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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編

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小話 『会議後の彼ら。』

ブックマーク100件達成しました。

ありがとうございます!

 カーティス邸の裏庭に造られた、私兵団の訓練場。

 といっても、邸に駐在している者でなければ利用する機会が無いため、実質、第一私兵団と一部の第三私兵団専用の訓練場となっている。

 そして今日も今日とて、いつもの様に第一私兵団達は、暑い太陽の下で汗水垂らしながら訓練に励んでいた。

 そんな彼らの様子を、木陰のベンチから見つめている、とある二人の人物。

 一人は、オールバックに眼鏡の、気真面目そうな男。

 もう一人は、オレンジ色のショートボブの髪から猫耳を生やし、膝上に何故か魚を乗せる亜人の女。

 言わずもがな、第二私兵団のランドルフ団長とリリス副団長である。


「……リリス。その魚、ちゃんと保冷魔法かけていますか?」

「にゃむむ!当たり前だにゃ!大事なお魚さん、このリリスちゃんが腐らせるわけないでしょ!?」

「ならいいのです。この暑さの中、異臭騒ぎだなんて御免です」


 ランドルフは溜息を吐きながら、リリスの膝上の魚を一瞥した。

 ぼんやりと冷気が漂っている事から、どうやら彼女の言う事は本当のようだ。

 

「えー?でもぉ、腐りかけが案外一番美味しいとも言うにゃ?」

「それは、熟成という意味での美味しさです。生魚と炎天下。この組み合わせは完全にアウトです」

「にゃはは♪冗談にゃ♪冒険者時代、それやってエライ目にあったにゃ」

「……食べたのですか」


 呆れ顔でリリスを見遣るランドルフ。

 当の本人はその視線を気にも留めず、訓練場を見つめ続けていた。


「それにしても……、にゃは!!相変わらず、お綺麗な訓練だねぇ♪」


 隊ごとに別れ、筋トレやら走り込み、剣の打ち合いなどを行っている、統率のとれた第一私兵団達を指さしながら、リリスは愉快そうに笑った。


「元が騎士団ばかりですからね。寧ろ、第一はそれでいいのです。お綺麗であることが彼らの役目でもあるのですから」


 ランドルフは額に垂れてきた髪を後ろへと掻き上げながら、未だ髪から臭ってくる魚臭さに眉を顰めた。


「にゃふふ♪懐かしい?元第一私兵団副団長さん♪」

「当たり前でしょう。……全く、レックス団長も酷いものです。あっさり私を第二私兵団に引き渡すのですから。というか、旦那様に推薦しやがったのもあの人なんですけどね」


 ベンチに深く凭れ、「あ~、もう……」と不機嫌そうに愚痴を零すランドルフ。

 顔を仰け反らして上を見上げれば、木漏れ日がキラキラと輝いていた。


「仕方ないじゃない?前の団長死んじゃったし、他は馬鹿で阿呆な戦闘狂しかいないんだからさ♪にゃはは!」

「……その言葉、ちょっと気に入ったのでしょう」

「にゃにゃん♪」


 ランドルフは上を見上げたまま、大きく溜息を一つ。

 ――馬鹿で阿呆な戦闘狂。

 まぁ、確かにその通りなんですけどねと、疲労が溜まった目を半目にしながら苦笑した。

 ほとんどが元冒険者で構成される第二私兵団は、戦闘面重視の編制となっているため、小難しい仕事を苦手とする者が多い。 

 もちろん、リリスもその一人。

 戦闘面ではランドルフよりもリリスの方が上ではあるが、それだけで団長が務まる程甘い任でもなく。

 よって当時、第一私兵団副団長であったランドルフに白羽の矢が立った。

 生真面目な彼にとっては、臭い・汚い・危険の3Kが揃う第二私兵団など、悪夢でしかない。

 配属初日、ランドルフは第二私兵団達を眺めながら、そのモヒカン率の高さに首を傾げたものである。


「あ゛~……。戻ったらお嬢様の捜索に割く部隊を編制して、空いた穴を埋めるための部隊も編制……というか、全体的に編成し直しですね。あの人たちはお馬鹿ですから、捜索隊には旅のしおりでも渡しておきましょうかね?ははは、なーんて……って、シャレになってませんね。……はぁ」

「がんばってにゃ!」

「ですよねぇ?リリスは手伝いませんよねぇ?」

「難しい事は分かんにゃい♪」


 こうして、ランドルフの仕事は増えていく。

 最近は机仕事が増え、身体が鈍ってないかが心配である。


「ランドルフ!」


 不意に、声が掛かった。

 ランドルフは顔を起こし、声の方向を見遣る。


「……レックス団長」


 邸の方から近付いて来るのはレックス。

 その後ろには、オズワルドの姿もあった。

 ランドルフはベンチから腰を上げると、レックスに向き直り小さく会釈をした。


「ははっ!今はお前も団長だろうが」

「一応、元上司ですから」


 眉を顰めながら、皮肉気に返すランドルフ。

 その様子にレックスは苦笑して、ランドルフの眉間を指で小突いた。


「眉間に皺が増えるぞ?」

「ストレスが絶えないもので」

「はは、そう根に持つな。久しぶりに会ったが、肩の力が抜けて、いい具合に成長したな?規律がどうのと堅物すぎだったお前には、やはり第二が丁度良かったと実感したよ」

「……ストレスが絶えませんが」

「第二は実践ばかりで危険も多い。だが、それらは間違いなくお前の強さとなる。精々精進するといいさ」

「ストレスと疲労と書類の山で、精進どころではないのですが」


 再び額に垂れてきた髪を後ろへと掻き上げながら、ランドルフは生気のない目で元上司を見つめ続けた。


「……さて、ランドルフ団長。久方振りに手合わせをお願い出来ますでしょうか?」

「さっきから話聞いてます?……まぁ、いいでしょう。私も身体が鈍っていたところです。貴方相手ならば、肩慣らしぐらいにはなるでしょう」

「ほう?」


 突然敬語となってランドルフ団長と呼ぶレックスに、ランドルフはやれやれと首を振りながら、手合わせの申し出に挑発を込めた返事をする。

 レックスは瞳を細めてランドルフを見ると、口元を怪しく歪ませた。


「レ、レックス団長!?団長同士の戦闘は不味いでしょう!」

「心配しなくても、手合わせだ。何でもありの野戦とは違う。周りに被害は出さない様に気を付けるさ。……その辺、頭の良いランドルフ団長もきっと理解している筈」


 レックスはそうオズワルドに返答しつつ、横目でランドルフを流し見る。


「ええ、もちろん。本気でやれば、……貴方を殺してしまうでしょう?」

「はははっ!!そう来るか」

「ランちゃん。その挑発、負けそうな気しかしないにゃ♪でも、面白いからオッケー♪にゃはははは!」



 リリスの笑い声を浴びながら、移動した先は訓練場の一角。

 そこには、剣の打ち合いをする為に設けられた広場がある。

 剣の稽古をしていた私兵団達は一斉に場所を退け、更には周囲で違う訓練を行っていた部隊の者達までその広場に集まり、今では唯の野次馬と化していた。


「団長ー!!頑張ってくださーい!!」

「ランドルフ副団長ー!!偶にはレックス団長の負け面が拝みたいです!!頑張ってくださいねー!!」

「あはは!今言ったやつ、後で20周追加なー」


 レックスを応援する者。

 元副団長でもあるランドルフを応援する者。

 どちらが勝つか賭け出す者。

 周囲は賑わいを見せ、お祭り状態であった。


「ランちゃーん!!リリスちゃんはー、レッ君に賭けといたよぉ♪今日のご飯は豪華になるねぇ♪……あ、でも、レッ君に賭ける人が多いから、あんま儲けが無いにゃあ」

「……絶対勝って、貴方の賭け金を水泡と化してあげましょう」

「ランちゃんのお財布から出したから大丈夫!もちろん、全額Bet♪女は度胸っしょ!!」

「ドチクショウッ!!」


 悲痛な怒声と共に、戦闘は突然開始する。

 先に攻撃を仕掛けたのは、もちろんその声の主。

 ランドルフは一瞬にして間合いを詰めると、レックスの喉元目掛けて剣を突いた。


「ふ……っ!」

「っと、……はっ!!」


 後ろへと仰け反り剣を回避したレックスは、そのまま低姿勢となって体を捩じると、ランドルフの横腹目掛けて回し蹴り。

 ランドルフは咄嗟に剣を盾に攻撃を防ぐが、数メートル横へと吹っ飛ばされた。


「ははっ!身体強化の魔法もなしにその速さとは、腕を上げたな、ランドルフ。……いやはや。それにしても、騎士のお前が挨拶もなしに行き成り手合い開始とは、人は変わるものだな。しかも最初から喉笛狙ってきやがって。訓練用のものとはいえ、流石に喉は死ぬぞ」

「ふふ。どんな強者であろうとも、不意を突かれて死ねば終わり。最初の一手を躱すことが、存外一番難しい。だからこそ、相手との戦いに慣れてくる前に殺す。なぜなら、向こうも私の戦い方を学習してくるから。先手必勝。これこそが真実。……まぁ、時と場合にも依りますがね」


 ランドルフは地面に着いた手を払うと、剣を片手で持ち直し、空いた手で眼鏡をクイッと持ち上げた。

 太陽に反射したレンズが、キラリと光る。

 

「……く、くく。……ははははは!!一皮どころか、二皮も三皮も捲れてんじゃねぇか!!……いいねぇ?お前も第二に入ってから色々あったってことだな。……だが、まだ甘い」

「っ!?」


 地を蹴って、間合いを詰めて、斬り付ける。

 ただそれだけの動作にも拘わらず、レックスのその動きは段違いに速い。

 地面が大きく抉れ、抉れた土は宙を舞う。

 気付けば目の前にいるレックスに、ランドルフは大きく目を見開いた。


「S級、舐めんな?」

「くっ!!」


 間一髪で防いだものの、その重さは凄まじい。


「う、く、……元S級、でしょうがっっ!!」


 ランドルフは体を捻ると、何とか剣を横へと流す。

 それから瞬時に剣を持ち替え、レックスの腹へと斬り付けた。

 

「はは!……よっと!」


 レックスは、瞬時に大きくしゃがみ込んで腹への攻撃を回避。

 次に剣を垂直に持ち直すと、ランドルフの顎目掛けて勢いよく腕を上げた。


「ふっ!……下からの攻撃は貴方の十八番ですもん、ねっ!!」


 顎を仰け反って剣を避け、一旦後ろへと大きく下がったランドルフ。

 しかし、自身の言葉が言い終わる間もなく、再度レックスへと間合いを詰めて剣を振る。

 左右上下、あるいは斜めか真正面。

 至る方向からの止めどない斬撃を互いに打ち合い、金属音が辺りに響く。

 剣を振るい、相手はそれを一瞬で見極め、受けては避けの繰り返し。

 互いに狙うは、急所のみ。

 腹、胸、喉元、顔面。

 数秒の内に、打ち合う剣の音は数知れず。

 その速さに目が追い付ける者など、兵団でも一部であろう。

 一秒一秒が、長く、重い。

 観戦していた兵団たちも、皆暑さを忘れ、その戦いに見入っていた。

 もはや目の前のこれは、模擬戦に非ず。


「ふ……!」

「くぅ……!!」


 斬撃が止み、鍔迫り合いへ。

 汗は掻いているものの、未だ涼し気な表情を浮かべるレックスと違い、ランドルフは目に見えて苦し気である。


「……」

「……」


 剣越しに、暫し睨み合う二人。

 そして――。


「……ふぅ」

「はぁ……」


 剣を離し、鞘へと納める二人。

 戦いは突如、終わった。


「腕を上げたな、ランドルフ団長」

「……まだまだです。レックス団長」


 崩れた髪を掻き上げると、ランドルフは緩く首を振った。


「やはりお強い。流石、元S級は伊達じゃないですね。……次は、勝ちますが」

「ははっ!楽しみにしているよ」


 ランドルフは眼鏡を指で上げながら、リリスのもとへと歩き出す。

 レックスの横を通り過ぎる際、ランドルフは一度歩を止め、小さく口を開いた。


「道中お気を付けて。……ご武運を、団長」

「ああ。行ってくるよ」


 それだけ言葉を交わした後、ランドルフは再び歩を進める。

 数日の内には旅立つであろう、且つての上司。

 レックスの実力からして、彼が捜索に当たる場所は、恐らくかなりの遠方。

 次に会うのは、いつの日か。


「行きますよ、リリス」

「もー!!あそこで止めたら賭けにならないじゃん!」

「そうですよ、副団長!!」


 そーだそーだと、周囲からのブーイング。

 ランドルフは、私兵団の一人に練習用の剣を手渡しながら、大きく溜息を吐いた。


「はぁ……。だから、私はもう貴方達の副団長じゃありません。今はオズワルドでしょうが」

「どっちも俺等にとっては副団長ですよ!またお会いしましょう、ランドルフ副団長!」

「……ええ。また、必ず。……あと、私の分は皆で分けなさい。旅費の小遣いにするなり、皆で宴会するなり、好きに使うといいでしょう。どうせあのまま続けていたら、私が負けていたのは確実だったのですから」

「マジっすか!?ひゃっほう!!太っ腹!!」

「金貨も何枚か入ってましたけど、本当にいいんすか!?」

「……リリス。貴方、どの財布から抜き取ったのですか」

「ランちゃんの金庫から♪」

「このお馬鹿っ!!!」


 ランドルフは若干涙目で叫んだ後、近くに立つオズワルドへと歩み寄り、声を掛ける。


「……オズワルド副団長、頼みましたよ」

「お任せください、ランドルフ副団長」


 その言葉に満足したかのようにランドルフは笑みを零すと、「帰りますよ、リリス!!」と声を荒げた。

 後ろからは、「ありがとうございますっ!!」と大金に喜びの声を上げる且つての部下達。

 自分は領地から出られないが、彼らならきっと、お嬢様を見つけて無事に帰って来るだろう。

 きっと、1人も欠けることなく。

 胸を過ぎるは、期待と信頼と、一抹の不安。

 ランドルフは、そんな不安を拭い去るかの様に、またもや垂れてきた髪を掻き上げると、自身の横に並んで歩くリリスを見遣って口を開いた。


「……その魚」

「んにゃ?」

「いつまで持っているのですか?」

「……」


 エレオノーラにあげるつもりだった、庭の池から捕った魚。

 本来なら叱るべき愚行だが、これはこれで、リリスなりのお祝いの形。

 リリスは口を噤んで魚を一瞥すると、小さく笑った。


「後で食べるにゃ」

「……貸しなさい」

「にゃー?」

「貴方の所為で大金を失いましたからね。それで許すと言っているのです。……丁度、今晩の酒の肴が欲しいと思っていたところなので」


 魚を渡せと、「ん」とリリスへと手を向けるランドルフ。

 リリスはキョトンとした顔でランドルフとその手を交互に見ると、「にゃははは!」と笑いだす。


「仕方ないにゃあ♪リリスちゃんも食べるから、美味しく作ってね♪」

「任せなさい」


 ランドルフは眼鏡をクイッと持ち上げて、手渡される魚を受け取った。 


「にゃは♪にゃんにゃんにゃーん♪にゃんにゃんにゃーん♪」


 歌を口ずさみながら、リリスは軽い足取りでランドルフの隣を歩く。

 その尻尾はフリフリと、楽し気に揺れていた。



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