僧侶とスライム
旅をする商人にとって、魔獣や盗賊との遭遇は避けられないものだ。
そのため用心棒を雇うのだが――危険な仕事ゆえに、契約金が高い。ケチれば途中で離脱してしまう可能性もあるし、時には賊側につくなんてこともある。
金に糸目をつけないことは前提とし、信用のできる知り合いや紹介所で用心棒を紹介してもらい、それ以外は雇わない。熟練の商人たちはそうやって身を守ってきていた。
では、飛び入りで雇われるためにはどうすればいいのか。
答えは簡単だ。恩を売ればいい。
転移魔法に巻き込まれ、草原にティトとネクタは落とされた。
場所も分からない。パメラは生きているようだが他の安否は不明。なにより自分たちが生きていくための水と食料が乏しい。
絶望とも言える状況下で2日間さまよい、ティトは遠目に商人一行を見つけた。事情を話して食べものを分けてもらいたいが、迂闊に近寄れば襲撃者だと思われて殺されかねない。
どう近寄ろうか考えあぐねていると、近くの丘に賊がいることに気づいた。5、6人の、装備の薄い男たち。
「スライム、単細胞で単調な思考しかできないお前でも分かるように説明をするが」
ひとのかたちをしたネクタにティトは語りかける。
本来声帯のないスライムとは会話ができない。しかしパメラの魔法が暴走した結果か、ティトとネクタは音声ではない、魔法が絡んだ方法で意思の疎通ができるようになっていた。
加えて、ふたりは海辺の街で二ヶ月ほどパメラを共に待っていたこともあるので、言葉を交わさずともある程度は雰囲気で察することができた。
さらには物理的に困難な道を歩んだ。魔王にも対峙した。パメラ・ドゥーを大切に思う気持ちも一緒だ。
だから、このような状況下でも仲良く――
『は? しねですの』
「は? お前が死ね」
――しているわけがなかった。
ティトとネクタは贔屓目に見ても仲が良くない。
要因は様々だが、各々で持つ倫理観が異なっていることが大きかった。
ネクタの知識の大部分はパメラのものだ。
ただのスライムが聖女パワーにより事故的にパメラの魔術回路と繋がり、さらにはある時期に『ネクタ』と名をつけられたことで、スライムは個の存在になった。
魔術回路経由で知識を得るようになり、自我が生まれ、さらに思考を行うようになる。
とはいえ一年にも満たない未熟な個体だ。
ヒトの子どもと同じで、情緒はさほど育っていない。融通は利かず、周りの異なる意見を許容することも難しい。
ここまで問題無かったのは主たるパメラの指示だけは反抗せず聞いていたからだ。
では、ただでさえ主と異なる思考かつ、知識にある「聖職者がしてはならない悪」――ギャンブルや飲酒をしているティトとふたりになったとして、何が起きるか?
罵り合いである。互いに互いが気に入らないゆえに。
「なんだお前マジで。パメラ様の前ではいい子ぶってるくせに」
『おまえはあるじではないですの。おもいあがるなですの』
「誰が転移後初っ端に触手に吸われているところ助けたと思ってんですかねえ?」
『そこなしぬまにひきずられているところをたすけられたくせに、なまいきですの』
「あんなの自分で解決できましたがぁ?」
『むかつくですの、でかいまじゅうにくわれろですの』
揉めている間にも商人たちは進み、賊たちは距離を詰めていく。
ティトはバカげた喧嘩を止めて説明する。
「あの商人は盗賊に狙われている。恐らくあの丘に差し掛かったところで襲われるだろう。襲われたら、俺たちが出て救出する。いいな?」
『わかりませんの。はやくたおしちゃえですの』
「恩を売れば話が通りやすくなる」
素っ気なく言い放ち、商人にも賊にも気取られぬように静かに動き出す。
ネクタは後ろから球体のかたちでついて行った。
『こまっているひとに、つけいるこういはよくないですの』
「分かってる」
『ただしくないですの』
「分かってる」
言われずとも褒められた行為ではないことを理解していた。
ティトの国の王がおかしくならなければ、平和なまま暮らしていれば、そこで暮らすティトはきっと今の彼を蔑むだろう。
「でも、生きるためには……こうするしかない」
『いきたいのですね』
「そりゃ、まあ、当然だろ」
『なぜ?』
咎められることを予感した子どものように拗ねた口調になった。
「俺は、もう一度パメラ様に会いたいから」
生存がかかってはいるとはいえ、パメラのためにもそんな卑怯はやめろとネクタは言うのか。
それか、正しくない行為は止めろと言うのか。
だが実際の回答は違った。
『あるじのそばにかえるためというなら、わたくしはわたくしがわるいとおもうことを、いまだけゆるしてさしあげますの』
「……いいのかそれで」
『とうぜんですの。ただしいことも、まちがえていることも、ぜんぶむしですの』
許容と選択。
ネクタはネクタの意思で、自らの知識と倫理を裏切った。なにも持たなかった魔獣が。
『でも、すごくまちがえているのはだめですの』
「塩梅が難しいな……分かったよ」
『おわかり?』
「おわかりおわかり」
パメラの元に帰るという一点においては意見が一致したことがティトとしては可笑しかった。
心を触れ合わせるなんてものではない。ただの、共闘。
『なにわらってますの。きもちわるいですの』
「は?」
『は?』
ティトはブーメランを取り出し賊に標準を合わせた。接触まであとわずか。
できるか分からないが不殺でいく。それならこのスライムも納得するだろう。
「行くぞ、ネクタ」
『いくですの、たおしますの』
ふたりは飛び出した。




