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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編

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幕間 『せめてもの、手向けに。』

プロローグの最初に出てきた子です。

「あ゛あ゛あああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」


 早朝。

 セミの声を搔き消して、少女の絶叫が響き渡る。

 黄色がかった茶髪の髪を掻き乱しながら、彼女は目を見開いてテレビを見つめた。

 

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ噓だ噓だ噓だ嘘だっっ!!」


 否定の言葉を何度も繰り返し、彼女はテレビに縋りつく。


「嘘だぁぁぁあああ!!!やめろっ!やめろよ!!嘘言ってんじゃねぇよ、クソがっ!!やめろよっ!!……あ゛あ゛あ゛ああああぁぁぁぁぁああああっっ!!!」


 何度否定しようとも、画面に映し出されるのは、悲しい程に現実で。

 それどころか、流されるニュースの内容は益々酷なものとなってゆく。


「何でだよっ!?何で、どうしてっ!?嘘だっ!嘘だっ!!……うそ、だ」


 彼女は力が抜けたかのようにその場にしゃがみ込み、泣くじゃくった。

 何故。

 どうして。

 脳内を占めるのは、そんな問いばかり。

 誰かが答えてくれる訳でもない。

 それどころか、誰に問えばいいのかも分からない。

 しかしそれでも、問わずにはいられない。

 そんなやり場のない問いを、ひたすら繰り返して数時間。

 声は枯れて、涙も枯れて、疲れ果てた時。

 彼女は、呟いた。


「嘘だ……」


 何故あの子ばかりがこんな目に?――分からない。

 どうしてこんな事になった?――分からない。


 分からない。分からない。

 そこで彼女の出した答えは、否定。

 それは、理不尽な世界に対しての、否定でもあった。


「嘘だ。信じない。信じない。信じない。信じない。信じない」


 ……だって、不公平じゃない。

 あの子ばかりが、不幸じゃない。

 だから、あの子はきっと、生きている。


「そうでしょ?……優美」


 そうだ。そうだそうだそうだ。

 きっと、誤報だ。

 人違いだ。

 優美じゃない誰かが死んだのだ。

 だから、優美は生きている。

 探さなきゃ。

 見つけに行かなきゃ。私が。

 だってあの子には、私しかいないのだから。


「優美。優美。どこに、いるの……?」


 虚しい幻想の中で蹲りながら、枯れた声で彼女は呟く。


「見つけるから。私が、必ず、見つけるから。だから、待ってて……」


 そう言葉では言うものの、彼女は蹲ったまま。

 一昨日の夜から黒沼優美を探し回り、疲労困憊というのも確かにある。

 だが、それだけではない。

 彼女は、分かっていた。

 本当は、理解していた。

 もう、友はいないのだと。

 いくら探そうと、もう、死んでいるのだと。

 

 それでも彼女は否定する。

 そうでなければ、彼女はきっと壊れてしまう。

 だから、今はまだ、今だけは――。


「優美。優美。生きてるよね?生きて、また、会えるよね?」


 探すから。

 どこにいても、私が絶対に探すから。

 助け出してみせるから。

 だから、お願いよ。優美。

 生きてさえいてくれたなら。

 必ず、必ず見つけるから……。

 

「うっ、……っく、……うぐぅぅぅぅぅっっ」


 枯れた涙が、再び湧き出て。

 彼女は、嗚咽した。

 優美は生きている。

 そう信じているのに、その想いが何故だか無性に虚しくて。

 悲しくて。

 苦しくて。

 痛む胸と共に、涙が止めどなく溢れ続けた。




 それから、どれだけの時間が過ぎただろう。

 日は傾き、窓から見える空はオレンジ色。

 涙は、大分前に止まってしまった。

 それどころか、感情すらも。

 涙と共に流れてしまったかの様に、彼女は無心で蹲るのみ。

 放心状態、とはよくいったものである。

 文字通り、彼女の心はどこかへ飛んで行ってしまった。

 けれど外では、セミが、泣く。


「……」


 また暫く時間が経って、空に薄っすらと闇が差す。

 彼女はそこで漸く顔を上げた。

 目は腫れて、顔も腫れて、その姿は痛ましい。

 けれど、その表情は何故かスッキリしていた。

 探していた答えを見つけたかの様な、難問がやっと解けたかの様な、そんな表情。


「ごめ……ね。ゆみ……」


 枯れた喉で、小さな小さな、掠れた声を出す。


「わたしの、せいだね……」


 そう呟いて、薄暗い空を見つめた。

 その瞳に込められた感情は、意思は、果たして何か。


 ――優美。

 きっと、あなたは、全てを分かっていたんだね。

 きっと、自分が死ぬだろう事を、分かっていたんだね。

 だからあなたは、「ありがとう」と言ったんだ。

 柄にもなく微笑んで、「ありがとう」と言ったんだ。


 でも、死を受け入れていた訳じゃないんでしょう?

 だって、だって、心から死を受け入れられる人間なんて、いない。

 それでも、死ぬ可能性に抗おうとしなかったのは、きっと――。


 ああ、優美。

 あなたは、信じたかったんだね。

 命を賭けて、信じたかったんだね。

 あんなゴミでも、流石にそこまでの暴挙には出ないであろう事を。

 あんなゴミでも、少しぐらいは、自分を愛してくれてるんじゃないかって事を。

 

 結果は、惨敗。

 勝算のない賭けだと、頭の良いあの子なら分かっていた筈。

 それでもそんな賭けに出たのは、もうどうでも良かったのだろう。

 この世界が、どうでも良かったのだろう。

 

 ……馬鹿だな、優美。

 私が、いたじゃない。

 そんな希望打ち捨てて、「助けて」と私に言えば良かったじゃない。


 いや、違う。

 そんな幻想を、希望を、持たせてしまったのは、……私だ。

 きっと大丈夫だと、励ました。

 いつか分かってもらえる筈だと、励ました。


「……ふっ、う、……くっ」


 何て、無責任な言葉。

 何も分かってない癖に。

 いや、嘘だ。分かっていた。

 修復可能な、そんな生易しいものではないと、頭のどこかでは分かっていた。

 でも、それでも。

 優しい夢を、言葉を掛けてあげることが優美の為になるのだと。


 ああ、もう、どうしようもない。

 もう、全てが手遅れだ。

 私は、何てことをしてしまったのだ。

 私は、何て馬鹿な事を……。

 酷い酷い酷い。

 私が、優美を殺したのだ。

 殺して、しまったのだ。


「ごめん、ね。ごめんね」


 ……壊せばよかった。

 そんな希望はないのだと、絶望させてしまえばよかった。

 それこそが、彼女にとっての助けとなり得た。

 そうすれば、助けてあげられた。


「ごめ、ね。ごめんね。ごめん、なさい。ごめ、なさい、優美」


 私の、所為だ。

 私の所為だ。私の所為だ。私の所為だ。

 私の所為で、優美は死んだ。

 それなのに、それなのに……。


 見つけてあげられなくて、ごめんね。

 間に合わなくて、ごめんね。

 助けてあげられなくて、ごめんね。

 何も、出来なくて、ごめんね。



 友の死を否定した彼女が、次に出した答え。

 それは、自罰。

 それから、自分への憎悪。

 悲しみと自罰の感情の中、心の奥深くで沸々と湧き出す彼女の憎しみは、底知れない。


「ふっ、くっ、……うぅっ、うぐっ」


 馬鹿な己を責める為の、憎悪。

 無力な己を責める為の、憎悪。

 それらはやがて心の容量を超え、溢れ出す。


「うぅっ、く、……くくっ、ふふふふふ」


 何故、優美ばかりがこんな目に。

 何故、世界はこんなにも残酷なのか。

 何故、優美は死んだ。

 何故、世界は、優美をここまで虐げる。


 ああ、憎い。

 自分が憎い。

 世界が憎い。

 優美を苦しめた、全てが憎い。


「ふふ、ははは、あはははは!」


 憎悪は、自分に対してのみ向けるだけでは収まらず。

 溢れた憎悪は、外敵へも向けられた。

 憎い。憎い。憎い。

 彼女は、全てを憎んだ。

 枯れた声を更に痛めながら、彼女は壊れた様に、笑った。


「あはははははははははははっ!!ごめんね、優美?ごめんね!!あははははっ!!」


 全てを壊すから。

 あなたを苦しめた全てを、全て全て全て。

 その全てを殺すから。


 神などいない。

 だって、人はこんなにも不平等だ。

 だから、いるはずない。

 もしいたのなら、私は神を許さない。

 いるにしても、いないにしても、無能な神などいないも同じ。

 だから私が、神の代わりに断罪するよ。

 私がこの、理不尽な世界を殺してやる。

 それがせめてもの、手向け。


「神に代わって、お仕置きよ☆……きゃはははははははははは!!」


 某キャラクターのポーズを華麗にキメて、彼女は笑った。

 狂ったように、笑った。


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