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守護者と大罪人 前

 ――パメラ達が転移魔法によりはぐれてから、半月ほど経った。


 巨大な岩が地面からいくつも生える地をグローシェとルボは歩いている。

 魔法酔いしたふたりを介抱してくれた親切なワーキャットたちの村を出てから10日余り。森や川を越え、集合地点と決めたメドゥサの集落がある位置にひたすら足を進めていた。


 アラクネット掲示板の『外商人の孫』が手がかりを元にそれぞれの現在地を割り出した。

 結果、ユニコーンペアを除いた他の者たちは《《海を越えていた》》ことが判明した。つまり、王都に近い位置へと飛ばされていたのだ。

 ちなみにその事実を知ったユニコーンは自信満々に「すぐ海を渡って追いつきますぞ」と書き込んでいた。暗黒竜だけでいい、という大量の返信はすべて無視して。


 また、確定した情報ではないことを前置きにして、『外商人の孫』はユニコーンペア以外は絶望するほど遠く離れているわけではないことを報告した。

 これは二度と会えないかもしれないと焦燥していたパメラたちの心理的負担を大いに軽減させた。

 しかし、途中誰かが大怪我や病気で倒れてしまわないとも限らない。なんとも形容しがたい山のかたちを眺めつつ彼らは無事の合流を祈りながら移動をしている。


「……」

「……」


 ふたりは道中ほとんど話さない。

 仲が悪いのではなくむしろ良好である。話好きなルボと、聞くのが好きなグローシェの相性は良い。

 ただこれだけ長い間ふたりで、特に刺激のあるようなものにも出くわさずにいるとさすがに話題が尽きる。

 そんな感じが続いていたが、昼を過ぎた頃にグローシェは唐突に口を開いた。


「……まずいな」

「どうしたっすか?」

「同族が近くに住んでいるかもしれない」


 足元に並ぶ石は、ある絵柄を描いていた。

 オーク族の主神・ジンネボークを象徴するマークだ。石のつながりだけで表せる単純なそれは、恐らく戯れに作られたのだろう。

 あたりを見れば血の跡がうっすら残っている箇所がある。獲物をここで捕まえ、解体していたのか。もしかしたら狩りに連れてこられた子どもが時間を持て余して石で遊んでいたのかもしれない。


「なんかダメなんすね?」

「ダメだな……。ルボ。これから仮定の話をするぞ」


 グローシェは身を屈めルボと視線を近づけた。ルボもけして背が低いわけではないがオーク族に比べると低い。

 彼は頭を横にかしげ、よく聞こうとする。


「縄張りというのは分かるな?」

「もちろん」

「今のアタシたちは縄張りに土足で入り込んでいる状態だ。見つかった場合、捕縛される可能性がある」

「なるほどっす」

「その時、オークたちにアタシとどういう関係だったか聞かれたら『脅されて仕方なく一緒にいた』と言うんだ。恐らくは放してくれるだろう」

「その場合グロっちは?」

「うーん……。ま、なんとかなる」


 笑って答えたが、真っ赤なうそだ。なんともならない。 

 他所の大罪人、それも家族殺しが流れ着いてきたとなれば黙ってはいないだろう。

 罪人の血が流れることを主神は厭うので、縊り殺されるか水溜めに頭を突っ込まされ溺死か。

 掲示板の同胞たちはある程度の線引きをして構ってくれているが、実際に相対したら無情な対応になってもおかしい話ではない。


「本当になんとかなるっすか?」

「……」

「ならないなら、イヤっす」

「嫌ではなくてだな……。なにかあってもアタシの過去の振る舞いの結果だし、ルボまで巻き込む道理はない。なによりお嬢が悲しむ」

「ひとりが死のうがふたりが死のうが変わりないし、どちらにしろ悲しむと思うっすよ、パメっちは」


 この数日でグローシェが知ったのは、ルボがひどく死に対して冷淡であることだ。自身の死にすら――。

 ここまで旅の途中で力尽きたらしき死体を何体か見つけたが、普段の朗らかな彼からは想像できない冷たい目でルボは眺めていた。

 それとなく理由を聞いてみると、ルボは首を傾げて「だってもう生きていないし」とだけ答えていた。

 独特の死生観を持つゴトゴト国、長命のハイエルフとアラクネアの元で育てばそういう考えにもなるのか。


「オレも死ぬよりグロっちを悪者に仕立て上げて生き延びるほうが恥だと思います」

「……」


 やめましょうよ、と手を振ってルボは笑った。

 訳ありばかりが集う国で、その若い身には重すぎる話を幼少から受け止めてきたのだ。さっぱりと話題を切る術に長けている。


「オレはみんなまた集まれて良かったねってしたいんすよ」

「……」

「違うっすか?」

「そうだな……すまん」

「なんで謝るんですかー」


 しばらくの間、合流したら何をしたいかニコニコと話していたルボだったが不意に獣耳をぴくりと動かしあたりを忙しく見渡し始める。

 遅れてグローシェも匂いで気づいた。同胞――オークの匂いを。

 無意識に彼女は手で口を覆う。オーク族の特徴である牙が無いことは一族としては犯罪者であるとともに『不格好』と取られる。つまり隠すことはマナーのようなものだ。

 普段なら布で隠しているが、いつの間にか無くしていた。


「おー……」


 片目の潰れたオークが岩陰から出てくる。

 先に気づいていたか、さして驚いた様子もない。気の抜けた声だが油断なく斧を下げている。

 触れるには互いにあと3歩は必要な位置でオークが立ち止まる。一気に緊張の走る空気を気にもせず、彼は自分の牙を指さした。


「牙は?」


 短い言葉ではあるが、ほとんど命令だ。

 グローシェは相手を睨んだまま口から手を外した。

 わずかに彼女の口元を見たあと、オークはぼそりと呟く。


「追放者、家族殺し。それに混血のツレか……。なるほど」


 面倒くさそうに相手は頭を掻いたあとに、片腕を伸ばし、掌を上にした。

 それを見てグローシェは戸惑った表情をしたが、相手が顎をしゃくり促すため同じように片腕を伸ばした。違うのは、掌を下にしたことだ。


「汝の土地の名を明かせ」

「……我に土地なく、ただ名のみ」

「汝の行先を明かせ」

「我に行先なく、語る義理もなし」

「汝の罪を明かせ」

「我に罪はあり、しかして明かす理由もなし」

「汝は大罪人か」

「いかにも我は大罪人なり。汝は守護者か」

「いかにも我は守護者なり」


 次の言葉は紡がなかった。ただ自然な動作でオークは斧を握り直した。

 グローシェも同じように戦斧を掴む。振り向かないままにルボに囁いた。


「どこかに隠れてろ」

「オレも一緒に闘うっす」

「悪いが、それは許せない」

「なんで!」

「……頼むよ、あとで説明させてくれ」


 ルボは喉の奥で唸っていたが、どうやら自分の意思が通らないと気づくと渋々と近くの岩の陰に身を潜めた。

 ふたりの会話から移動までを黙って見ていたオークは準備が整ったと察したのか肩を回し武器を構える。


「大罪人はここで斃死せよ」

「守護者はここで折れるがいい」


 刃物が陽の光の下できらめいた。

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