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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編

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喰種。

「ん、なっ……、クロード!」


 姿を見せた少女を見て、トーマスは驚愕したように目を見開かせた。

 どうやら彼女の名前はクロードというらしい。


「やぁ。素直に出てきてくれて良かったよ。熱烈な視線をどうもありがとう。……それで?私を見ていた理由を教えてもらってもいいかな?」


 私は小首を傾げ、こちらに歩いて来る少女に問いかけた。

 首輪を付けている事から、奴隷である様子が見て取れる。


「レオ様、これが大変ご無礼を致しました。キツく仕置きしておきます故、お許し下さいませ」

「君には聞いてないよ、トーマス」


 瞳を細め、トーマスを流し見る。

 しかしトーマスは、私の視線で一度は口を噤んだものの、直ぐにまた口を開き、今度はクロードへと声を発した。


「止まりなさい、クロード。これ以上近寄るのなら、魔法印を使います」


 主人の命にも拘わらず、クロードの足は止まらない。

 トーマスは焦った様な表情を浮かべながら、再度命令を口にした。


「……っ、止まりなさい!!クロードッ!!!……チッ。馬鹿が」


 二度目の命令にも従う様子がないクロードに、トーマスは眉を顰めながら魔法印を作動させた。

 クロードの首輪に、魔法印が浮かび上がる。


「ぐ、が……っ!!」


 クロードは苦しそうに首輪へと手を持っていくが、取れるはずもなく。

 激痛で呼吸を拒絶する喉に、それでも何とか空気を送り込もうと、涎が垂れる口を大きく開けて僅かばかりの息をする。

 終いには床に倒れ伏し、立てた爪で地面を抉った。

 それでも少女は、私を見つめ続けていた。

 乱れた黒髪の隙間から、涙で湿った赤い瞳が覗く。

 そして、指で地面を抉りながらも、ゆっくりとこちらに這い寄ってきた。

 ズルズルと、呻き声を上げながら。

 ……ホラーである。

 

「いい加減にしなさい、クロードッ!!」

「ねぇ?私としては、その台詞を君に送りたいのだけれど。私は、クロードとかいうその子に話があるんだ。君はちょっと黙っていてくれないかな?それに、クロードも止まる気はないみたいだし、このままだと死んでしまうよ?」

「……っ」


 トーマスは悲痛そうに歪ませた顔でクロードを見つめると、静かに目を閉じて息を吐く。

 そして、トーマスの肩の力が抜けたのと同時に、クロードの魔法印も消えた。


「か、はっ……!!はぁ……!はぁ……!」


 途端に空気を貪り出すクロード。

 額から流れる尋常じゃない程の脂汗が、彼女の顔を湿らせていた。

 この様子じゃ、暫く話せる状態ではないな。

 私はやれやれと溜息を吐くと、戸惑いと悲痛とが入り混じった様な顔をするトーマスへと視線を向けた。


「それで、この子は誰?……いや、奴隷なのは分かるのだけど、何故檻に入れられてない?君が個人的に飼ってる奴隷ってことなのかな?」

「……この子は、……」


 トーマスは、それだけ言って口を噤む。

 ……ふむ。まぁ、訳アリなのは何となく気付いていたけどね。


「言えないのかい?人間の血肉の臭いがこの子からはするのだけれど、それと関係あることなのかな?それに、……綺麗な赤い目、だね?」

「……!!」


 トーマスは瞠目し、私に顔を向けた。

 どうやら当たりの様だ。

 そう思って意味深に口元を持ち上げると、トーマスは観念するかのように首を緩く振った。


「……この子、クロードは、……喰種で御座います」

「喰種……」


 トーマスの言葉を反芻するかのように、隣でエルが呟いた。

 まぁ、そんな事だろうとは思ったよ。

 別に、赤い目自体は特段珍しいものではない。

 赤い目というのは、要は瞳の色素が欠乏して生まれてきたために、眼底の血管が透けて赤く見えるというだけの事。

 その程度、稀ではあるが人間でも起こり得る現象だ。アルビノとかね。

 でも、人間の血肉の臭いもするというなら話は別。

 しかも美少女。

 赤眼、人肉臭、美形、この三つのキーワードが揃ったならば、高い確率で喰種と言えるだろう。

 といっても、人肉臭など、私の様に鼻が良くなければ分からないとは思うが。

 ……それにしても喰種か。かなりの希少種だな。

 人間を食べる種族であるために、喰種は当然のことながら古くから忌み嫌われ、迫害の対象となっている。

 ――いや、迫害ならまだマシだろう。

 嘗ては討伐対象とされていて、魔物と同じく殺すことを推奨されていた。

 今では、……少なくともこのルドア国では、生きた人間を襲わない限りは公に殺されることはない。――が、人間の死体を食べているところを見つかれば、その人間を殺したかどうかに関わらず、その光景を目撃した人からすれば唯の狂った殺人鬼にしか見えない。

 よって、罰せられる。あるいは、その場で討伐される。

 というか、喰種だとバレた時点で、結局は迫害されてひっそりと殺される事が多い。

 そんな事がずっと続いているのだから、当然数は減る一方。

 今ではめでたく絶滅危惧種である。

 その希少価値は非常に高く、変態さんのコレクターが喉から手が出るほどに欲しい逸品だ。美形だしね。

 因みに、喰種が絶滅せずに何とか今まで生き残ってきた理由として、私はこう考える。

 全ては美形故に成し得た事であると。

 見目が良ければ、それに釣られる馬鹿な人間もいるだろう。

 では、何の為に人を釣るのか。

 もちろん、食べる為にという目的もあるが、それだけではない。

 子孫を残すために、という意味もあるのだろう。

 当たり前の事ではあるが、生物学的にみても美形は異性を引き寄せやすい。よって、必然的に子孫も残しやすい。

 子孫を残すだけならば一夜限りの関係でもいい訳だし、「それなら喜んで!」と寄ってくるお馬鹿な人間も多い事だろう。

 また、喰種は数は少ないが、喰種同士で交わらなくても片親が喰種なら子も喰種で生まれてくる。つまりは優性遺伝子だ。

 故に、数が少なくても絶滅していない。

 結論を言えば、美形は正義という事である。うん。


「――なるほどねぇ。以前、奴隷の死体をどうしているのか聞いたことがあったけれど、この喰種に死体処理をさせていたんだね?」


 地面に臥せったまま、未だ呼吸を荒くする少女へと歩を進めながら、私は言った。

 魔物に食わせているものと思っていたけれど、まさか喰種を飼っていたとは。

 ある意味、人間と喰種の平和的な共存関係である。

 使役されているという形ではあるが、人肉という食べ物に困りながら、迫害に怯えて暮らすよりよっぽど良いだろう。


「……いえ、死体処理用の魔物も別で飼っています。唯、クロードは骨を街の外に捨てに行く事も出来る故、重宝はしておりますが」

「へぇ?確かに、完全に手間も危険も省けて楽ちんだね?」


 私は少女の顎を持ち上げて、その赤い瞳を覗き込んだ。

 褒められてるよ、君。良かったね?


「それで、君。私を見ていたのは、何故かな?」


 小首を傾げて、再度問う。

 そろそろ話しぐらいは出来るだろう。

 

「……はぁ、はぁ、……っ、俺、は――、」

「ん?」


 クロードは私を真っ直ぐに見据え、その赤い瞳に私の顔を映し出す。

 そして、紡ぐ。予想外の言葉を。


「――美しくなりたい!!」

「……ん?」


 意味不明過ぎて、思わず微笑んでしまった。

 というか、質問の内容と嚙み合ってなくね?


「俺を……!!連れて行ってくれ!」

「却下」


 私は満面の笑みで返すと、静かに立ち上がる。

 はぁ、無駄な時間を過ごしてしまった。

 くるりと踵を返し、エルがいる方へと歩き出そうと足を一歩前に出す。

 ……が、マントを掴まれ、カクンと仰け反ってしまった。


「……何だい?」

「頼む!お願いだ!!いや、お願いします!!俺はもう、醜い自分で在りたくない!」

「いや、知らねーよ」


 マントを引っ張り返すが、クロードも離すまいと必死に縋りついて来る。

 ええい、離せ!マントが破れるではないか!


「離せ」

「頼む!」

「離せ」

「お願いだ!」


 ……はぁ。

 私はマントから手を離すと、眉間を揉み込む。

 殺すなり、血流を弄って気絶させるなりして離れさせるのは簡単だが、私も何だかんだ女には甘いなぁ。


「……分かった。とりあえず、話を聞こう」

「レ、レオが折れた……!」


 エルが驚きの声を漏らす。

 え、何なの?君は私の事を何だと思っているのかな?


「……コホン。私と君は、初対面の筈だよね?何故、私にこだわる?」

「貴方は!最近噂されている、あの子供――、」

「クロードッッ!!!」


 先程までオロオロと事の成り行きを見守っていたトーマスが、突如として大声を上げた。

 皆肩を震わせて、反射的にトーマスへと顔を向ける。

 不覚にも、私もびっくりしてしまった。心臓バクバクである。


「失礼。……クロード、お客様の詮索は許しませんよ」


 顔を険しくさせ、トーマスは鋭い視線をクロードへと送った。

 ……どうやら勘付かれている様だな。

 まぁ、仮面を付けてて、しかも影から現れてくるんだから、気付くのも当然といえば当然なのだが。


「いや、構わないよ?トーマスも気付いてるんだろう?」


 別に、噂になってる子供が私だとバレようが大したことではない。

 要はエレオノーラ・カーティスと結びつかなければ問題はないのだから。


「で、ですが……」

「ほら、君。話を続けて?」


 口籠るトーマスを尻目に、私は再度クロードへと顔を向けた。

 クロードはトーマスを僅かに見遣り、気にする素振りを見せつつも口を開く。


「――貴方は、噂の、あの子供なんだろう?」

「うん」


 私は小さく微笑んで、事も無げに頷いた。


「……!!さ、昨晩も、平原にいたよな!?」

「レオ?」


 エルがジト目で私を見た。

 無視である。


「おや、見られていたのか」

「あ、ああ!見てた!ずっと!いつも!」

「……そ、そうか」


 何この子。怖い。


「美しかった……!貴方は、血肉に塗れながらも、美しかった……!」

「……」


 ……あ、ヤバい子だ。

 私はそう悟ると、静かに踵を返し――、


「待て!待ってくれ!」

「ひいぃぃぃ!?離せよバカァァァッッ!!」


 急に体に抱き着かれ、何故だか鳥肌が立つ。

 じたばたと暴れながら、エルへと視線を送る。タ・ス・ケ・テ。

 その信号をすぐさまキャッチして、小走りで駆けつけてくるエル。流石である。

 でも、出来れば全速力で走って来て欲しかったかな……。


「ちょっと、あなた。レオが嫌がってるでしょう?離れなさいよ」

「嫌だ!離したら地面に潜るんだろう!?俺も連れて行ってくれ!お願いだ!」

「離れなさいっ!はーなーれーろー!」

「ふぐぅっ!?ちょ、千切れる!身体、千切れる!」


 エルとクロードとで私の引っ張り合いが始まる。

 みぎゃあああああ!!!


「エ、エル!!もういい!離せ!」

「嫌よ!絶対助けるわ!!」

「私が悪かった!エルに助けを求めた私が悪かった!!だから離そう!なっ!?」

「謝らないで!全ては弱者の私が悪いんだから!!レオを助けられない私なんて!弱者なんて!死ねばいいのよ!!」

「会話のキャッチボールって御存知!?」


 私を引っ張るのに夢中で、どうやら会話が耳に入っていない様子のエルさん。

 ああ……!そんな顔を真っ赤にして引っ張らないでくれ!

 君が頑張れば頑張る程、私の身体がミシミシと……!


「ク、クロードォォォ!!分かったから!離しても逃げないから!!だから離せ!切実に!」

「嘘だ!!そういって帰るつもりなんだろう!?」

「マジ、信じて!?今なら、あの糞女神に誓ってもいいよ!?私、嘘は吐くけど、約束は守る子だから!TPOはちゃんと弁えてるから!!多分!!」

「嘘だぁぁぁぁ!!!俺も一緒に連れて行くって言うまで離さないぃぃぃ!!」

「き、君は、トーマスの奴隷だろう!?そんな簡単に返答出来る訳ないじゃないか!……って、ぎゃぁぁぁ!!わ、分かった!話し合うから!トーマスと、話し合うからぁぁぁぁ!!!」

「嘘だぁぁぁぁぁ!!!」

「こいつら話し通じねぇぇぇ!!」


 ふぐぅぅぅぅ!!!

 身体が軋み、悲鳴を上げる。

 だ、誰かっ!!誰でもいいから、助け……!

 ――と、その時だった。


「むぐっ!?」


 急に、クロードの力が緩んだ。

 その拍子に、私はエルの方へと勢いよく引き寄せられ、エルは尻餅を搗きつつも私を強く抱き留めた。

 何が起こったのかとクロードの方を見遣ると、そこにいたのは――、


「ス、スーちゃぁぁぁぁん!!!」


 クロードの顔面にぺたりと張り付いて、ジェル状のマスクの様になっているスーちゃんが、そこにはいた。

 クロードが後ろに勢いよく倒れていることから、恐らくクロードの顔面目掛けて体当たりしたのではないだろうか。


「スーちゃぁぁぁぁん……!!」


 安堵と感動とで、思わず涙が溢れる。

 えぐえぐと、マジ泣きである。

 これ、普通の5才児なら死んでたよぉぉぉ。


「よしよし、もう大丈夫よ」

「お前じゃねぇよぉぉぉ」


 状況を把握していないエルは、自分が私を助け出したと思っているのだろう。

 何故か頬を薄っすらと染めながら、私を抱きしめてあやし始める。

 怖かった……!身体を真っ二つに切られるよりも怖かった……!

 身体を引き千切られるって、あんな感じなのか……!

 私は掌で何度も涙を拭いながら、エルの胸で暫く号泣したのだった。





 ――暫くして。


「……で?結局何なの、君?」


 私は不機嫌MAXな表情でクロードに問いかけた。

 因みに、マントの裾は握られている。

 当然だが、幼児の私より遥かに身長が高いクロードが立った状態で裾を握っているため、マントは酷く捲れ上がり、もはやマントとしての意味を為していない。


「俺も一緒に連れて行ってくれ!俺に出来る事なら何でもするから!!……それが駄目なら、せめて殺してくれ!」

「んな、……クロード!?」


 驚愕した表情でクロードを見るトーマス。

 もうね、本当、何なの君?

 死にたいなら死ねばいいじゃないか。


「勝手に死にな?」

「貴方に殺されて死にたいんだ!」

「……他を当たって下さい」


 マジ、何なのこいつ?

 貴方に殺されたい!って、新手のナンパですか?

 ヤンデレって奴ですか?


「君じゃないと駄目なんだ!」

「……何故、私がわざわざ君を殺さないといけない訳?君が死ぬのは勝手だが、他人を巻き込まないでくれ」

「だって……!俺は醜いから……!!貴方の周りでは、生も死も、全てが美しかった!だから、醜く惨めに生き続けて糞みたいに死んでいくぐらいなら、今、俺は、貴方に殺されたい……!!」

「いや、知らねーよ」


 興味なさげに、私はトーマスの方へと視線を移す。

 ちょっと。さっきから黙ってないで、何とか言ったらどうなのかな?

 君はこの子の主人だろう?


「トーマス。何か言うことはないのかい?」


 あるだろう?あるよね?ん?

 私は詰め寄る様にトーマスへと近付いていき、マントの裾を握るクロードを指さした。

 トーマスは思案するかのように口元に手を当て、傍へと近づいた私とクロードとを交互に見つめる。


「クロード。あなたは、レオ様について行きたいと?」

「……うん」

「そうですか。……はぁ」


 トーマスは瞼を閉じて溜息を吐いた。

 お、いいぞいいぞ。怒れ怒れ。


「……レオ様」

「ん?」

「クロードを、金貨10枚で買い取りませんか?」

「……」


 う、売りやがった……!!


「結構だ」

「お願い致します」

「あのね?払うのは私な訳だろう?」

「ですが喰種の奴隷は、普通ならば安くとも金貨700枚はしますよ?クロードの様な年若い喰種だと、より値段は跳ね上がります。それを今なら金貨10枚。……破格の値段では?」

「だから買わないってば。安くても要らないものは要らないの」

「買い取って下されば、今後のクロードの餌も提供致します。その餌代込みの値段だと思えば、決して高くはない筈です」

「……あのね?そういう問題じゃないでしょ?それに、君の様子からして、この子は君にとって唯の奴隷という訳ではないんだろう?大事な子なのでは?」

「……」


 口を噤むトーマス。

 そして横目でクロードを一瞥した後、針を私に手渡しながら、満面の笑みでこう言った。


「いえ、全く。これっぽちも。唯のクソガキです故」

「……」


 私は口元を引き攣らせ、針を見つめる。

 トーマスの、「この馬鹿をよろしくお願い致します」という言葉を聞きながら。

 



 ――結局。

 喰種の奴隷、買わされました。ほぼ強制的に。

 因みに、性別は男だそうです。

 まだ朝ですが、何かもう色々疲れたので、帰ったら寝ようと思います。


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