囲を見回すも、そこにアルバートの姿はどこにも無い。


「ああ、なるほど。……流石は旦那様」


 その後直ぐに状況を把握した御者は、感心したように両手を打ち鳴らし、唯々感嘆の声を零すのだった。




「……チッ。最初からこうすれば良かった」


 舌打ちと共に、アルバートは足を走らせる。

 その速さ、正に風の如く。


「ブースト、ブースト、ブースト!!……クソッ。鈍ったな」


 立場もそうだが、机仕事ばかりの現在の日常に於いて、すっかり不要となってしまった身体技能。

 身体強化魔法を何重にも掛けた久しぶりの全速力に、脚の筋肉がビキビキと悲鳴を上げる。

 普段使わないとはいえ、やはり最低限の鍛錬は必要だったと、アルバートは今更ながら猛省した。


「クソがぁぁああっっ!!!」


 急な激しい運動の所為で、遂には脚を攣る。

 それなりに激痛ではあったが、それでもアルバートは速度を落とすことなく走り続けた。

 ノーラ、ノーラ、ノーラ……!!

 頭の中は、そればかり。

 通行人とも多く擦れ違いはしたが、突風と共に何かが通ったぐらいにしか認識されず。

 しかし、置いてけぼりを喰らった事情を知る御者は、アルバートの遥か後方で馬車を走らせながら、強く思う。

 頑張れ、と。

 

 それから僅かな時間の後に、アルバートは邸に到着した。

 直ぐさまセバスは駆け寄り、主人と並行して走りながら、事の状況を大まかに報告していく。

 

「……分かった。詳しくは後で聞こう」

「畏まりました」


 それだけ言うとセバスは歩を止め、優雅に頭を垂れてアルバートの後ろ姿を見送った。

 発熱前の奇行についてなど、アルバートも詳細を求めたい所ではあったが、今は娘の容体の方が優先である。

 アルバートは部屋の前に着くと、勢いよく扉を開けて中へと入って行った。


「ノーラは!?」


 額から流れる汗を気にも留めず、アルバートは声を荒げる。

 ベッドには力なく横たわるエレオノーラの姿と、その小さな体に手を翳す医師や使用人達の姿が目に付いた。

 アルバートの声に気付いた侍女の一人が急ぎ走り寄ってくるが、その顔は青白く、酷いものである。

 魔力切れもあるのだろうが、恐らくは精神的な疲労の面が大きい。

 震える声と、纏まらない報告内容から、彼女自身もパニック状態なのだという事が容易に読み取れた。


「さ、先程から回復魔法をかけ続けておりますが、ね、熱が、高すぎて……!呼吸が浅くなっては持ち堪えを繰り返している状態で、……あ、あの小さなお身体で、どこまで持つか――、」

「滅多な事を言うものではありませんよ!!」


 侍女の言葉を遮り、ステラが声を張り上げる。

 毅然とした態度を装ってはいるが、髪は乱れ、顔色は悪い。


「も、申し訳ありませんっ!!」


 侍女は我に返ったように背筋を伸ばすと、アルバートへと深く頭を下げた。


「……いや。よく踏ん張ってくれた。疲労もあるだろうが、もう少し、どうか頑張ってくれ」

「はいっ!」


 アルバートの言葉に侍女は大きく頷くと、急ぎ足で持ち場へと戻る。

 そして彼女と入れ替わる様に、ステラが静かにアルバートの前へと歩み寄った。


「お帰りなさいませ、旦那様。……どうぞこちらへ」

「ああ」


 ステラに案内され、エレオノーラの傍へと近付く。

 回復魔法をかける医師や使用人達でよく見えなかったが、そこにはエレオノーラの手を握って泣き崩れるクレアと、そんな母に寄り添いながら、エレオノーラを涙目で見つめるロベルトの姿があった。

 

「……体力回復、解熱の魔法を皆で何重にもして掛け続けております。先程、僅かながら心の臓が停止。直ぐに医師による蘇生魔法が施され、一先ずは危機を脱しました。しかし、またいつ同じ状態になってもおかしくは御座いません。例え命は助かったとしても、これだけの高熱。脳に何かしらの後遺症が残る事も十分に考えられましょう。……もしもの時は、御覚悟を」

「……」


 小声で囁く様に告げるステラの言葉に、アルバートの視界は揺らいだ。

 脳内は真っ白。

 クレアの泣き声が、耳鳴りの様に遠かった。


「……ノーラ」


 クレアの隣に跪き、震える手でエレオノーラの顔に手を伸ばす。

 その体温は唯々熱く、とても幼子が耐えられるようなものではない。

 それでも必死に持ち堪え、苦しそうに息をする娘。

 

 ――ああ、生きている。


 その実感が、アルバートを現実へと引き戻した。

 5才の娘が頑張っているのに、父である私がここで挫けてどうする。

 私に出来る最善の手は何か。

 アルバートは思考を巡らしながら小さく嗚咽を零すと、いつの間にか流れていた涙を拭い、隣で泣きじゃくるクレアの肩を優しく抱いた。

 

「大丈夫だよ、クレア。大丈夫……」

「……っく、ひっく、……ノー、ラ、……うぅっ」


 クレアの手元を見ると、その手は僅かに光っていた。

 少しでも体力の足しになる様にと、休むことなく魔力を送り続けていたのだろう。

 体力と魔力は別物ではあるが、回復の際には互いに干渉しあう性質を持つ。

 魔力の早い回復には体力が不可欠であり、その逆も然り。

 それは、剣技の代わりに魔法がほとんど使えないクレアに出来る、唯一の足掻きとも言えた。


「ロベルトも、よく頑張ったね。私の代わりに、ノーラと母様を守ってくれてありがとう。……辛かったろう?でも、もう大丈夫だからね」


 クレアの傍に寄り添っていたロベルトを抱きしめ、アルバートはその強張った背を静かに擦った。

 ロベルトは力が抜けた様にアルバートの胸に顔を埋めると、緊張が解けたのか、その小さな体は小刻みに震え出す。


「と、とう、さま。ノーラが、何度も、呼吸が止まって……」

「うん。大丈夫。大丈夫だ。父様に任せておきなさい」


 ロベルトの体の震えが止まるまで、アルバートは優しく背を擦り続けた。

 そして、ゆっくりと立ち上がる。


「皆、よく持ち堪えてくれた。だが、ここからが長い。回復魔法が使える者は、交代で休息を取りつつ、どうか引き続き頑張ってくれ」


 「はい!」という多くの返事が室内に響き渡るのを聞き届けた後、アルバートは顔を引き締めて扉へと歩を進める。

 それから1人、静かにその場を後にした。



「――セバス。他の医師は」


 廊下を歩きながら、いつの間にか当然の如く後ろに付き従っているセバスに、アルバートは驚くでもなく平然と口を開く。


「……申し訳御座いません。先程の医師が、現在呼べる中で一番の名医で御座います。出来れば医学長クラスの者をお呼びしたかったのですが、生憎と医学会の時期と重なり、各国に出払っております」

「そうか……」


 アルバートは苛立たし気に眉を顰めると、手を三回打ち鳴らす。

 直ぐさま一番近くに居た第三私兵団の一人が、どこからともなくやって来た。


「医学長達の足取りを調べろ。彼らが王都を発ったのは、ここ数日の内。まだ近場にいる者がいるかもしれない」

「はっ」


 それだけ言うと、私兵団の男は頭を垂れて姿を消した。


「医学長達が捕まらなければ、今邸に居る者だけで耐えなければならなくなる。第一私兵団で回復魔法が扱える者がいれば、ノーラの部屋に集う様に指示を。それから――、」

「心得ております。勝手ながら現在、お嬢様の隣室と前方の部屋を、休息所として宛がいました」

「行動が早くて助かる。……そろそろ昼時。休憩を兼ねて、食事も交代で摂らせなさい。恐らく今日は夜通しになるだろうから、厨房には夜食の手配を頼む。無理を言ってすまないと、料理長に伝えてくれ」

「畏まりました」


 セバスは優雅に腰を折ると、踵を返してその場を後にする。


「……」


 それから1人、書斎へと辿り着いたアルバートは、静かに部屋の中へと入っていく。

 険しい顔で書斎机へと歩を進め、椅子に腰かけた。

 そして組んだ両手に額を乗せて、大きく長い息を吐く。

 ……手が、震えた。

 机を汚すは、涙の跡。


「はぁ……」


 息を大きく何度も吐き出し、目を瞑る。

 その拍子に、目に溜まっていた涙が大きく零れた。


「……情けない」


 震える声で、そう小さく呟く。

 何が大丈夫だ。

 何が父様に任せなさいだ。

 私に出来る事など無いに等しいというのに。


「はは……」


 自嘲染みた笑いが、零れる。

 無理もない。彼とて人間。

 見栄を張って恰好をつけたいだけの、唯の男だ。

 夫として、父として、家長として、当主として、宰相として。

 それらの肩書に恥じぬよう、アルバートは努めてきただけ。

 しっかりしなければと、己を奮い立たせていただけ。

 ……いや、そう在らねばならなかったのだ。

 その重すぎる立場上、家族を守る為には強い人間で在り続ける必要があった。

 しかしそれは、細い綱の上を恐怖心を押し殺して、涼し気な表情で歩き続けろと言われているのと同じ事。

 周囲はその恐怖心に気付くこともなく、空高く綱を渡るアルバートを下から見上げながら、流石だなと拍手を送るのだ。


「……何て無力」


 彼は確かに超人染みている。

 だが、彼は超人ではない。

 人の域を超えない、唯の、孤独な人間である。


「すまない、ノーラ。私が代われたなら、どれだけ良かったか。何も出来ない父様を、どうか、……憎んでくれ」


 手が震え、声が震え、肩が震え。

 祈る事しか出来ない自分が、唯々憎らしくかった。

 ――その時、ノックが部屋に響き渡る。


「……っ!ぐすっ。……誰だ?」


 返事も無しに、扉が開く。

 アルバートは慌てて涙を拭った。


「……アル」


 顔を覗かせたのは、涙で目を腫らすクレアだった。


「クレア……」

「ふふ。やっぱり居た」


 クレアは微笑みながら部屋へと入ると、ソファに腰を下ろす。

 そして、「こっちこっち」と隣の席を手で叩いた。


「……」


 静々とその誘導に従って、アルバートはその席に移動する。

 それを見届けた後、クレアはアルバートに肩を寄せて一度小さく笑うと、直ぐに口を閉ざした。


「……」

「……」

「……疲れてないかい?」

「アルこそ」

「……」

「……」


 互いに肩を寄り添わせながら、穏やかな沈黙が続く。

 感じるものは、肩から伝わる体温と、呼吸の音。


「……さっきは、ごめんなさいね。アルも辛かったでしょう?」

「……っ!」

「それなのに1人、任せてしまったから。……だから、交代」

「え……?」


 クレアは少し距離を取って座り直すと、戸惑うアルバートの頭を自身の膝上に倒す。

 そして、その頭を優しく撫でた。


「大丈夫よ。大丈夫……。だって、ノーラは強い子だもの。それに、私がノーラを死なせないわ。……私に、全部任せなさい」

「……!!」


 子を宥める様な優しい声色で投げかけられた言葉。

 アルバートは大きく目を見開くと、その瞳からは涙が止めどなく零れ始めた。

 ああ、全く、君には敵わないな。

 そう胸の内で呟いて、アルバートは体の力が徐々に抜けていくのを感じていた。


「……うっ、……っく、……どうして、ノーラが……」

「そうね」

「今朝は、元気で……、うぅっ」

「……うん」

「ノーラが、もし、もしも……!!ああ、どうしよう、どうしよぉっ!」

「そう、ね……」

「まだ、5才なのに……!!このまま、ノーラに、……っく、もしもの事があったら、私は……!!」

「……ゔん。ゔん。……ひっく。……大丈夫よ。絶対、だい、じょうぶよ……」


 弱音を吐きながら、顔を覆って泣くアルバートの頭を抱きしめる様に蹲って、クレアは再び涙を流す。

 嗚咽交じりに「大丈夫よ」と繰り返しながら。

 アルバートを宥める様に、そして自分自身に言い聞かせるように、クレアは唯そればかりを言い続けて、ソファで二人、泣き続けた。



 その後第三私兵団が、道中の川の氾濫により、ブルーノ医師が王都へ引き返しているという情報を掴んでくるのは、それから間もなくの事である。




 ――これは、エレオノーラが寝込んでいた際に起こった、とある一幕。

 意識のなかった彼女に、当然知る由はない。

 だが、実はエレオノーラは吸血鬼であるため、心臓は止まっても勝手に蘇生し、放っておいても死にはしない。

 要は無用な心配であった訳だが、当然そんな事、彼らもまた知る由の無い事である。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] カオスなキャラしかいないじゃないですか!!笑 みんな違って、みんないい。個人的にはクロさんが一推しです。可愛い。 シリアスとギャグのバランスが良くて読んでいて面白いです。 綺麗事は並べな…
[良い点] 第1章を拝読しました!  主人公の狂気度が高すぎて、正直最初のほうは読むのが辛かったです……(読みにくいという意味では無く、精神的に来るモノがある感じ)。でもカーティス公爵家の家族愛の強…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ