表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/217

貴方と共に、生きましょう。

「……私は、弱者だ」


 エルフの呟きが、沈黙を破った。

 そして、彼女は語り出す。

 俯きながら、静かに、独り言のように。

 私はスーちゃんを撫でながら、合間合間に小さく相槌を打ちつつ、その呟きに耳を傾けた。


「身体が弱くて、村ではいつも役立たずだった。なのに、みんな優しかった。優しい人達ばかりだった。優しい、村だった……」


 エルフは口元を緩ませ、その紫の瞳には光が灯る。

 当時の事を懐かしんでいるんだろう。

 けれど、その光は一瞬で、次の言葉を発するときには、また虚ろな瞳に戻っていた。


「人が、やって来たの。私の村は、小さかったから。だから、狙いやすかったんでしょう。みんな死んだわ。みんな、私よりも強いのに、死んだわ。私を庇って、守って、死んだわ。逃げろと、生きろと、私に怒鳴りながら、私に笑いかけながら、死んだわ。死んだの。……何故、弱者の私が、生きているのかしら。強いみんなが死んで、どうして、雑魚の私が、私が、私が……!!生きて、いるの……!!!」


 徐々に声に怒りが宿っていき、エルフは憎悪で顔を顰め、歯を音が出るほど噛み締める。

 自身の肩を強く抱き締め、爪が食い込んだ皮膚からは血が滲みだしていた。

 鼻息は荒く、その瞳は怒りと絶望とで染められる。


「ふー、ふー、ふー……。だから、死にたい。だから、憎い。自分を殺したい。弱者は弱者として死ぬべきだ。弱者は死ぬべきだ。ゴミだ。世界の、ゴミだ。誰かの強さに守られて、優しさに甘えて、優しい強者に寄生する、汚い糞虫。罪悪感から逃れようと、“いつもごめんね”と、弱々しく謝るの。返ってくるのは優しい言葉だと分かっているくせに。優しい言葉を聞きたかっただけのくせに。優しい誰かに寄生して、重りになって、背負われて、自分の負担を押し付けてる分際で、なお自分を慰める優しい言葉を、笑顔を、態度を、他者に求める最悪のクズ。死ねばいいのよ。今も図々しく、のうのうと生きてるクズ(自分)に反吐が出る。何も出来ないなら、生きてる意味なんてないじゃない。死ねばいい。誰かの負担になるぐらいなら、いない方がいいじゃない。死ねばいい。私なんて、死ねばいい。……消えればいい。存在ごと、存在していた時間さえも全て、消えればいい。……消えて、しまいたい」


 エルフの頬を、涙が伝う。

 紫の瞳が涙で濡れて透き通り、とても美しいと感じた。

 ああ、なんて、優しい絶望だろう。

 だからこそ、自身へ向けられる嫌悪感も、憎悪も、底知れない。

 自分という仇を、誰も罰しないのだから。

 だから彼女は、自分で自分を殺したいのだ。


「……本当に、消してくれるの?」

「必ず」


 エルフは、涙に濡れた瞳で、私を見つめる。


「信じて、いいの?死は終わりじゃないと。死は消滅じゃないと」

「信じてくれるのかい?」

「正直、あなたの話はよく分からない。その話に根拠もない。信じるに値しない。……けれど、あなたの狂気は信じられる。あなたが死なずに、今もこうして生きている。それが、何よりの証拠だわ」

「そうか。なら、さっきの問いにはこう返そう。“信じろ”と」


 エルフはゆっくりと瞼を閉じて、瞳に溜まった涙は流れ落ちた。

 そして、息を一つ吐いた後、再び瞼は開かれる。

 ベッドから静かに下りたかと思えば、私の前で両膝を付いた。

 目線が、合わさる。


「では、信じましょう。では、生きましょう。死への狂気に狂いながら、抗いながら、貴方と共に、私は在りましょう。どれだけ狂気に苦しもうとも、私よりも狂気を抱いた貴方がそれに耐えているのなら、私もきっと耐えられる。貴方と一緒なら、私もきっと生きられる。でも、貴方が死ねば、私もきっと死んでしまう。望みが失せて、狂気に負けて死んでしまう。だから貴方は、私を消すその日まで、必ず生きて。その為なら、私は貴方を何があっても守りましょう。貴方に寄生し続けて、貴方の居場所になり続けましょう。」


 真っ直ぐと私を見て、紡がれる言葉。

 私は目を見開いて、心が何やらざわつくのを感じていた。

 胸が締め付けられるように苦しいのに、温かい。

 これは、……嬉しさだ。


「……ありがとう。なら私は、君を消すその日まで、君が夢半ばで死なない様に、何があっても君を守るよ」


 視界が歪む。

 瞬きすると、目から涙が零れ落ちてきて、止まらない。

 ああ、私はこれで、生きられる。

 私は君の願いを。君は私の居場所を。

 これが共依存というやつか。

 でも何故だか、嫌な気はしなかった。

 自然と顔が綻ぶ。

 エルフはそんな私を凝視して、驚いたように目を瞬かせていた。





*******


 寄生虫とは、正に私の事だろう。

 所詮私という弱者は、誰かに寄生しなければ生きられないのだ。

 しかも、今度の宿主は幼い少女。

 全く、我ながら呆れる。

 強者だけでは飽き足らず、自分よりもひ弱な弱者にまで寄生する、自分の浅ましさに反吐が出る。

 腕を振り上げれば、脚で蹴り付ければ、この少女の小さな身体は、いとも簡単に宙を舞うだろう。

 魔法を使うまでもない。武器を持つまでもない。唯の暴力で十分だ。

 だからこそ、傷付けてはいけない存在。

 だからこそ、誰かが守らなければ生きてはいけない存在。

 ……それなら、私はこの宿主を、弱くて小さな宿主を、守ってやろう。

 その小さな体で、精神が壊れながらも、理性が吹き飛ぶような狂気に耐え続ける、不安定で危うい宿主を。

 私の願いが叶えられるその日まで、私は彼女を手放すわけにはいかないのだから。

 この宿主が死んでしまえば、寄生虫の私も死ぬのだから。

 だから全力で、命を懸けて、私はこの少女を生かし続けよう。

 居場所が欲しいというのなら、それで彼女が生きられるのなら、私は彼女の居場所になり続けよう。


 私は少女の目線に合わせて跪き、誓った。

 少女の大きな碧の瞳が、薄い水の膜で覆われる。

 瞬きと共に流れ落ちたかと思うと、少女は、微笑んだ。

 力が抜けた様な、安堵と喜びとが入り混じったような笑みだった。

 思わず、魅入ってしまう。

 ――ああ。

 この子は、一体何を背負い込んでいるんだろう。

 何に恐怖し、どんな不安と絶望の中で、独り耐えていたんだろう。

 どれだけの気を張り詰めさせて、今日まで生きてきたんだろう。

 可愛らしくも美しいこの笑顔の裏で、少女が持つ絶望と狂気の大きさを思うと、何故だか胸が苦しくなった。

 そして思わず、……抱きしめていた。

 少女は目を見開かせ、その小さな肩は強張る。


「一緒に、生きましょう。そして一緒に、消えましょう」


 本当、今日はよく泣く日だわ。

 抱きしめた少女の肩に水滴が落ち、染みが出来る。

 そして、私の肩も温かな湿り気が帯びていくのを感じた。

 ……こんなに感情を表に出したのは久しぶりだ。

 生きて、生きて、この子と消えるその日まで、この子と共に生きてやる。

 憂鬱に、無気力に、無感情に、唯の死を求めてなんていられない。

 絶望し、苦悩し、狂気して、無様に、ゴミの様に、足掻いて足掻いて生き抜かなければ。

 少女はスライムを抱きしめたまま、私の腕の中で小さく身じろいだ。




 ――そして現在。

 自己紹介の為、私はベッドに腰かけ、少女と向かい合っている。

 少女の名前はエレオノーラ・カーティスというらしい。

 身内はノーラと呼ぶそうだが、私にはレオと呼んでくれと言ってきた。

 可愛らしい名前が好きではないのだとか。

 そして、レオの立場は公爵家の御令嬢。

 人間社会の貴族階級なんてよくは知らないけれど、どうやら王族に次ぐ地位らしい。

 無表情に、あっさりと、何食わぬ顔で言ってきた。

 ……うふふふふ。

 どうしよう、上手く笑えない。

 思わず顔が引き攣った。


「それで、君の名前は?奴隷商では名前が不明と言われたが、ない訳じゃないんだろう?」

「……その名前は、捨てました。憎い相手の名前でしかないから。そんな名前で呼ばれたら、私は自分を殺さずにはいられないでしょう」


 そう言ったら、“エル”という名前を付けられた。

 エルフだからエル。

 ……うん。い、いい名前なんじゃない?

 因みに、レオが抱いているスライムの名前は、スーちゃん。スライムだから、スーちゃん。

 ……うん。い、いい名前なんじゃない?

 安直だとか、全然思ってない。微塵も思ってない。

 私が笑顔で固まっていると、不意にレオは椅子から下りて、私の目の前で立ち止まる。

 ベッドに腰かけているにも関わらず、身長が足らずに私を見上げるレオが可愛らしかった。

 レオは小さく微笑んで、私に手を差し伸べる。


「これから、よろしく頼む」

「はい」


 私はその手を握り返した。

 小さすぎて、包み込んだという表現の方が正しいだろうけれど。


「エルは奴隷で、私は主人だけど、主従関係はない。私たちは唯の同類で、互いに寄生し合う関係だ。その繋がりが在り続けるならば、君は自由に行動してくれて構わない。……とはいえ、その繋がりを断ち切っても、私は君を恨みはしない。私は何にも期待していないから。というより、人の思いなんて、曖昧で移ろい易いものだと知っている。だから、途中で生きたくなって、私のもとを去っても引き止めないし、死んで生き直すのも自由だ」

「……それは有り得ません。貴方がいなければ、私は狂気に抗えない。生きられない。だから生きるために、消えるために、私は貴方の傍に居続けなければいけない。だから、私は貴方を裏切れない。貴方の居場所で在り続けると言った、この誓いが破られることは絶対に在りません」


 だからどうか、安心してほしい。

 だからどうか、生きて欲しい。

 私が生きるために、生きて欲しい。


「ふふ、ありがとう。大丈夫。エルを信じるよ。でも同時に、私は人も信じている。醜悪で、弱く、故にその意志は崩れやすいというその性質を。だから、君が将来どんな選択を選ぼうとも、君は私を裏切った事にはならないという事を、よく覚えていてくれ」

「……はい」


 ああ、ダメか。

 きっと私が何を言っても、その考えは覆らないんだろう。

 私はもう一方の手も重ね、両手でレオの手を握りしめた。


「あ。あと、敬語は別にいい。場によっては、主従の立場を演じる時があるかもしれないが、普段は普通に接してくれ。居心地悪くて仕方ない。さっきも言ったが、君との間に上下関係なんてないのだから」

「……分かったわ」


 いけない。

 私は彼女の居場所なのだから、居心地悪いなんて状況はあってはならない。

 でもまぁ、幼女に敬語っていう現状に少し違和感はあったから、そっちの方が助かるかも。

 レオは私の手からするりと手を引き抜くと、スーちゃんを抱きしめ、再び椅子に腰かけた。

 掌には温もりだけが残る。

 少し寂しく思えたのは、きっと気のせいだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ