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無関心

 重々しい空気が漂う中、ジェフは思わずグレンの肩に置いていた両手に力を込めた。



「そうかって、お前。他に言葉はないのか」

「他ってなんだ」



 普段と変わらないグレンの声のトーンに、先ほどまで胸を包み込んでいた温かいものがスーッと消えていくのをシェリルは感じていた。



「まぁいい。まずは抗議に行こう。人間の花嫁をもらう人魚が変わるなんて、今まで一度も聞いた事がない。不当だと訴えにーー」

「なんでだ?」



 グレンの声が鋭い矢となり胸に刺さる。シェリルの肩が僅かに震えた。



「城での会議ってことは、国王も五柱も参加しているものだ。俺が訴えてどうなるものでもないだろう。それに下っ端のお前が耳に入れられるくらいだから、ほぼ決定事項だ」

「グレン、お前っ!」



 ジェフの手がグレンの胸ぐらへと伸びる。何故か掴まれているグレンよりもジェフの表情の方が辛そうに歪んだ。



「こんな時までーー」

「もういいです」



 この場には不釣り合いな程落ち着き払った声が、ジェフの言葉を遮った。ジェフとグレンが声のした方へ視線を向けると、顔を伏せて立ち尽くすシェリルの姿がある。



「シェリルさーー」

「もういいんですっ」



 今度は少し強めの声でジェフの言葉がかき消される。その声はシェリルが傷ついているということをはっきりとジェフ達に伝えてきた。



「わかっていたことだから」



 何が、とは聞けなかった。シェリルを傷つける材料がありすぎて、ジェフは答えを一つに絞る事ができない。盗み見たグレンの表情は何も変わっておらず、腹立たしい気持ちすら湧いてくる。



「私がここから出て行くと言ったら?」

「お前が選ぶ事だ。俺は何も言わない」

「でしょうね」



 初めてこちらに向けたシェリルの顔は笑っていた。そのままこの話題を軽く笑い飛ばすのではと錯覚する程、気の抜けた笑顔だった。



「お世話になりました」

「ちょ、ちょっと待って」



 ぺこりと頭を下げたシェリルが二人の横を通り抜けドアから出ていこうするのをジェフが慌てて止める。



「どこに行くの」

「だって、ここでお世話になる理由がなくなるじゃないですか」

「いや、だからって。一人じゃ危険だしーー」

「関係ない」



 伸ばしたジェフの手はシェリルに思い切り振り払われた。同時に向けられた鋭い眼差しにジェフは言葉を失う。その目に現れていたのは、失望と拒絶。そこでやっとジェフは悟った。

 シェリルはグレンの態度や国の決定に反発しているのではない。この世界自体に失望したのだと。



「……もう放っておいて」



 それははっきりとした拒絶の言葉だった。振り返ることなく去っていくシェリルの背をジェフは黙って見つめる。何も映さない紫の瞳がひどく頭に残った。



「それじゃあ俺は所長に用があるから」



 近くから聞こえてくる温度のない声にジェフはカッと頭に血が上った。その感情を叩きつけるように伸びたジェフの拳がグレンの頬を捉え、凄まじい音と共にグレンが飛ばされる。机の脚にぶつかり止まったグレンは、手で殴られた頬を抑え、ぐったりと力なく頭を垂らしていた。



「いい加減にしろよ」

「……」

「グレン、お前はいつまでそうやって生きていくつもりだ」



 反応のないグレンの元に大股で近づいたジェフは、服を掴んで無理矢理グレンの顔を上げさせる。皆が賞賛する程の美しい顔は酷い有り様だった。頬は赤く腫れ上がり、口からは血が流れている。青い目は焦点が定まっておらず、頼りなさげに彷徨っていた。



「無関心を装って傷つく事から目を背けるな」



 無関心は最強の防御である。周りの言葉はもちろん、自分の感情でさえも聞き入れなければ苦しむ事も悩む事もない。

 ジェフが初めてグレンに出会ったのは、グレンが所長に連れられて研究所にやって来た時だった。その頃のグレンも既に魔道具以外に興味を示していなかったが、今よりも情緒不安定で、青い瞳は威嚇する動物のように鋭くつり上がっていた。


 グレンの呪いは人魚族の中でもかなり有名だった。グレンが五柱であるユージスト家の者だということも理由の一つだろうが、その父親譲りの美しい容姿や魔力量も関係するだろう。

 人魚族は良くも悪くも実力主義。それがどんなに子供でも容赦はない。欲や嫉妬の含まれた言葉、嘲笑うような眼差し。到底子供に向けるべきではないものをグレンは幼いながらに受け止めてきたのだ。それらから逃げ出しきたとしても責めることではないとジェフは思っている。

 だが、今はその時ではないだろう。



「お前が逃げれば逃げるほど彼女を傷つける」



 グレンの眉がピクリと動いた。



「ちゃんと向き合え。彼女にも、自分自身にも」



 友人であるグレンには後悔して欲しくない。

 無関心は最強の防御。しかし、使うタイミングを誤れば、大切なものを見過ごしてしまうこともある。



 グレンは手元に転がる小さな魔道具に視線を向けた。先ほどジェフに吹っ飛ばされた際に手から落ちた魔道具だ。

 ゆっくりとした動作で魔道具を拾い上げ、手元に視線を落とすグレンが何を考えているのかジェフにはわからない。けれど、グレンとシェリルが仲睦まじく食事をとっている姿を思い出すと黙って見ていることはできそうもなかった。


 ジェフは黙ってグレンの研究室を後にする。シェリルを追うことも考えたが、今ジェフがやらなければならないのは正確な情報を集めることだろう。

 グレンが良い答えを導き出すことを願いながら、ジェフは早足で廊下を進んでいった。

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